(27)第三階層
「え? 長老が配信してたって?」
「あー、やっとドローンを正しい遣り方で起動したんだ~」
ダンジョンの探索を終えて大学へと戻ってきてから学食で聞いた噂に、当然の感想を茅葺兄妹が口にすると、それを伝えた金串翔は、これも当然の様に苦笑いする。
「いやいや、いやいやいや、見た方が早いわ。俺も何でそんなタイミングで発表練習なんだって思ったね。ゴブリンチャンネルで検索してみろ。正直凄いぞ」
言われて恵美が検索を掛けて、他のパーティメンバーも集まってくる。
学年も違うパーティメンバーだから、こうして一緒に学食を共にする事が多い。探索を終えた直後の昼なら尚更だった。
「壁に穴を開けているシーンは早回し推奨だな。途中から長老の発言とその他が分けられてるから、チャットを追うだけでも状況は掴めるぜ」
そうなってくると、それぞれが自分の見たい様に見るのがいいと、各自のスマホでも検索を始めて、そして暫し昼飯を口に運びながらの静かな時間が過ぎて行く。
食事を終えて暫く経って、ざっと斜め読みで状況を把握したのは武志だった。
うぅぅあぁぁと、何とも言えない表情で呻き声を上げている。
金串は、気持ちは良く分かると大きく頷く。
実はその武志よりもずっと早くにチャットを読み終え、気になる部分の映像を確かめて笑い声を上げていた京子は、あっけらかんと言い放つ。
「長老やるわね! 全部掌の上よ?」
「まだ全部見れてないが、私が長老と同じ立場になったなら、絶望して発狂するな」
「ぼっち耐性が凄く高い――って言うより、ぼっち属性なのかな? 質問には答えてくれてるけど、殆ど無視してるし、突き放してる時も有るよね?」
京子に大、そして陽一も、それぞれの感想を述べる。
「しかし、それは兎も角――」
「「「「「「長老がやばい」」」」」」
その共通認識には、金串の声も重なっていた。
「今検索したけど、長老百四十キロを超える速さで爆走してるって」
「いや、走ってないよ。浮いてるって絶対!」
「完全に遊んでいるが、二層攻略の世界記録だろうな」
「それはどうかな~、ボスは斃してないし!」
「俺達も翻弄されたが、長老の立場を考えると、文句も言えんなぁ」
「で、だ。今は配信を一時中断しているが、それは第三階層攻略用の兎人形を用意しているかららしい。チャット欄に書かれた進捗から行くと、もう直ぐにでも再開しそうだぜ」
「一層で六十四体、二層で百二十八体なら、そりゃあ三層は二百五十六体って予想するわな。
残り四十体。――午後の化学はテストだけで単位が貰えると聞くし、サボるか?」
「お兄ちゃん狡い! 一年の講義は出欠取るんだよ!?」
「ごほっ、けほっ――うーん、僕はちょっと体調が怪しいから、午後の講義はキャンセルするかも」
「いや、陽一、お前なぁ……」
「あーー!! 皆して狡いよ!! もう!!」
だがしかし、此処は明峰大学迷宮科の学舎だ。
学食の其処彼処から聞こえてくる声を聞く限り、午後の講義の出席率は、酷い事になりそうだった。
~※~※~※~
“さて、待たせたな。”
“待ってましたー!!”
“祝☆再開♪”
“中断前から見てたから。”
“静粛に~、静粛に~。”
一度拠点に戻って作業していたが、再びの二階層ボス部屋前で配信を再開すると、途端にチャットが流れていく。
トブリンが作業の進捗状況をチャットに流していたとは言え、随分と暇な奴らが多い。
中断したのが昨日の夜で、そして今日は昼を回った時間だから、植物魔法で成長促進された作物が、既に膝丈を超えて伸びてきている。
湿原に飲まれた様なダンジョンの光景。中々に面白い。
“時間が掛かったのはリアルさを求めたが故だが、それだけに自信作だぞ。何れ三階層で御披露目しよう。
それはいいとして、二階層のボス戦だな。
果たしてこの階層のゴブリン共は全滅扱いになるのか、それともゴブリン人形の中からボスに成る個体が選ばれるのか、選ばれるとして中身だけなのか、それともゴブリン人形其の物が選ばれるのか。
“いや、趣味悪いって。”
“長老は(多分)基本マッド。”
“プログラムが見える訳では無いのだから、バグを突くのがダンジョン理解の近道だぞ?”
