第7話-2 よく働く悪魔


 アヴナスの言葉を聞いた夢見はがらりと表情を変えた。哀れな子羊の演技はやめたらしく、アヴナスを見上げて低い声で確認する。


「あいつが…話したんですか?」

「いいえ」


 否定するアヴナスを見た夢見は、険相を深くした。夢見が金を借りているという話は竹内から聞いたわけじゃない。竹内と会う前に、夢見自身から感じられる邪念を読み取っていた。


 どう反応すればいいのか迷っているらしい夢見に、アヴナスは問いかける。


「あなたのことも占いましょうか?」

「…いいです」


 アヴナスの評判を同じ店で働く夢見はよく知っている。ものすごく当たるが、悪いことしか言わない。つまり、アヴナスに占われて出た結果は、どんなひどい内容だとしても、その通りになってしまう可能性がある。


 そんな恐ろしい占いを受けるつもりはない。首を振って断る夢見に、アヴナスは唇の端を歪めて笑いかける。


「残念です。お役に立てると思ったのですが」


 竹内が逮捕される理由に夢見が含まれているのかどうか。聞いておいた方がいいだろうに。


 未来を伝える機会を失ったアヴナスは、含み笑いを残して自分のブースへ向かった。



 その後、何人かの新規客を暗い気持ちにさせたアヴナスは、午前五時に店が閉まると、片付けを手伝ってから帰宅した。


 食事と同じく、睡眠も必要としないアヴナスが眠ることはない。自宅にいる間はひたすらパソコンで情報収集をしている。


 人間界に召喚された直後は、街を歩き、それらしき人物に聞いて回っていたが、邪険に扱われるだけだった。


 しかし、時は流れ、SNS全盛の時代となった今、ネット上で「悪魔を召喚したがっている人間」を探すことが容易になっている。本気そうな人間を見つけると魔力で居場所を見つけ訪ねてみるのだが、今まで芳しい結果を得られたことはない。


 パソコンを弄っている内に夕方五時半になった。唐揚げ弁当を買いに行く時間だ。部屋を出て階段を下りたアヴナスが、みのる弁当のカウンター前に立つと、文が「阿熊さん!」と声高に名前を呼んだ。


「はい」

「聞きました?」

「……」


 名前を呼ばれたから返事をしたが、めんどくさそうな気配を察し、アヴナスは「唐揚げ弁当を…」といつものように注文しようとする。


 しかし、文はそれに被せて「黒田さんが!」と続けた。


「遺体で見つかったんですって!」

「……」

「しかも、河川敷で黒焦げになってたらしくて。大平さんと福本さんの件を気にして…自殺したとかなのかなって…」

「……」

「死ぬことないじゃないですか。もう、ショックで」


 辛いのだと言う文の表情は泣き出しそうなもので、アヴナスはどう言えばいいのか悩んだ。


 黒田は自殺ではない。


 自分が殺した。


 という真実を伝えれば非難を浴びるのは間違いなかったので、取り敢えず「そうですか」と相槌を打った。


 無難な対応を選んだつもりだったのに、文は信じられないという顔付きになって、ショックじゃないのかと聞いてくる。


「……」


 ショックではない。先に仕掛けて来たのは黒田の方だ。人間などという下等な生き物のくせに、悪魔に害を及ぼそうとした愚行が招いた結果だ。


 アヴナスは面倒になって、文の問いには答えず「唐揚げ弁当を一つ、お願いします」と注文した。


「……。分かりました」


 一言もコメントしなかったアヴナスに、文は腹を立てたようだった。むっとした表情を浮かべて、嫌々といった雰囲気を醸しだしながら弁当を作り始める。

 アヴナスはめんどくさい小娘だと思いながら、唐揚げ弁当が出来るのを待った。


 文との契約を履行するために合唱サークルの練習に赴いた際、黒田に会ったアヴナスは、すぐに彼が邪悪な行いをしたのに気がついた。餅は餅屋。悪魔は悪事に敏感だ。


 その時はさして何も思わなかった。駅前でちらし配りをしていると、もっと邪悪な人間によく出会う。人間はどうして気づかないのだろうと不思議に思い、その愚かさに同情したりする。


