第12話 天之泉国

 龍の姿で運んでくれた慧が降り立ったのは、城の前に造られた広場だった。

 元々翼竜たちの昇降場を目的としているのか、周囲には遮る物がなく、慧を中心に円形状へ広がり草も生えていなかった。

 少し離れた場所に降りた翼竜たちも着地地点に草の生えていない場所を選んでいる。


【よし、トウチャーク。降りていいぜ】


 どこか安心したような声音で言った慧の背中から降り、すぐ側にやってきたサンたちがラズリを心配するように見てくるが、当の本人は眠そうに目をこすっていた。

 人の姿になった慧が部下の二人に何か指示を出しているのを横目で見ながら、ラピスは改めて城を仰ぎ見る。

 海龍の守護する都というだけに、青と白の美しい外観をしていた。

 しかし三大龍神の中で最も攻撃性の高い守護を選択すると言われる海龍のイメージには合わない。どちらかと言うなら、要塞のような城の方が、かの龍神に合いそうだと、ラピスは不思議そうに頭をひねっていた。


「おい、どうしたよ。澄まし顔の兄貴。おかしな点でもあるか?」


 部下に指示を出し終えた慧が歩み寄ってくる。

 ラピスは一度慧を見た後に少しの間を置いて浮かんだ疑問を投げかける。


「この城は、海龍様の意向で造られたのか?」


 ラピスとしては当然の疑問を投げたつもりだったが、聞かれた慧は目を丸くして驚いた。

 反応を見たラピスが続けて疑問に思った理由を伝える。


「色合いは確かに海龍様をイメージしているようだが、……何というか、それだけに感じられる」


 あまり他所の事情に口を挟むものではないだろうが、ラピスにも龍使いとして見過ごせないものがある。

 そんなラピスの様子を観察していた慧にも意図が伝わったのか、改めて城を同じように見上げた後、腰に手を当ててどこか寂しそうに答える。


「お前、龍使いとしては本当に優秀なんだな。ご推察通り、これは人間どものエゴによって大昔に建て替えられた城だよ」


 慧の説明に寄れば、この城やはり元は要塞のように襲ってくる敵へ攻撃して領地を守っていたみたいだが、終戦後、王の代替えや海龍の力が弱まっていると知った当時の巫女や住民たちの意向で城は今のような外観になったという。

 どことなくお伽噺とぎばなしに出てきそうな雰囲気なのはそのせいだろう。


「……んで、こういう城とかいうのは、特に守護してもらう龍神に合わせる物だから色だけでも、ってこうなったみたいだぜ」


 説明を終えた慧の口調は最後まで変わらなかったが、その声音は最後まで哀しそうだった。

 人龍族は人よりも龍の気持ちが理解できる種族だ。

 永い時間ずっと守護してきた土地の住民が、突然色だけ自身に寄せられた建物を造れば怒り、呆れ、悲しむだろう。そのまま見捨てても良かっただろうに、海龍にはその選択をできない理由があった。それは。


「港町としての機能があるこの都は、海龍様にとってはこの世に二つとない居心地の良い場所だろ。力を失いかけた状態なら尚更ここを離れられないって話だ」


 今度は悔しそうに拳を握りしめた慧の目は城を睨んでいるように見えた。


「だから俺は最強の龍騎士団を作って王様や王妃様に解らせてやりたいんだよ」


 慧の発言でラピスはようやく合点がいった。

 赤龍と白龍に預けてきた多くの龍の卵たち。よくこれだけ集めたと見た時は呆れていたラピスは、ここでようやくその理由を知る事ができた。


「あれだけ多くの種類を孵化させ、育て上げれば最強の軍団になれるかもしれないな」

「ああ、お前に邪魔されたけどな。けど俺は諦めないぜぇ」


 やる気を出すのは良いことかもしれないが、これに関して言うのであるならラピスは諦めてくれた方が助かると判断した。


(このままでは孵化した龍たちが可哀相だ)


 ラピスは眠ってしまったラズリをサンに預けて慧へ向き直る。


「残念だが慧。水や氷、風属性以外の龍をここで孵化させた後に育てたら病弱の末に短命で終わるだけだ」

「…………マジか」


 愕然がくぜんとする慧に対してラピスも、知らなかったのか、と驚いた。

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