第10話 赤龍と夜の会話

 寝苦しくて夜中に目を覚ましたラピスは、巣から少し離れた場所にある湖で涼んでいた。


「ふぅ〜……」


 星空を鏡のように写し出した湖面をじっと見つめていたが、見回りから戻った赤龍が隣に降り立つ。


『どうした地の龍族、明日からも旅が続くだろう』


 赤龍からの質問にラピスは頷き答える。


「はい。ここで少し涼み終えればすぐに戻ります」


 湖面から目を向けたラピスをしばし観察するように見ていた赤龍が、短い溜息を吐き、話し始める。


『暇つぶし程度ではあるが、昔話に付き合え。……オレは、天龍様に一度だけお会いしたことがある』


 ラピスの返答を待たずに話し始めた赤龍の話を、まず疑問に思い、問いかける。


「会う、というのはいったいどういう意味です?」


 地龍は、ほこらに力を一部宿した玉があり、龍長は代々その血を受け継いできた。

 これから向かう都を守護する海龍は、地龍と同じ龍神なら実体があるとは考え難い。ならば天龍でも同じと予想を立てるのが自然ではないだろうか。とラピスは考えた。

 赤龍はラピスから目の向ける先を頭上に広がる星空へ移し、話を進める。


『天龍様はその時、この先にある村を護る為にこの森を作ると言い、俺と当時ご自分が連れていた白龍を護り龍に、と定めた』


 昔を懐かしむ赤龍には悪いが、ラピスは唯々驚く事しかできない。

 村が完成したのは戦争が終了した前後、その時には地龍や海龍もほとんど力が残って居なかったと聞く。なのに天龍は、あの村を用意して結界を張り、更にはこの森まで同じ時期に作り上げて彼らに任せたというのは、他の龍神との力の差が大き過ぎるように思える。


『オレも戦争に参加していた龍だったが、その時に翼を怪我して戦力外にされてしまってな。縄張りも無くて、これからどうしようかと困っていたから助かった。しかし、結果的に俺や白龍だけでは海龍側の戦力に対抗し切れず、森を半分も焼かれた挙げ句、その間に村を壊滅されてしまった』


 気落ちする赤龍の言葉に、ラピスは昨日まで居た村の事を思い出す。

 あれが襲撃される前の光景であるならば、彼等は誰一人として赤龍達のことを知らなかったし、知って居たとしても、きっと怒りや恨みもないだろう。自分達の為に戦い、その結果住処である森を半分も犠牲にしたのだから。


「俺とラズリもその村にはお世話になりました。だから解ります。村人達は貴方たちに感謝こそしますが、恨んでは居なかったと」

『世話に……?』


 今度は赤龍が意外な事実に驚く番だった。

 しかしラピスの言っている事が、嘘や気休めからでない事は目を見れば判った。


『……お前は本当に不思議な龍使いだな。昔話のついでに教えてやろう。天龍様は龍神の中で唯一、今も実体を持ち、海の向こうの大陸を守護しておられる』

「なんですって? ……予想外の内容続きで何と言うか」


 腕を組んで考え込み始めたラピスの反応に、赤龍はおかしそうに笑う。


『クックック、そうじゃない。天龍様は早々に戦争から身を引いた為、力が有り余っておられるのだ』

「……なるほど、な」


 経緯を聞けば、驚く事でもない。いや、早々に戦線離脱したその行動には驚くが、それならば今も現役で居る説明が付くという物だ。

 元より龍神は他の龍族よりも桁違いの力を有していると聞くから、それを仮に半分くらい残して去ったのであれば可能だ。


「何だか安心したら眠くなってきました」

『そうか。ゆっくり休め、人の子よ』

「はい、お休みなさい」


 巣へ向けて歩いて行くラピスの背を見送り、赤龍は星空を再び仰ぎ観る。


『安心、か。天龍様は確かに戦線離脱は早かった。逆にそれは先見のめいが優れていたという事なのだがな』


 ぽつりと呟いた赤龍は、まだまだ若い龍使いの青年に向けて、苦笑を浮かべた。

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