第14話 海の向こうへ

 けいから説明を聞いた国王と王妃が、是非旅の話を聞かせてほしいと頼まれた為、食事の席に誘われたラピスは、ラズリと共に王女であるこうの案内で会食が行われる広間に向かった。

 サンとアースは先に慧の部屋で仲良くご飯を食べてもらっているが、ムーはまだ生まれて日が浅いし、この国の人間を完全に信用することはできないラピスにとっては、もしもの時の連絡係としてムーに動いてもらう考えでいる為、こうして肩に乗せて連れ歩くことにしている。

 前を歩く恒とラズリはすっかり仲良くなっているようで二人で楽しく会話をしたり、廊下から見える庭や城下の街並み、城から見回りに飛び立つ翼龍たちの姿を見てははしゃいでこちらに話を振ってきたりとせわしない。


「……あの、ラピス様。私の案内は退屈なのでしょうか? 先程から難しい顔をされていますが」


 恐る恐るといった風の恒にラピスは困ったように眉根を寄せる。


「いいえ、そうではありませんが、その……」


 何と返答するべきか、ラピスが考えていたところにラズリが駆け寄って来て隣に立つと、恒へ屈託のない笑顔を向けて説明する。


「兄ちゃんはいつもだよ! 里を出てからは特に、僕やアースのためにたくさん頑張っているんだよ!」


 ラズリの無邪気な説明に恒も納得したのか、先程の不安な様子が拭い去られて再び笑顔になる。


「まあ、そうなのね! よかったぁ~」


 安心した恒は再びラズリと共に前を歩き始めた。

 後ろでラピスは騒ぎにならなくて済んだ事に安堵した。


【ぎゃうぎゃう?】


 主人の心情を察したムーが顔色を窺ってくる。


「ありがとう。俺は大丈夫だ」


 言いながら背に生える一対の小さな翼を傷付けないように優しく撫でてやれば、嬉しそうに一鳴きした。





 案内された部屋は広くてきらびやかなシャンデリアが備え付けられていた。

 床のカーペットの模様は……火龍の鱗に少しアレンジが加えられた絵柄になっている。


(本当に海龍の都なのだろうか、ここは)


 ラピスは自身の故郷とはまた違った自分たちを加護する龍神の扱いに疑問が浮かんだ。

 確かに水や氷、そして風の力だけで生活することは難しいかもしれないが、それは他の龍神の土地も同じ条件の筈だ、と。

 ラピスが考えに集中している時、肩に腕を回されてハッと我にかえった。


「おいおい、部屋があんまり豪華だからって緊張すんなよ~気楽にしてろって、飯は旨いから」


 慧だ。人龍族である慧が今のラピスの心情を察知できない筈はないので、これは誤魔化してくれているという事になる。


「文句は後でたっぷり聴いてやるから、今は耐えてくれ」


 小声で言ってきた内容に、ラピスは一度浮かんだ感情を頭の隅に押しやった。

 改めて部屋で待っていた国王と王妃の前へラズリと共に歩み寄る。


「此度は我々のような旅人をお招き頂きまして、心より感謝します」

「ありがとうございます」


 ラズリも緊張はしているものの、一礼した後にお礼を言った。


「うんうん。兄弟で遠路遥々えんろはるばるとは随分お疲れでしょう。ゆっくり食べながら旅の話を聞かせてください」

「私も国王もこの国から一歩も出た事がないので、是非聞きたいわ」


 慧のフォローのお蔭か、先程のラピスの行動については何も言われなかった。国王と王妃も優しそうな顔をしているから、慧の事を考えると、龍神に関する知識が全体的に浅いのかもしれないとラピスは考えた。

 全員が席に着くと、次々に料理がテーブルに並べられていき、会食が始まった。

 最初は当たり障りのない旅の目的や里での事から会話が始まり、途中から天之泉国あまのいずみこくの歴史の話に変わった。

 そこで海龍の意識を、代々受け継がれる巫女の血筋の身体に宿して、お告げを聞くという儀式があることは判った。

 それは年に数回行われて、丁度明日がその儀式の日だと教えてもらった。

 儀式と言っても生贄いけにえは必要なく、謁見の間で神官たちの管理下で行われるので安全だという。しかし巫女の血筋を絶やせない国王としては、巫女の末裔まつえいでありこの国の王女である恒にはどうしても花婿を選んでもらわなければならないと嘆いていた。


