第13話 王女兼巫女の恒

 長くなりそうだったので、一度城内にある慧の自室へ招かれる。

 龍騎士団長というだけあり、広い部屋の中には大きなベッドとふかふかのソファ、そして執務机……だけだった。


「なあ、椅子がないのに机だけあるというのはどういうことだ?」


 いぶかしむように執務机の周囲を見回すラピスだが、セットと思われる椅子が見当たらない。

 羽織っていたマントをハンガーにかけ終えた慧が疲れた様子でため息を吐いた。


「あ~、それな。俺の幼馴染みが強引に持って行きやがったまま返しやしねぇ」


 頭をがしがしと掻いて説明してくれた慧の後ろで、サンがラズリとアースとムーをソファに寝かせていた。

 アースとムーも居心地のいい部屋の空気に眠ってしまったようだ。その傍らでようやく休めると、サンが座り込んでしまった。


「お前の相棒もかなり疲労が溜まっているようだし、今日くらいは泊って行けよ。船旅とは言え、金龍に海ってのはストレスになるだろう」


 サンの様子を見ていた慧の判断にラピスはまた驚いた。


「そういう知識はあるのか」

「悪かったな……!」


 恨めし気に返した慧がサンを一度起こしてやり、ベッドを使うように言った。

 ふらふらと危ない足取りのサンを誘導して彗はベッドへ寝かしつける。そのままベッドの端にあった毛布を一枚引っ張りソファで寝ているラズリとアースとムーにかけてやる。


「面倒見がいいようだな。……龍騎士団長とはそんなに気を遣う役職なのか?」


 ラピスの質問に、慧はお茶の用意をしながら、声量は抑えて返す。


「そうだなぁ。先代である俺の育ての父親がそうだった。けど俺は元が龍である人龍族。気遣いばっかりじゃねぇよ。部下たちに気を遣わせてる時が多いしな」


 話しながらカップに注いだ紅茶をラピスへ渡し、受け取ったことを確認すると自分もカップを持って床にドカッと胡坐を掻いて座る。


「まあ楽にしろよ。俺も久しぶりに人を乗せて飛んだから疲れたしな」


 龍騎士団長というより、慧という一人の人龍族の性格がよく分かる言動だった。


「だろうな。お前は人を乗せそうにない龍だ」

「うっせぇ~よ。それよりさっきの続きだが、俺の知る限り龍は丈夫で長生きの筈だろ」


 慧からの問いは一般に知られている情報としては正解だ。ラピスだってラズリがそうでなければ、きっと知らないままだった。

 アースとムーと一緒に寝ているラズリを確認した後、ラピスはぽつぽつと自分たちの旅の目的とここまでの経緯を説明した。

 ラズリが病弱で短命であること、その証拠に目がオッドアイだと、自身もプラネットの里の者だが、その魂はどうやら天龍側の者であること、天龍の里に行けばラズリが長生きできるようになるかもしれないと信じて旅を始めたことを話した。


