第8話 卵捜索

夜が明ける前に寝ているラズリを防寒の為毛布で包み、荒廃が進む天龍の村から連れ出した。

 少し歩いた先にあった森の中を進んでいると、頭上から大きな羽ばたく音と影が降ってきた。


「あれは、赤龍せきりゅう?」


 目の前に降り立った龍はサンよりも2回り大きな体に4つ足の赤い鱗を持つ、炎を操る赤龍だった。


【ぐぎゃあぁぁ——!】


 威嚇いかくするように雄叫びを上げた赤龍はどう見ても怒り狂っている。


「クッ……この森は赤龍の縄張なわばりか。だが、赤龍はキレやすくも情に厚い龍の筈だ」


 縄張りを荒らさない限り人や動物を襲うことがないと教わった赤龍の生態と今の赤龍の行動に疑問が浮かぶも、ラズリが飛ばされないようにしっかりと抱える腕に力を入れ、足を踏ん張る。


「サン。すまないが、交渉を頼む」

【ぎゃうっ】


 後ろに控えていた金龍のサンを前に通し、赤龍の説得を任せる。

 龍使いとはいえ、怒り狂った龍を相手にするのは命に関わる危険性がある為、できる限り避けなくてはならない。


【ふぎゃぎゃー、ぎゃう】

【グルルル……ぐぎゃああぁぁぁ——!】


 サンが赤龍の説得を始めるが、相手も怒りのあまり我を忘れているのか、一向にこちらの意見を聞いてくれる様子が見られない。

 赤龍が更に大きく背中の翼を羽ばたかせた瞬間、毛布が捲れてラズリが強風で目を覚ました。


「ふりゃあ~?」

「すまない、起こしたか」


 半分まだ寝惚けているラズリに謝ると、先程まで吹いていた強風がぴたりと止まった。

 見上げると赤龍はぱちくりと大きな目を丸くして固まっていた。


「どうした?」


 先程から何度も目にする赤龍らしくない行動に心配するも、突然頭に直接声が届いた。


【小僧ども、さきほどはすまなかった。てっきり我らの卵を盗んだ不届きな人間かと勘違いしてしまった】



 話しかけてきたのは赤龍のようだが、その前に重大なことがある。


「赤龍の卵が盗まれたって」

「わわっ、それは一大事だ~!」


 一気に目を覚ましたラズリが、ぴょんと地面に飛び降りた。

 赤龍の足元まで駆け寄って行き、小さな胸をトンっと叩いて見せる。


「僕たちが見つけて来ます! 困ってる人は助けろって母さんが言ってた!」


 自分よりはるかに小さなラズリを踏まないように注意しながら、赤龍が長い首を下ろしてくる。


【しかし間違って無実の小僧たちを襲ってしまったのに、頼むのは気が引けるな】


 悩んでいる赤龍の声にラズリが後ろへ振り返る。


「兄ちゃん、いいよね?」

「……ああ。確かに龍の卵は貴重だ。このくらいなら寄り道にもならない」


 苦笑いを浮かべて返すと、赤龍は頭を地面につけた。


【すまない遠方からの旅人。恩に着る。まだこの森のどこかにある筈だ】

「解りました。では、地上から探します」

「ガンバロ~!」


 ラズリの掛け声に、ようやく起きたラズリの相棒のアースが寝惚けた声を上げていた。





 ご丁寧なことに、それらは捜し始めて数時間で見つかった。

 丁度木々が邪魔をして空からは見えないが、地上を歩いて居れば隠れる気がないのかと思う程、堂々と道の真ん中に馬車をめていた。

 見張りは二人、どちらも軽装備で楽そうだ。

 ラズリとサンとアースを草むらに残し、一人が背を向けた瞬間を狙って手刀をくらわせ、異変に気付いたもう一人が武器を構える前にみぞおちへ、態勢を低くして肘鉄ひじてつを撃ち込んだ。


 くの字に曲がった体が倒れ込むのを確認した後、馬車の中を調べる。


「……おいおい。正気か?」


 中にはお粗末な袋に入った龍の卵が何個も見つかった。

 捜していたのは赤龍で、相手が別の龍だとしても……種類が多過ぎる。

 あの性格から考えるに、一夫多妻制でも無いだろうし、これはどうしたものかと頭を抱えていると、外がさわがしくなった。

 ラズリの身に何かあったのでは、と慌てて馬車から顔を出せば、見回りから戻ってきたのか、別の兵士らしき男が草むらから上半身を出す形で倒れていた。

 近くには嬉しそうなアースと誇らしげなサンと驚いているラズリが居るから、何となく状況は読めた。

 背後から襲おうとした兵士にアースとサンの長い尾が叩き付けられたのだろう。

 その証拠に、兵士の顔面には左右から受けた尾の跡が赤く残っている。


「……お疲れ様。それより少し手伝ってくれ」


 馬車の中を見せて同じように驚いたラズリ、サン、アースに協力してもらい、何とか卵を全部、道の端まで移動させることができた。

 ここから後は……。

 アースとサンに案内を頼んだ赤龍に事情を説明した所、驚いた事に全ての卵を責任を持って預かると言ってくれた。

 赤龍の器の大きさを改めて実感したところで、せめて巣まで卵を運ばせてもらう事にした。

 もちろん倒れていた兵士たちはそのまま、サンと一緒に馬車へ積んで、近くから様子を見ていた赤龍へ向けて合図を送った後、馬の足元目掛けて火力をおさえた火をきかけた。

 当然驚いた馬は、暴れながらも森の外までそのまま兵士たちを馬車ごと運んでくれた。


「これでこの森ももう安心だね~」


 嬉しそうに言ったラズリに、アースも嬉しそうに鳴いて飛びまわる。


「そろそろ卵を巣へ運ぶぞ」

「はーい!」

【ぎゃう~】


 駆け寄ってきたそれぞれにも卵を渡して赤龍の案内で巣へ向かって慎重に歩き出した。

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