「私はお見合いじゃなくて、ちゃんと恋愛がしたいって言ってるのに……」


 唇を尖らせて拗ねるように言った恒の頬を慧がおかしそうにつんつん突く。


「ま、姫さんもそう拗ねるなって。父親を困らせるなよ」


 揶揄う慧の手を振り払って頬を膨らませる。


「何よ~あんただって先代を問題ばっかり起こして困らせていたじゃない」

「俺は男だからやんちゃもすんだよ。残念でした~」


 舌を出してニヤニヤと笑う慧に拳を震わせて睨む恒の二人を王妃が宥めて止める。

 国王も話題を慌てて変え始めたが、ラズリは料理を食べ終えて眠そうだし、ムーはブドウの実を1つ1つ丸呑みにしているし、ラピスは先程の儀式や巫女の事で思考を巡らせていた為、慧と恒のやり取りを一切聞いていなかった。

 会食もそろそろ終わりに近付いてきたところで、国王がある提案を持ちかけて来る。


「ところでラピス君たちは天龍様が守護する地を目指して旅をしているのでしたな」


 話の真意が見えず、食べ終えて満足したムーを肩に乗せたラピスは、はい。と返した。


「優しい人や龍に助けられてここまで何とか旅をして来られたと思っております」


 言葉を選びながら慎重に言ったラピスに、国王はずっと優しそうな笑みを浮かべていた。


「そうだろうとも、まだまだ若い君たちには特にそう思えるだろう。そこで提案がある。聞いた話では君はなかなかに優秀な龍使いだそうじゃないか。しかも今話してみて解ったが、龍に関する知識も深い。この国にしばらく滞在してみてはどうだろう?」


 国王からの提案に、ラピスへ視線が集中する。

 勿論提案した国王と王妃、そして恒は期待の意味を込めて。慧と肩に乗ったムーは緊張している様子だ。

 当のラピス本人は、眠ってしまったラズリをそっと抱き寄せてはっきりと答える。


「とても有難い申し出ですが、それはお断りさせていただきます。それではプラネットを出た意味がありません。見送ってくれた両親や龍の夫婦を裏切ることになります」


 ラピスの返答に慧は満足そうに笑みを浮かべ、ムーも嬉しそうに顔を摺り寄せてきた。

 対する国王と王妃は愕然とし、恒はうっとりと頬を赤くして見惚れていた。


「な、なんという……せっかくの気遣いを……」

「なんて勿体ないことを……国王に恥をかかせるなんて」

「凛々しくて素敵な考えだわ。さすがは私の王子様ぁ~」


 三人の反応を見た後に椅子から立ち上がった慧は、愉快そうに笑ってラピスの肩をバシバシ叩く。


「あっはは、お前ってホント面白い奴だな~ますます気に入ったぜ!」


 機嫌の良い慧の声で、国王と王妃も状況を理解し椅子を倒す勢いで立ち上がった。


「衛兵——、この無礼な小僧どもを牢へぶち込んでしまえ!」

「海龍様の名の下に、深く反省なさい!」


 先程までとは別人のような変わりように、恒も驚いて両親を宥めようと立ち上がる。


「お父様、お母様、やめてください! ラピス様はただ地龍様のように紡いで来られた人や龍との絆を大切にしているだけなの」


 恒が初めてラピスと会った慧の自室で、詳しく教えてもらった旅の経緯は、楽しいことばかりではなく、悲しくて寂しい話もあった。

 ラズリを生かす為に生まれ育った故郷を離れ、途中で辿り着いた村は既に失われた楽園で立ち寄った森では龍の夫婦から親切にしてもらい、慧と出会って天之泉国に来たのも相棒の龍が苦手な海を少しでも楽に移動できるよう船を使う為。恒は全てラピスが優秀な龍使いである証だと確信している。人と龍から好かれて頼りにされる龍使いは、残念ながら天之泉国には居ない。だから恒も父親である国王の提案も理解したいとは思っている。しかしそれは無理な話だと知っている。


(儀式が近いから私には解る。私の中の巫女の血が行かせてやるべきだと、言っている)


 廊下からドタドタと部屋に多くの衛兵が雪崩込んでくるのを遠くに聞きながら、恒はゆっくりと息を吸って吐く。神官たちが居ない中で呼び付けるのは危険かもしれないが、この危機を救ってくれるのは彼女しか居ないと本能がうったえかけていた。


