第5話 「焚火ニ宿ル名無キ刃」


【夜・流魂街第56区・野営地】


調査地点から少し離れた、

倒壊した建物の裏に小さな広場があった。


空斗が焚き火用の石を丁寧に組み、

紫音が枝を集め、春陽が火を起こす。


やがて、

パチ……パチ……と火がつき、

穏やかな光が3人の顔を照らし出す。



【湯が沸く音の中で】


小さな鍋に湯をかけ、

持参した乾燥食を温めながら、

誰からともなく沈黙が落ちた。


春陽が口を開いたのは、

火の揺らぎがちょうど彼の横顔を強く照らした頃だった。



【春陽、ゆっくり言葉を紡ぐ】


春陽「なぁ、空斗、紫音」


「俺……ずっとな、

斬魄刀の名前、呼ばれへんかったんよ」


紫音が、咀嚼してた干し芋を止めて目を上げる。


紫音「えっ、それって……“まだ”って意味やんな?」


春陽は笑った。

けど、それは少しだけ疲れた顔やった。


春陽「ちゃう。“呼ばれへん”ねん。

声は、聞こえるねん。でもな……」


「“名乗ってくれへん”ねん、ずっと」



【空斗、真顔で焚き火越しに視線を向ける】


空斗「……刀の中の存在が、“お前を認めてない”ってことか」


春陽「多分、せやな。

よう言われるねん。“お前は誰も護れてへん”って」


「俺、自分のこと、

“回復役”として役立っとる思うてたし、

仲間の背中は預かっとるつもりやった」


「でも……結局、誰かの後ろに立っとるだけやねん、ずっと」



【紫音、火越しに少し前のめりになる】


紫音「でも春陽さん、俺はわかってますよ。

あんとき……副隊長が傷だらけで九番隊から戻ってきたとき、

真っ先に駆けつけたん、春陽さんやったで?」


「それに俺、あの時見た。

副隊長の背中拭いて、黙って包帯巻いてたあんたの顔。

……あれ、護る人間の顔やったわ」



【春陽、ふと焚き火を見つめながら】


春陽「……せやな。

護りたい人は、ほんまに、何人もおるんよ」


「けど、刀ってのは、

“覚悟”が足りんと名を呼ばせてくれへんのかもしれん」


「俺の“想い”なんて、

あいつにとったらまだ“届いてへん”んかもなぁ……」



【空斗、静かに言う】


空斗「いや。違うと思う」


「春陽さん、あなたの斬魄刀は、

“あなたが誰かのために命張った瞬間”を待ってる」


「感応型ってのは、そういうもんだ。

魂の奥から溢れた想いが、相手に届いたとき――

きっと、名前も届く」



【紫音、ゆっくり言う】


紫音「せやけど……俺は信じとるで、春陽さん。

今のまんまで、十分“仲間を護る人”や」


「刀がそれに気づいてへんのなら、

“こっちから叩き込んでやったらええんや”」


春陽は、焚き火の炎を映した目で、

ゆっくり、しっかりと紫音を見返した。



【そして、ぽつり】


春陽「……ありがとな。ふたりとも」


「せやけど、あいつ(斬魄刀)、ちょっと意地悪でな。

“ほんまにギリギリまで”黙っとる気がするわ」


「せやから、ほんまに――

“そのとき”が来たら、俺、ちゃんと聞けるんかなって。

ちょっと、怖いんや」


夜の焚き火は、

心の奥まで照らしてくれる。


言葉に出せなかった想い。

誰にも言えなかった弱さ。

そして、“護りたい”という静かな情熱。


それは、まだ名前を持たない刃の奥で、

ゆっくり、ゆっくりと、目を覚まし始めていた。

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