正直に言えば、一階層の平穏の為以外に、二階層に余り興味は無い。
下手をすれば、三階層に抜けた後は、年単位で訪れなくなるかも知れない程に気が惹かれない。
ゴブリン人形が立ち並ぶ今、俺にとって二階層は完全に実験農場となっていた。
そうなると、少なくとも安全面などの俺以外に関係する相手が居ない事柄に、気を払う意義は失われる。
俺はもしもそれで罠が発動し、この階層が崩れ去ったとしても、そんなの知らんという気軽さで、ボス部屋の扉を押し開いたのだった。
先行して宙を駆けたトブリンが、次階層への階段が有ると思われる場所の上空に停留し、トブリンに組み込んだ強化魔法でその存在を隠蔽する。
……いや、強化魔法としか言い様の無い、肉体と精神に関わる魔法だが、何故か幻などもその範疇なのだ。
そんな事をしている間に、俺はボス部屋との境界をさっさと通り抜け、……ゴブリン人形が五体程黒い靄に包まれたのを監視用の装飾越しに千里眼で確認し、目の前に現れる大きな二つの黒い靄と、小さな三つの黒い靄から、それぞれ歪に膨れ上がったゴブリン人形と、見た目はそのままなゴブリン人形が現れて、しかし根ごと掘り返されたからか立つ事も出来ずに横倒しになり、魔力の流れが途切れた故にその動きを止める。
次の階層への階段を閉じていた蓋が消え、階段の先に黒い楕円板が現れた。
“バグッた!!”
“バグッた!”
“バグッたw”
“自滅!!”
“バグッたw”
“笑い事じゃ無いな。以前のゴーベンはほぼ幻寄りだった。
今のゴーベンは或る程度実体化している。
一階層で同じ事が起きれば、ボスに選ばれたゴブリンは死ぬ。”
“バグッたw”
“え、待って!? もしかしてやばい??”
“まぁ、大広間への道には既に扉は無い。ボスが選ばれる条件が満たされる事は無いだろうが、何れ対策は必要だろうな。
空席を割り当てたゴブリン人形が、確実にボスに選ばれる様にするだけだ。何度かこの階層で実験を繰り返せばそれで済む。”
念の為に黒い楕円板周りを魔法で記録し、気負う事無く楕円板を潜り抜ける。
そして楕円板を潜り抜けた直後、トブリンが飛んで来てピタリと俺の胸に貼り付いた。
~※~※~※~
長老が第三階層への入り口を潜り抜けた一瞬で、配信の映像が変わっていた。
映像から長老の姿が消え、代わりに画面の右と左から長老の物と思わしき腕が伸びていた。
一人称シューティングの視点である。
講義室正面のモニターに映し出されたその映像を、恵美は口を丸く開けて見入っていた。
確かに迷宮科ならばこそ長老の配信は注目されて当然であり、寧ろ教授や助教授の方がその配信を気にしていたとなれば、それを講義の題材とするのも或る意味当然の結果だった。
「えっと……でも、いいのかな、これ?」
恵美の口から、思わず疑問が零れる。
それを拾った友人は、苦笑いだ。
しかし、映像がネタに走ろうと、講師はそれに構わず解説に徹する積もりの様で、嬉々として画面を指しながら止まる事無く口を動かしている。
「――ええ、オーソドックスな餓鬼窟の第三層ですね。短い直線通路の先は、行き成り本道に出ていると思われます。但し、第一層や第二層のフィッシュボーン構造では無く、一本道の長い本道の向こうが広間となっており、その先で十数の小道に枝分かれした、箒状構造となっています。また、ボス部屋の概念が無く、枝分かれした先のどれかに存在する階段に辿り着ければ、次の階層へ素通り出来る特殊な構造となっています。
――ああ、やはり通常の箒状構造ですね。
普通ならば、此処でパーティの必要性を学ぶのですが、ソロのゴブリンがどの様に攻略するのか、あなた達も是非参考にしましょう!」
講師はノリノリだった。