「……天龍様の里の場所はよく知らないが、海の向こうにあるとは聞いた」


 ざっくりとしたラピスの認識に慧は、おいっとツッコミを入れた。


「海の向こうにも幾つもの大陸があんだぞ、こら。お前知ってる事と知らない事の差が激しいな」

「だが、天龍様の守護する大陸だと聞く」


 不思議そうに返したラピスに慧は大袈裟なほど大きなため息を吐いてみせた。


「海龍様の話じゃ、天龍様の守護を受けられるのは、その内たった1つだけある大陸と里の住民だけ。天龍様は認めた人間や龍にしか加護を与えない究極の気分屋らしいぜ」


 言い終えると慧はカップに入った紅茶を一気に飲み干した。


「そうか。なら、船旅の前に準備と心構えをしておかないとな」


 カップの紅茶を同じく飲み干したラピスに、慧は左手を額に押し当てた。


「なんでそうなるよ~、ってか俺の質問には答えたことになるのか?」


 疑問に思った慧がハッと顔を上げれば、しれっとラピスが返す。


「さっきラズリを例に出して説明しただろう。海龍様の加護対象は龍であれば、水と氷、風属性を持っている必要がある。持たないのならラズリと同じ症状が起きる」


 ラピスの返答で慧はようやく理解できた。

 ある意味自分は産まれて来る龍たちに酷いことをしようとしていたのだと知ると、彗は背筋に悪寒が走った。


「改めて、ラピスが止めてくれて助かったぜ。サンキューな」

「いや……知らない事だったのだから、俺はもう気にしていない」


 言いながらカップを近くの棚の上に置いた。その後ラピスは、何故かスタスタと戸の方へ歩いて行き、ドアノブに手をかけると、勢いよく戸を開けた。


「きゃぁああ!」


 廊下で聞き耳を立てていたと思われる少女が、部屋の中に倒れ込んできた。


「何者だ? 人龍族と龍使いの会話を盗み聞きとはいい度胸を」

「おっ、姫さんじゃねぇか。何してんだよ」


 ラピスの敵意を含んだセリフを遮って、慧が倒れ込んだ少女に向かって尋ねる。

 訊かれて急いで起き上がった少女は赤くなった額を抑えながら、えへへっと照れたように笑う。


「えーと、その~、部屋からいつものように窓を見てたら慧が戻ってきたのが見えて」

「あー、また見合い話が嫌で拗ねて外見てたら俺が帰ってきたからこれ幸いと、愚痴りにきたのか」


 キシシっと悪戯っ子のように笑う慧に、噛み付くように前のめりになりながら少女は怒る。


「き、今日は違うわよ! 遠目から見たら素敵なおう、じゃなくてお客様を連れていたからその……この国の王女としてご挨拶に、と思って」


 頬を赤く染めて手をもじもじとさせる少女の様子に慧は、あ~ぁと納得して、成り行きを見守っているラピスを指差す。


「そのお客人が姫さんの隣にいる奴と、ソファとベッドでは仲間も寝てるから静かにな」

「ひぇっ」


 更に頬の赤くなった少女が指し示された方へ顔を向けると、困惑した様子のラピスが立っていた。

 目が合いラピスは困り果てて居たが、先程の慧との会話で少女がこの国の王女であることは解った。であれば、てっきり城に忍び込んだ無作法者かと思った事に対する謝罪はするべきだろう、そう考えたラピスは王女の前に手を差し出した。そして彼女が手を握ったと同時にぐいっと引いて立たせると、今度は自分が膝を折って頭を垂れる。


「王女様とは露知らず、先程は大変無礼なことを致しました。心よりお詫び申し上げる」

「まぁ……!」


 ラピスの紳士的な対応に王女は口元に手を添えて喜びのあまり感動し、慧も口笛を吹いて面白そうに笑う。


「ホント、お前って根っからの龍使いだな~」

「慧、彼を揶揄からかうのはお止めなさい。……旅の方、お名前は何と」


 王女の問いにラピスは顔を上げてまっすぐに見つめながら答える。


「はい、プラネットのラピスと申します」

「ラピス……様。私はこの天之泉国あまのいずみこくの王女であり、巫女の末裔まつえい、名はこうといいます。どうぞよろしく」


 うっとりとラピスを見つめる恒を見て、慧はまた始まったか、と呆れていた。


(うふふ、ラピス様。きっと貴方こそが私の運命のお相手に違いありません!)


 心の中でこれからの事にやる気を出している恒の心情など知る由もないラピスは、怪訝そうに見つめていた。




 村外れにある崩れた塀の上、どっかりと気怠けだるげな様子で座っている青年が一人、愉快そうに遠くの景色を見つめていた。


『ん~、んふふ、これはこれは……面倒なことになりそうだ。さすがは海龍のお気に入りの場所。実に残酷な試練を与える』


 楽しそうな声色にしみじみと呟いていれば、後ろから慌てて走ってくる音が聞こえた。


初雪はつゆき様ぁ——! 子が、新たな子が誕生致しました~!」


 走ってくるのは、村で一番に足が速い男だ。


『そうかそうか。すぐに向かうとしよう。ふむ、産まれたのは聖龍か、実に縁起がいい』


 近くまで来た男の羽織についていた純白の産毛うぶげをひょいと取って見せれば、男は一瞬驚いた顔をした後に照れ臭そうに笑った。


「はい。私の羽織が近くにあったものですから、その時に」

『うんうん。新たな命の誕生はいつだって神聖で幸福に満ち溢れているものだよ』


 塀からぴょんと飛び降り、男の案内で後ろからのんびりと目的の家へ歩いて向かう。


「初雪様、そんな呑気に進んでいては~」

『いいのいいの。ところで、以前に話した兄弟だけど、海龍の所で足止めされてるからまだ先かな~』


 突然話題を変える事はよくあるので、男も話に乗る。


「そうですか。迎え入れる準備は整いつつあります。……というと今回の聖龍を」

『ん~、そこは未定だな~他にも龍は居るし……うん、考えておくよ』


 やはりのんぴりと返した初雪は、ゆったりとした足取りで歩を進めた。


(異なる地より来たりし我が同胞どうほうよ。待っているからここまでおいで)


 初雪の長いローブの裾からは、水晶のような七色の輝きを放つ龍の尻尾が垂れていた。

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