 だから、黒田も放置していたのだが、ふれフェスの二日前。自宅にいたアヴナスは悪事の気配を感じて、外へ出た。すると黒田がいて、何をしているのか聞こうとしたところ、文が現れた。


 文に何をしているのか聞かれた黒田は偶然通りかかったと言い、帰って行った。アヴナスは怪しみ、文に黒田はどういう人物なのか聞いたが、適当な答えしか得られなかった。どうしてこんなに鈍感なのかと、思わず舌打ちを漏らしてしまった。


 怪訝そうな文と別れ、自室へ戻り、気配を窺っていた。

 黒田は戻ってくるというアヴナスの読み通り、深夜を過ぎた頃、姿を現した。アヴナスは闇に紛れ、黒田の行動を窺った。


 アヴナスの姿が見えない黒田は彼の存在に気づかないまま、店舗横の階段を上り、二階へ上がると、アヴナスの部屋に火がつくように新聞紙とろうそくで細工をした。


 黒田が帰って行くと、アヴナスは姿を現して火を消し、彼を殺すと決めた。「ふれあいフェスタを成功させる」という文との契約があったから、その後に。


「お待たせしましたー。今日はちゃんと四個にしてありますんで」


 黒田の話をスルーしたアヴナスに不満がある文は、投げやりな感じで弁当を包んだ。昨日は親切のつもりで唐揚げを二つ余分に入れたのに突っ返されたからと、付け加える文にアヴナスは代金を支払う。


「ありがとうございます」


 レジ袋に入った唐揚げ弁当を受け取ると、アヴナスは二階の部屋へ帰る。


 黒田が火付けに来た翌日。合唱の練習でアヴナスを見た黒田は、信じられない様子だった。


「愚か者め…」


 フンと鼻先で笑い、アヴナスは唐揚げ弁当の蓋を開けた。文が言ったように、今日はちゃんと唐揚げが四つ並んでいる。


 ふれあいフェスタが終わった後、アヴナスは打ち上げに向かおうとする黒田を拉致した。


 魔力で瞬間移動し、人気のない場所へ連れ去られた黒田は、自分の置かれている状況が全く分かっていない様子だった。


 どうして動けないのかも、どうしてアヴナスが目の前にいるのかも分からず、悲愴な顔付きで黒田は自分の犯した悪事を告白した。


 合唱サークルに必要なのは自分だけだから、福本に怪我を負わせ、大平にはSNSでダメージを与えた。これで心置きなく本番が迎えられると思ったのに、アヴナスが現れた。

 邪魔に思い、部屋に放火しようと思い立った。そうすれば、合唱どころではなくなると思ったから…。


「あの小娘も愚かだが、唐揚げを揚げるのだけはうまいからな」


 価値がある。唐揚げを頬張り、満足げに飲み込む。


 自分に害をなそうとした黒田は、内側から焼いておいた。徐々に焼かれ、より苦しんで死ぬように。


 その後、大平と福本の件は黒田の犯行だと、警察に密告した。そのせいで黒田は自殺したのだと片付けられるだろう。


 悪魔の部屋に火を点けようなど、無礼千万にも程がある。


「身の程知らずめ…」


 苦々しげに呟き、アヴナスは最後の一つとなった唐揚げに箸を伸ばす。もぐもぐと食べ、残っていたご飯も平らげると空になった容器を手に立つ。台所へ向かい、洗おうとしたところで、はたと気づいた。


「もしかして…」


 黒田を始末する際、久しぶりに魔力を使ったので、その名残がまとわりついていて、あの若い男はそれに気づいたのだろうか。


「……。違うな」


 その可能性は低いと否定し、アヴナスは洗い終えた弁当の空容器をゴミ袋に入れる。明日はゴミの日だと思い出し、口を閉じたゴミ袋を玄関ドアの前に置いた。



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