「はんっ、この俺様がこいつについてんだ。何人束になろうが、蹴散らしてやるよ」


 慧も挑発的な言葉を吐いて周囲を取り囲む衛兵たちにニヤリと不敵に笑って見せると、頭の左右に角を生やし、指をバキッと鳴らす。

 衛兵の誰かの息を吞む音が聞こえた。


「おい、ラピス。お前の相棒、すぐに呼べるか?」


 慧がこっそりと背に庇ったラピスへ尋ねるも、困ったように眉根を寄せて寝ているラズリを抱える。


「いや……気付いては居るが、ここに来るまでが難しいかもな」

「なんでだよ? ほぼまっすぐだぜ」


 意味が解らないと振り返った慧に、ラピスはため息交じりに告げる。


「サンは……方向音痴の金龍なんだ」

「……マジか」


 本日二度目の発言に慧はガクッと項垂れた後、衛兵に向き直る。


「つまり、意地でもこっから脱出しねぇといけないんだな、この野郎ぉ~」

「すまない。ラズリを預けるにもムーでは体が小さく」


 申し訳なく小声で言えば、慧は自棄やけになりながら言い放つ。


「だろうな! だったら、俺様が突破口を作ってやるからお前は機会を逃」

『いいや、人龍の末裔の小僧。お前の役目は別に用意してある』


 慧のセリフを遮って部屋に響き渡った声、全員がそちらへ視線を向ける。


「恒姫様?」


 ラピスが怪訝そうに眉根を寄せて見つめる先には、青白い光に包まれて険しい表情をした恒が宙に浮いていた。


「違う、あれは……!」


 驚いている慧の頬を冷汗が流れる。


「ば、馬鹿な! そんな有り得ない! 何故神官たちも居ないのに……」

「まさか完全に海龍様に体も意識さえも乗っ取られたというの! 私たちの娘が……そんな」


 国王と王妃も信じられないモノを見るように狼狽えていた。

 会話の流れで、何となく今の恒が本人ではない事は解ったが、そんなに驚くことなのだろうかとラピスは不思議に思った。

 ラピスとラズリの故郷であるプラネットや契約した国であるユニバース国を守護する地龍には、肉体と精神がない。里の奥に祠を作り、そこに地龍の力の源である玉が置かれているだけ。当代の龍長が一年に一度その玉へ【大地の息吹】という術を施して玉の力を保っているから、地龍ではなく里は龍長が方針を決めることになっていた。

 説明を聞いた限りでは、天之泉国を守護する海龍には、肉体はないが、精神はあるという事らしい。それは大昔の戦争で力を失った海龍と当時の巫女が取り交わした契約に原因があり、戦争で力を失い息絶えようとしていた海龍に巫女が、肉体は無理でも精神だけであれば自分の霊魂と融合して後世へ残すことができる、しかしその代わり自分と一緒にこれからもこの土地を護り続けてほしいと提案した。

 海龍は本当にこの地が気に入っていたのでその契約を受け入れたが、まさかその後にこんな扱いを受けるとは夢にも思わなかった。人間に絶望して滅びの道へ向かわせようとしていた時に現れたのが、地龍の里から来た二人の兄弟と三頭の龍だ。


『理解できんだろうな。それで構わん龍使いの小僧。今日は機嫌が良くてな、受け取るがいい。妾からの餞別せんべつじゃ。いけ好かん天龍にヨロシク言っておいておくれ』


 恒に宿った海龍の後ろに水で造られた大きな龍が現れ、振り上げた腕を前に下ろした瞬間、水の龍が国王や王妃諸共、衛兵たちを廊下へ押し流して行った。


「うっわぁ~、あれだけの人数を木の葉みたいに流しやがった」


 引き気味に言った慧の頭を小突いて、恒に宿った海龍が窓を指差す。


『行け。相棒の龍も今の騒ぎで迎えに来ておるぞ。後は慧。お前が何とかするのだ』

「は、はい。よし、乗れよラピス。俺様と相棒の龍が天龍様の大陸まで運んでやる!」


 言って窓から身を乗り出して指笛を吹く。同時に窓の外で待機していたサンよりも遥かに体の大きな龍が二対の翼を羽ばたかせて現れた。

 驚いたアースがサンに抱き着いているが、ラピスも部屋から見ていて驚いた。


「慧。お前、人龍族で、相棒の龍も居たのか」

「おうよ。俺様の小さい時からの相棒だ。紫の鱗を持つ翼竜の変わり者だ」


 凄いドヤ顔で言っているが、それはラピスに言わせれば、翼竜の変異体などではなく、間違いなくかつての戦争を終焉しゅうえんに追いやった邪龍だ。

 たった一体しか成功例がない貴重な存在を最後どうしたのかまでは知らなかったが、まさか慧と一緒に居たとは思わなかった。むしろこの相棒を初めて出会ったあの場所で連れて来られていたら、さすがに勝てなかったとラピスはしみじみ思った。


「サンとアース、お前らはこいつの背中に乗れ。海を越えるぜ!」


 窓の外のサンとアースに指示を出した後、慧も龍の姿に成り、ラズリを抱えたラピスを背中に乗せて壁を突き破って外へ飛び出した。


『はっはー、派手だねぇ坊主。おっと、城の追手は妾が引き受ける。早く行け!』


 陽気に笑った海龍が下で武装している衛兵たちに向けてまた水の龍を仕向ける。


【任せました、海龍様。行くぜウイング、俺について来い!】

【ぐぎゃあぁあ!】


 慧の指示に相棒の龍がサンとアースを乗せて返事をする。

 大地を揺るがす程の大きな鳴き声だった。

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