第十六話 干し柿を持ってきた男



昼下がり。

あやかは、いつものように縁側で湯を飲んでいた。


風が穏やかに吹き、羽織の袖がふわりと揺れる。

その時、玄関の方で「ごめんくださーい」と間の抜けた声がした。


「……珍しいね、声を張って来る人なんて」


現れたのは、丸顔の若い男。

手には立派な風呂敷包みを抱えていた。


「こないだの火事のこと、ほんとありがとうございました! これ、お礼です!」


「いや、気にしないでいいよ」


「いやいやいや、でもどうしてもって親方が……」


男は風呂敷を開き、中からやけに光沢のある干し柿を取り出した。


「……これ?」


「うちの親方、干し柿が大好きでして。今回は特別に、金粉をまぶしたやつです! 見た目も味も上等で!」


あやかはしばらく無言だった。


「……そうか」



男が帰ったあと、あやかは縁側に座り直し、干し柿をひとつ手に取った。

表面に細かい金粉が、光を反射してちらちらときらめいている。


一口かじる。

舌には甘さ。舌触りはなめらか。

けれど、そこには何も“引っかかるもの”がなかった。


「……味に、心は宿らないか」


ぽつりと呟くと、どこからともなく猫が現れた。

皿の前で鼻をひくひくと動かし――すっと向きを変えて去っていった。



その夜、あやかは屋敷の裏手に紐を通し、金粉干し柿を吊るした。

虫もつかず、鳥もつつかず。

翌朝も、柿はそのまま風に揺れていた。


「……甘ければいいってもんじゃない」


あやかはそう言って、腰袋からいつもの干し柿を取り出す。


かじる。


素朴で、少しだけ渋みがあって、

口の中に“静かさ”が残った。


風が吹いた。

羽織の裾が、ふわりと揺れた。



第十六話・了

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