そして長老は本道のゴブリンを広間まで殴り飛ばす勢いで進撃し、広間に入って直ぐに、コマンドを選択した
『Special Weapon』から『Energy Revolution[Map]』と。
映像は凄まじい勢いで増殖する光球に埋め尽くされ、画面は白く塗り潰された。
~※~※~※~
“よし、では、三階層の食肉工場計画を進めようか。”
“いやwww ちょっとwww”
“マップ兵器ってwww”
“先ずは、この本道を草原にして、兎が棲める環境にしよう。”
“wwwww”
“wwwww”
“wwwww”
“大・草・原www”
“wwwww”
“wwwww”
“時間を掛けるつもりは無いからな、農地化用のゴブリン人形も造ってきた。本道をゆっくりと一日掛けて往復する。放つ陽光魔法は継続時間短めに設定したから、昼と夜も出来るだろう。
これも気の長い実験だ。本道はこのまま放置だな。
本道が整うまでは、この広間を農地化して兎を放つ事とする。”
そういって俺は、体育館を半分にした程度の広間の中をぐるぐると歩き、魔力の流れを追い遣って農地へと変えていく。そして一定間隔毎に、ポールの様な道具を地面に突き刺していく。
“これは、一定時間で水遣りをしたりする道具だ。農地用道具の簡易版だな。
本道が農地化すれば、本道を走らせているゴブリン人形トロッコも、この広間まで入れる予定だから、後々は不要になる物だ。”
そうは言っても、最初は俺がやってしまわないと、時間ばかり取られてしまう。
耕した農地に魔法で種を植え、植物魔法で生長させて、膝丈を超えれば次は兎だ。
“そしてこれが兎人形だ。どうやら角を付けるのがお約束らしいからな、魔物らしく角兎にした。
単純にダンジョンの指令とは別の事をさせるのでは無く、ダンジョンに与えられた闘争心の対象を、草に向ける様にしている。
予想と違って回収した空席は二百に届かなかったが、六体居た中鬼とやらが一体当たりゴブリン十体分と数えるなら丁度合う。三体除いて百九十三体分を兎と繋げればこの階層ともおさらばだ。
次の階層からは洞窟型では無くフィールド型だったな。トブリンが活躍する筈だ。トブリンファンは刮目して待て。”
そうチャットに書き込んでいる間にも、俺の周りは角兎達で埋まっていく。
ふわふわとした毛の白や茶色の兎たちが、暫くもそもそしていたかと思うと、伸び始めた作物を見た途端、怒濤の勢いで齧り付いていく。
角兎たちに空席を繋げている間にも、何度か植物魔法を強めに掛け直す必要が有る程だった。
“うさぎカワイイ♪”
“いや、怖いって! 何あの勢い!?”
“大草原枯らす勢いw なお中身はゴブリンwww”
“あっと言う間に兎の糞だらけw”
“因みにこの糞は、傷薬? になっている筈?”
“なんやそれw”
“何で疑問形なの?”
“いや、ゴブリンに効く薬が、人間に効くかは俺ゴブリンには分からん。”
“確かにwww”
一階層挟んで、何をしたところで集落への影響は無さそうと感じているが故に、かなり気を抜いて作業を進めていく。
“……ゴブリンの発生に、通常五日近く掛かる事を考えても、三十日も空ければ兎も馴染むだろう。
二階層と三階層の続きは、三十日後だな。”
“マッドエンターテイナー長老w”
“ゴブリンが四つん這いで草に猛ダッシュする様になってたら嫌だなぁ。”
そんなのは俺も嫌だ。
しかし、有り得ないと言えないからこそ、実験のし甲斐が有る。
それも結果が分かるのはまだ先と切り上げて、俺は奥の小道へと向かった。
魔力の流れが有るのだから、正解は一目で分かる。
さぁ、次はいよいよ第四階層だ。
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