第16話 海の戦場

 思わぬところで海龍の助けがあり、無事に都から脱出できたラピス達は、辺り一面に広がる夜の海を満喫する余裕もなくただひたすらに天龍が居るとされる大陸を目指して飛んでいた。


「慧、あとどれくらいだ?」


 必死に飛ばされないよう龍と成った慧にしがみ付きながら、ラピスは腕に抱えているラズリの様子を窺う。


【さあな。俺様も実際に行くのは今回が初めてだから正確には言えないが、これだけ速度を出してんだ。もうすぐ陸地くらいは見えて来る筈だぜ】


 視線は真っ直ぐ前方に向けられたまま、慧は乗っているラピスへ聞こえるような声量で答えた。

 本来、夜の飛行はあまり得意でない慧だが、彼の相棒は夜闇の中でこそ真価を発揮する邪龍である為、今は先導してもらっている。夜目が効く龍と言えば、邪龍を除けばあとは黒龍だけだ。


【きゅっ、ぎゃうぅー!】

【おっ、助かるぜ】


 ラピスの肩に乗ったままのムーが少しでも邪龍の軌道が変われば、すぐ慧に伝えているおかげもあり問題なく飛べている。だがそれもここまでのようだ。


「ッ……前方、何か来るぞ!」


 薄目で前を見ていたラピスが叫んで知らせた。


【チッ、上昇だウイング!】


 舌打ちをした慧が指示を飛ばし、直後にウイングが翼を一際大きく羽ばたかせて上空へ避ける。

 迫って来ていたのは白色のレーザー光線だった。

 後ろを飛んでいた慧も左に軌道を逸らして避けるも、続けてまた前方より同じ攻撃が目の前に迫って来ていたところに、上空へ避けたウイングが紫の炎を吐いて打ち消した。


【あっぶねぇ】


 驚いて動きが止まっていた慧へ向けて背中に乗ったラピスが焦燥を含んだ声で知らせる。


「止まるな、狙い撃ちされる!」

【おうよ。ウイング援護は任せた!】


 ラピスに言われて再び襲って来る白いレーザー光線を旋回しながら避けウイングに援護射撃をしてもらうが、このままでは体力を消耗するだけで一向に大陸へ辿り着けない。


「おそらく天龍様の大陸にいる防衛隊だろうな」

【天之泉国の聖龍騎士団のようなものか。ハンッ、上等じゃねぇか】


 ラピスの予想を聞いた瞬間慧の闘志に火が付いてしまったのか、好戦的な声音で襲い掛かってくる攻撃を睨みつけながら言い放つ。


【ラピス、絶対にラズリを二度と離すなよ!】


 不穏な慧の言葉を耳にしたラピスは驚き戸惑った。


「おい、何をする気だ。避けろ!」


 迫ってきた白い光線に向けて、慧は紫の雷をまとった黒い球体を勢いよく吐き出した。

 見事に衝突した時の爆風によって後方へ飛ばされてしまったが、おかげで敵側からは煙でこちらの位置を把握することが難しくなった。


【よっしゃ、今のうちに少しでも距離を詰めるぜ】


 気付かれないようにウイングが居る所まで上昇し、少し遠回りをするように進む。

 先程の爆風で危うく海に放り出されるかと思ったラピスとムーにしてみれば、陸地に着くまで安心できない。


「今まで生きてきた中で一番の乗り心地だな」


 皮肉たっぷりで言ったラピスの言葉に、慧は上機嫌で返した。


【そうだろうな。俺様もさすがに二度は体験したくないぜ、アハハハハ!】


 愉快に笑っている慧を呆れた様子で見ていたが、慧が居なければここまで来られなかったのだから、感謝はするべきなのだろうと思い始めた時だった。


「慧兄ちゃん!」


 ラズリの悲鳴のような声が響いたのと、前方にあった雲を突き破るように光線が迫ってきたのは、ほぼ同時だった。


【ギッ、アァァァァアアァァァ!】


 慧の激痛に苦しむ声が周りに響いた瞬間、ラピスの髪と顔に慧の鮮血が飛び散り真っ赤に染まる。


「慧ぃっ、うっわぁあ……サン!」


 完全に油断していた為、まともに攻撃を受けて片目をやられた慧が方向感覚を失い、出鱈目でたらめに飛び続けるのを何とか抑えようと必死になりながらラズリの身体も支えるラピスはすぐに相棒の名を叫ぶ。

 呼ばれてすぐにウイングの背から飛び出して来てくれるが、慧の速度に追い付けないのか、まだ距離がある。


「兄ちゃん、慧兄ちゃんから血がぁ!」


 泣きながら慧の背を必死に宥めるよう撫でるラズリを落ち着かせている余裕はなく、タイミングを見計ってラピスはムーに目配せをし、ラズリの肩に移動してもらう。


「ムー?」


 不安そうに肩へ移動して来た黒龍を見るラズリを一度ぎゅっと抱きしめる。


「ごめんな、最後まで一緒にいてやれなくて」


 ぼそりとラズリの耳元で呟いた後、ラピスは好機を逃すことなく、ラズリが察してしまう前にサンとの距離が縮まった一瞬の間にその体を放り投げた。


「え……?」


 目をこれでもかというくらい大きく見開いて固まったまま、ラズリは飛んできたサンに受け止められ、即座に攻撃の届かない安全な上空へ避難する。


「にっ兄ちゃん、兄ちゃ——ん!」


 逆に痛みで気を失った慧に乗ったままのラズリは海へと一緒に消えていく。

 届かないと解っていても、泣きながら必死に伸ばすラズリの小さな手は空を掴むだけで大好きな兄の手を掴んではくれなかった。


「うぅ~、うっ、いや、だぁ~……にいちゃん、ぼく、これからどうしたら……」


 泣きじゃくるラズリをどうしたらいいのか解らず、サンとムーも困り果てた。






『あー、ほらほら急いで急いで。見逃したら一生悔いが残る。ここでラストスパートだ』


 里から久しぶりに出た為か、少し走っただけでこの息切れよう。これは真剣に考えなくてはならないかもしれない、と本気で悩み始める初雪の隣には産まれたばかりの聖龍が頑張って飛んで居た。


【クゥークゥー】

『あっはは、きっと君の記憶にも美しく残り続けるだろうね』


 疲れた笑みを浮かべながら、初雪はそれでも足を前へ進めた。

 一世一代の奇跡を観る為に。

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