第7話 深夜の会話

 夜中に目が覚めた俺は、ラズリを起こさないようにベッドから出て、机に置いたままの鏡を持ち、先程見た夢の内容を映し出した。


「……最後に辿り着いたのが、この土地か」


 疲れ切ったような声が出る中、手にした鏡には残酷な場面が映し出されていた。


 ――人龍族は人をベースにした龍で言わば禁忌きんきの種族とされ、昔に起きた戦争で生み出された存在だ。


 人間の姿を模した龍と言えば想像し易いかもしれないが、能力が龍に近い為普通の人からは恐れられ、戦争に参加していた龍たちからは仲間として受け入れられず、仕方なくその種族全員でどこか安息の地を目指して旅立った。

 それがこの世界に残った人龍族じんりゅうぞくの記録だ。

 俺が先ほど見ていた夢も、途中までは合っていた。


「……これが真実だとするなら、決定的な違いは最期さいごか」


 眉間みけんにしわが寄り、考え込んでいた後ろで、戸が静かに開いた。


「っ……貴方は」


 驚いて振り返った視線の先には、困ったように笑う宿の主人が立っていた。


「申し訳ございません。夢見ゆめみが悪くて、寝付けませんよね。……お茶でもどうですか?」


 寝ているラズリたちに気をつかってか、声は静かなものだった。


「どうぞ」


 通されたのは食事を振る舞われた部屋で、目の前に出されたお茶も湯気ゆげが立つほど熱そうだ。敵意が感じられなかった為、誘いに乗ってみたが、何を言われるのか気が気ではない。

 目の前に座った宿の主人は同じようにれた湯呑ゆのみを両手で持って一口飲んだ。

 これは龍に関係する人種の礼儀だ。

 出された物が安全である事を示す為に、まず出した者が先に口を付ける。


「ん~、少々熱いですけど美味しいですよ。ここで採れる柚子ゆずは格別でして」


 敵意の感じられない笑みを浮かべてすすめてくる宿の主人をならうようにして同じく目の前の湯呑を手に取る。

 様子を見ていた宿の主人が、ふふっとおかしそうに笑う。


「旅人さん。貴方……プラネットの出身ですね、地龍様の加護の」

「えっ……何故それを?」


 こちらは何も情報を渡していない筈なのにこの宿の主人は出身地から守護する龍神まで言い当ててしまった。

 驚いている様子を見て更に笑みを深くして問いに答えてくれる。


「出された物をなかなか口にしない。でも控えめに手には持つ。そんな習慣があるのは地龍様の土地だけですからな。昔からそう。我々が目指そうとした地からの旅人。歓迎しない筈がないでしょう」


 最後の言葉を言う時、宿の主人は悲しそうに笑っていた。

 あの夢の内容を考えれば当然かもしれない。


「……あの、この地はもしや……天龍様の」

「はい。三大龍神の中で最も知的なお優しい天龍様が、我々に与えてくださった村です」


 当時を思い出してか、嬉しそうに言った宿の主人から目を逸らして手にした湯呑の中身を一気に飲み干した。


「ハハッ、お若いのに良い飲みっぷりだ。私の息子も成長していればこんな風に酒でもみ交わせたでしょうに」


 愉快そうに笑っている宿の主人の言葉に疑問が浮かぶ。


「成長していれば、というのは」

「あぁー、実はですね。お恥ずかしい話で、旅の途中でどこかに行ってしまってそのまま」


 本当に恥ずかしそうに頬をかいて笑っているが、そんな反応では済まされない筈だ。


さがそうとは」

「いやいや、最初は捜すつもりでしたけど、私の息子ですからね。きっと図太く生き残ると思いましてそのままです。今となってはそれは正解でしたけれども」


 言われた内容に押し黙るしかなかった。

 確かに最期を知っていたら、そう思うのは当然かもしれないと。


「それで旅人さん。ついでというのもアレですが、1つ頼まれちゃくれませんか?」


 突然の申し出に顔を上げて頷く。


「もちろん。俺で何かできる事があれば」

「ハハッ、ホント地龍様の所の龍使いはおとこですねぃ。難しくありません。ただ、息子に会ったら俺たちの事は黙っていて欲しいのです。そして誤解していたら弁明もせず、……ああですけど、もし困っていたら、私の代わりに助けてやって下さい」


 この言い分から察するに、やはりと言うべきか、悲しい事実を知ってしまった。夢で見たようにこの村は既に失われた場所だった。

 何故今になって、という疑問は残るが……おそらく自分たちが彼等の目指していた土地からきた旅人だったからだろう。宿の主人の言葉を借りるのであれば、だが。


「……友達少なそうなら仲良くしてくれると有難いですけれど、そこは相性の問題なんで臨機応変りんきおうへんという事にしてください」


 1つではなかったように思うが、そこは言わないでおこう。


「さてと、あまり引き留めては旅人さんに迷惑がかかる。そろそろ寝ますか。次は良い夢が見られるかもしれませんよ。今夜は本当にありがとうございました」


 湯呑を2つ持って立ち上がった宿の主人に尋ねる。


「貴方は……いえ、貴方達は、世界を嫌いましたか?」


 質問に対して宿の主人は驚いていたが、すぐ嬉しそうに笑った。


「嫌っていたとしたら、旅人さんを歓迎はしませんよ。……でも、ありがとう」

「ッ……!」


 宿の主人から言われた最後の言葉は、さすがに泣きそうだ。

 できるだけ顔を見られないようにそっと椅子から立ち上がって、部屋を出ようとした時に、お道化どけた声が背中にかかる。


「こんな身だからこそわかるのでしょうが、旅人さんたちは天龍様の龍使い側でしょう。きっとこの村に辿り着けたのはそれも理由かもしれませんね」


 思わぬ所で判明した目指すべき土地に、驚いて振り返った先にはもう宿の主人の姿はなく、替わりに朝食と旅立つ時の弁当が用意されていた。


「ッ……」


 もう涙腺るいせんが我慢の限界だった。慌てて部屋に戻り、できるだけ音を立てないように戸を閉めた。

 静寂せいじゃくが少しずつ頭を冷静にしていってくれるが、込み上げてきた感情を抑えるのには時間がかかりそうだった。

 戸を背にしてズルズルと座り込んだ気配でサンが目を覚ましたのか、寄りっていたアースを起こさないようにこちらへ歩み寄ってきた。


「……すまない。今は、取りつくろえそうにない。……少し経てばまた」


 両目から流れる物を抑えようと、こぶしを押し当てるがき止められそうにない。


【ぎゃうぅ~】


 何があったのか理解してくれたのか、そっと寄り添ってきたサンは気遣きづかうように鳴いてそのままずっと傍に居てくれた。

 きっとこの宿の外にはもう何もない。全て昔に焼き払われた。住民も誰一人残ってはいない。

 天龍と相性の悪い地龍の力を使った海龍の土地の人間たちが全て奪っていった。

 日常もその先の未来も……痕跡こんせきさえも残らず。

 加護をした天龍を責めるのは違う。利用された地龍の力にも怒ることはできない。だからといって、自分たちの平穏の為にと戦った海龍の土地の人々を嫌う事もしない。

 自分が見た夢とはそんな悲しくも優しいこの土地の最期の記憶だった。

 こんな事、ラズリには到底説明できない。

 夜が明けたら、目を覚ます前に朝食と弁当を持って早々にここを立ち去ろう。きっと、その頃にはこの宿の結界もち始めるだろうから。

 宿の主人からの最後の優しさを感じながら、さっきの頼まれ事を引き受けると心に誓った。

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