(14)『奈良県二上山丙種迷宮第一回侵入調査実況配信』~調査の終わり(一)~

やばば。誤字だらけ&矛盾が残ってるので後で書き直します。(´・ω・`)

→書き直したよ! 誤字修正はいいとして、回復軟膏当たりの記載を結構変えてますが、大枠は変わらないかも。

ーーーーーーー

 映像に残された青い小鬼の姿を確かめた次の日、つまり、二上山ダンジョンに潜り始めた二日目、武志達はダンジョンの中をジョギングしていた。


「……少し格好を付け過ぎたか?」

「格好良かったよ、お兄ちゃん? それに、二階層の探索より楽ちんだよ?」

「だからと言って、ダンジョンの探索でこれは無いわ」

「容赦無いよね~。明日とか、分単位でスケジュール決められてしまいそうだよ」


 思わず零してしまっているが、ダンジョンの、それも洞窟型の中をジョギングするのは、どれだけ安全に見えるダンジョンだとしても、考えられない暴挙だと武志は思っている。

 しかし、目が覚めてからの朝のミーティングで示されたのは、そうでもしなければ熟せない密度のスケジュールだった。


 今日、求められている事自体は簡単だ。

 二上山ダンジョン一階層のマップを完成させる事。

 同時に、カナのセンサを可能な限り活用して、マップ収集時の周辺環境データを集める事。


 ダンジョンのマップなんてのは、潜っている探索者の情報を縒り集めて、普通はそれなりに時間を掛けて完成させる。

 それを一日でというのがかなりの無茶では有るが、それを言って他の探索者も入れようとなったなら、それはそれで面白く無い。


 それに、恵美が口にもしているが、普段の探索よりも余程楽で、恵美や陽一とそんな会話が出来る程度の余裕は有る。

 足場も決して良くは無い洞窟の中なので、一般人なら何とか追い付くだけで精一杯かも知れないが。


「いや、本当に何も考えずに走っていればいいなら、珍しいジョギングコースかも知れんが、そういう訳にはいかんからなぁ」

「それは武志では無く、私の台詞だ。そして私が索敵しているのだから、何も気にせず後ろに続け」

「――はは、参ったな。俺まで屁っブバーン化していたか?」

「ちょっと! 度々うちを引き合いに出さないでよね!」


 只のマッピングだったなら、単なる点群データでダンジョンの構造を示すだけだったなら、カナの飛ぶ速さも今とは較べるべくも無く、こんな余裕も無かっただろう。しかし、カナの持つセンサーを駆使しての情報収集もしているから、雑談出来る余裕を持ててしまう。


「僕達はカナちゃんの護衛なんだから、他に何かしようなんて考えなくても良くない?」

「あー、確かにちっちゃい子なら、飛んでる~捕まえろ~って石でも投げてきそうよね」

「常識なんかも違うだろうからなぁ」

「配信的にはお喋りしてた方がずっといいよね? パルクールみたいに凄いのなら別だけど」

「ジョギングだもんね~」


 そんな感じで、スケジュール其の物には余裕は無いのに、どうしても気の抜けた空気が漂ってしまっていた。

 尤も、見る側からすれば、常人を遙かに超えた身体能力の探索者達――それもまだ幼く見える女子を含む――が、余裕そうにのんびりお喋りしながら、凄いスピードで洞窟の中を駆け抜けていく、一種独特の興奮映像になっていたのだが。


