第十八話 道を掃く音




小雨の降った翌朝、村の山道はぬかるんでいた。


落ち葉が水を吸い、石が滑りやすくなっている。

つい昨日、年寄りがひとり、足を取られて転んだという。


「誰かが掃除すりゃいいのに」

「山道なんて誰がやっても同じだろ」

「雨が多いせいだ、仕方ないさ」


村人たちは口々にそう言いながら、誰も箒を持とうとはしなかった。



あやかは、縁側に座って湯をすすっていた。


雨はすでに上がり、雲がゆっくりと流れていた。

風はまだ湿っていたが、遠くから晴れの匂いが近づいてくる。


あやかは湯呑を置き、ゆっくりと立ち上がった。


倉の隅にあった古い箒を手に取る。


羽織の袖を結び直し、草履の音を静かに響かせながら、山道へ向かう。



夜が明けきる前、

誰もいない坂道に、箒の音がかすかに響いた。


ざっ、ざっ――

濡れた葉を掃く音。

石をどける音。

砂利をならす音。


風が吹く。

袖が揺れても、動きは乱れない。


誰かが見るわけではない。

だが、あやかの背には何かが宿っていた。


“通る者が転ばぬように”という、それだけの想い。



朝になって村の若者がひとり、山道に足を踏み入れた。


「……なんか、空気がちがうな」


そう呟いて足元を見たとき、

そこには、きれいに整えられた小道があった。


濡れた葉もなく、石は角を向けていない。

風がまっすぐに通る。


「……気持ちがいいな、なんだか」



そのころ、あやかは屋敷の縁側に戻っていた。


包みを開け、干し柿をひとつ取り出す。


「……朝の味だ」


ぽつりと呟いて口に含む。


猫が足元に寄ってきて、あやかの草履の横に丸くなる。


風が吹いた。

音はしない。

だが、何かが整えられた気配だけが、確かにそこに残っていた。



第十八話・了

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