第九話 名前のない贈り物


山道を歩いていたときだった。

あやかの草履が、何かを踏んだ。


落ち葉に紛れていた小さな木箱。

漆も塗られておらず、紐でそっと結ばれているだけの、素朴なものだった。


誰かが落としたのか。

それとも、誰かが置いたのか。


あやかは腰を下ろし、箱を開けた。


中には三つ。


ひとつは、干し柿。

ひとつは、小さな香袋。

もうひとつは、短く削られた竹笛だった。



村に立ち寄ったあやかは、さりげなくそれについて尋ねた。

「このあたりで、贈り物をした者は?」


だが、誰も覚えがないという。

干し柿ならあちこちで干している。

香袋は自家用に縫うもの。

笛など、子どもの遊び道具だと笑う者もいた。


「……名も、由来も分からないか」


あやかはそれ以上、何も言わなかった。



屋敷に戻った夜。

あやかは香袋をそっと開けた。

中から漂う、かすかな山茶(さんちゃ)の香り。


そして、竹笛の先端。

わずかに削られた角度が、数年前に助けたある娘が作っていた“風笛”と、同じだった。


音を鳴らすことはない。

それでも、確かに“誰か”が想いを込めて、この箱を作ったのだと、あやかには分かった。



あやかは、干し柿をひとつ口にした。


「……味は、変わらないな」


甘さの奥に、どこか懐かしさが混ざっていた。


縁側の柱の上に、いつの間にか白い猫がいた。

あやかを見下ろし、ひとつだけ瞬きをする。


「……名がなくても、想いが届くことはある」


風が吹く。


竹笛は鳴らない。

けれど、風の音だけが、確かに空を渡っていた。



第九話・了

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