「ま、ここの所、体も鈍ってたと言えばその通りなんだが……」

「このくらいじゃ運動にもならないけどね~」

「走らないよりはましだろ。この依頼が終わったら、何も考えず大暴れ出来るダンジョンに潜りたいものだぜ」

「潜るとしても、まずは中層で体を慣らさねぇとな」

「餓鬼を相手に手が鈍らないかが心配だよ」

「餓鬼は小鬼に戻れないんでしょ? 気にしないでやっちゃいなさい」

『次の角は右です』

「おっと、次は右だってよ」

「はいはい」


 隊列に拘わらずお喋りが出来ているのは、それぞれがインカム通信機を着けているからだが、だからこそ息の乱れも拾っていない事実に一般人は慄くのだろうか。

 そんな事を気にする事も無く、進むルートもカナ任せに、武志達は速度を緩めず駆け抜けていった。


 餓鬼窟と呼ばれるダンジョンにも、実は幾つかパターンが有る。

 時に起伏が激しく、通路が立体交差している様なダンジョンも有るが、そんな餓鬼窟でも基本は魚の骨状のマップになっている。

 この二上山ダンジョンは、尤も基本的な、一尾で平坦な魚の骨マップだ。

 つまり、本道から枝分かれした先で他の道と合流している事も無いとは言わないが、基本的にマップを埋めるには、行って戻ってを繰り返すしか無い。

 本道を行けば走って二十分でボス部屋に辿り着いても、全ての道を虱潰しにしてマップを完成させようとしたならば走り続けでの一日仕事だった。


『止まって下さい。その岩の陰に隠し部屋です』


 再びのカナからの声に、隊列は停止する。


「お! 了~解!」

「……最前線の奴らがドローン使うのも分かるな」

「ふふ~ん♪ カナちゃんはその中でも最新鋭だからね! 応募したうちに感謝しなさいよ!」

「――おっと、当たりだ。三つ目にして初めての当たりとは渋いな」

「他の餓鬼窟と違って、此処では小鬼達が持ってっちゃうんだろうね」


 ダンジョンの隠し部屋と来れば、期待出来るのは当然の如く宝箱だ。

 中には小鬼の集落が利用している様な水場も有るが、殆どの場合は宝箱。

 但し、高価なのは初回限定で、二回目以降はしょぼくなるのは良く知られたところ。放置期間が長くなる程、豪華になるのではとの予想が立てられた事も有るが、それを待てる探索者が居る筈も無い。


「さて――まぁ、此処の宝箱が小鬼に開けられていない筈は無いが、開封は大に任せるぞ」

「いいのか? 恵美にはまだ開けた経験が無いと記憶しているが」

「いいよ! やっちゃって! 開け方をちゃんと見ておきたいし!」


 餓鬼窟の宝箱と言えば、ドッジボール程の丸い石の玉だ。

 これを割ると、中に宝物が収まっている。

 大抵は素材だ。それも見付かったのと同じダンジョンで見付ける事が出来る物の場合が殆どだ。

 初回特典の宝物であっても、より深い階層で見付けられる程度の物で、本当に特別な物は滅多に出て来ない。


 尤も、在り来たりな素材もそれはそれで有用で、今まで全く気に留めていなかったが、宝箱から出たからと研究してみれば、浮遊石の様に非常に有益な使い方が見付かったりと、単にその場限りの一品物として以上に世の中を動かす力になっている。


 中には、宝箱から加工品が出るダンジョンも有る。

 例えば、と呼ばれるダンジョンから産出される回復軟膏がそれだ。

 塗るだけで目に見えて傷が治っていく神秘の薬。回復軟膏発見以前では諦めるしか無かった重度の熱傷を負ったとしても、今ではこの回復軟膏の御蔭で助かる見込みが大きい。

 しかも、ダンジョンの中でならその効果もより大きいと来て、今は殆どの探索者が恃みとする必携の品となっている。


 更に言うなら、この回復軟膏は分析装置に拠らず、顕微鏡等を用いた古典的な同定法で、何を材料としているのかが既に判明している事だろうか。

 少しばかり残念なのは、調合して作られたその回復軟膏では、時間が経つ程にその成分が消失して、一日回復効果が続かなかった事だろうか。

 だからこそ迷宮植物の研究者が、その成分を残す迷宮植物の存在に、躍起になっているのだが、しかし回復軟膏を産出しない海外のダンジョンに於いては、その公開された調合レシピはまさに福音其の物だった。

 保存が利かなくても、その場で調合すれば効果が望めるのだから、多くのダンジョンが特殊病院を併設するようになった。


 この回復軟膏の発見を機に、一度は迷宮植物を用いた調合の気運が高まった時期が有ったらしい。

 しかし直ぐに、それらの研究は、恐らく殆ど同じ理由で頓挫した。

 実験用のマウスに鱗が生えてきたりといった事ならまだましだ。人類の助けになる新たな知見を得る前に、人類を滅ぼす最悪の病原体が生み出されるかも知れないとなれば、誰だって手を引くだろう。

 密閉した容器の中で実験していても、その容器を擦り抜けて中の何かが出て来るかも知れないとなれば、自滅の道しか残されていない。


 だからこそ、そのの価値が再認識され、今も手本の発見には莫大な報奨金が掛けられている。

 それもまた、探索者が望む一攫千金への道だ。


 しかし、そうは言っても探索者ならば、手に入れたいと願うのは極々稀に現れる特別な品に違い無い。

 何処からとも無く出した炎や水を操ったり、超人的な力を齎したりといった、そういう神秘の宝物は、宝具と呼ばれている。

 それらが売りに出される事は先ず無く、どういう姿形をしているのかも不明。

 しかし、そのたった一つを手に入れるだけでも戦略が変わると言われており、そのたった一つを持っているだけで、そのパーティは一般人にも遍く名前が知れ渡る、そんな代物だった。


 そんな物が宝箱から現れるとするなら、八階層のその先。つまり、殆ど現在の最前線だ。

 だからこそ、誰もここでそんな物が出て来るなんて、考えてもいない。

 餓鬼窟の一階層で出るとするなら、薬草か鉱石か。

 多少は先の階層の産物になっているかも知れないが、それ以外には考えられなかった。


 その認識だからこそ、宝箱を持ち上げた大臣にも緊張は無かった。


「まぁ、一階層で大した物は出ないだろうがな。壁をほじくるか、ボス部屋前の市場を物色した方が、良い物が手に入りそうだ。

 ――餓鬼窟の宝箱を開封するには、外殻に罅を入れてやればいい。罅の入った外殻は、時間を置かずに消滅するから、玉子の様に口を開く程の罅は必要無い。宝箱の乗っていた台座の角に当てる様に、ゴツンと――」


 きっと後になって思い返したとしても、誰もがそんな予想はしていなかったと答えるだろう。

 大臣がそんな解説を入れながら実演して見せたその瞬間、その場に居た全員の頭に、音では無い声が響き渡ったとしても。


 ――ギャーーー!!!! イタイッ! イタイッ! ナニスンジャゴラーー!!!


 そんな気の抜けたパーティの面々を前にして、宝箱は叫ぶ。

 痛い、苦しいと、叫びを上げる。

 大臣の手から跳んで逃れて、五人の足下を飛び跳ね転がり七転八倒に暴れまくる。


 ――イデーー!! イデーヨーー!! シヌー! シンジマウー!! ギャー!!


 そしてそのまま外殻が光となって消えるまで跳び跳ね続け、外殻が消えると其処には黄色っぽい玉が残されていた。

 大玉サイズのビー玉な玉だ。


 パーティの面々は、じっと無言でその玉を見詰める。


 宝具は稀に剣姿などの形を取るとも言われているが、その殆どはアクセサリーに出来る程度の大きさをしていると言われている。

 つまり、つまりこの玉は――。


 しかし、武志はそういった諸々の気持ちを抑え込んで、仲間に対して問い掛けた。


「…………さっきの、聞こえたか?」


 一階層の宝箱から、その階層の素材とは思えない、しかも玉が出る。

 それも衝撃だが、順番で行けばその前だ。

 仲間が聞いた声如何によっては、折角見付けた宝具――らしき物にも、手を伸ばすのが躊躇われた。


 しかし、その回答は、武志の思わぬ所から返ってくる。


『はい。外的要因により基幹基盤損傷! 保持データのバックアップ及び転送不能! 任務継続不能! 至急救援請う! その後は消滅までSOSが繰り返されました。とても怖ろしいメッセージです』


 武志達は、思わず顔を見合わせた。

 それは武志が聞いた声とは違った。きっと仲間達とも違うのだろう。

 それを証明するかの様な証言が、次々と発せられる。


「私はね、とても幼い声でず~っと痛いよ~って泣かれちゃってね、とても聞いていられなかったよ?」

「私は、冷静ながらもいかりの籠もった声で、私が如何に愚かな事をしたのか延々と詰られたな」

「俺の場合は柄の悪い探索者が頭を搗ち割られた後に叫びそうな言葉だったな」

「僕は、ペットの子犬が痛い、助けてって言ってる感じだったよ」

「うちは宝箱が何を泣き叫ぼうと気にしないわ! お役目ご苦労って笑って見送るわよ。それより、こんなの聞いた事が無いし、うちはの仕込みに一票入れちゃう!」


 暫く考えて、武志は結論を出した。


「ホラーだな。しかし、俺達が知らないだけでそういう事例が本当に無かったのか、といったところが焦点か。

 そろそろこの配信も注目を浴びているようだから、視聴者で似た体験をしているなら、チャットで知らせてくれ。多分、教授達が何か考えるだろう」

「ぶっ! 丸投げ♪」


 笑う事で緊張をほぐし、ともすれば後ろ向きになりそうだった空気を変える。

 直ぐにジョギングを再開すると見た恵美が、箸を片手に武志に告げた。


「じゃあ、箱に封印するよ?」

「ああ、そうしてくれ」


 そして黄色い危険物は恵美に箸で摘まみ上げられ、小箱に納められて、更に箱の周りに封印符が巻かれる。

 鞄に入れて一息吐いたら、再びのジョギングだ。


「それで、武志は宝具をどうするつもりだ?」

「どうもこうも……厄ネタだろう? 迷宮庁に任せるぞ。どんな効果かも試してみなければ分からん代物だ。元からリスク過多なのに、あれじゃあな」

「武志の的には?」

「……分からん。探索が劇的に進む代物では無い。その上で、大分と捻ったところで要らん苦労を背負い込みそうな気がする。屁っブバーンや大鎌が印象的には近いな」

「く……色物枠か」

「でもって、俺達に合わないってだけでは無く、他の奴らにもどうだろうって感じだ。宝具の中には初めの使用者に使用が制限される物も有ると聞く。迷宮庁に貸しを作るのがお互いに取っても一番だな」

「大金よー!」

「いや、調査の一環だろ?」

「ブー! 宝箱は調査内容に含まれないわ! がっぽがっぽよ!」

「おい、コラ、さっき自分で長老の仕込みかもと言ったのを忘れたか? 素性がはっきりするまで値段が付かない物なら、迷宮植物と同じ結末を迎えるぞ?」

「だな。何かが有るのは分かっても、それが何かは分からない。そして再現も出来ないとなると、素性が分かっても値段が付かないかもな」

「あ! じゃあお兄ちゃん、カナちゃんのオプションと交換して貰うとかどう?」

「いいねそれ! 序でにメンテナンスも無料で付けてくれたら、きっとAIの成長具合とか向こうも知りたいだろうし、ウィンウィンだよね?」

『メンテナンス契約をして頂けるなら、私としても安心です』

「ぶー!!」


 そんな感じでちょっと巫山戯合って、それで仕舞いと全員気持ちを立て直した。

 しかし、ショックは大きかったのか、それから暫く無言が続く。

 無言の内にも足は止まらず、どんな辺鄙な突き当たりにも、遍く装飾品が埋まっているのを横目に見ながら、駆けていく。


『次は右です』

「……了解!」


 しかし、そんなも、淡々と仕事を熟すカナの音声により終わりを迎えた。


「さて、落ち着いたところで状況を整理しようか」


 そんな口切りで、武志は走りながらの臨時ミーティングを始める。


「先ず一つ。あの謎の文字が配信先で読めなかった事を考えると、恐らく配信先には聞こえていなかっただろうが、俺達には宝箱に罅を入れた途端に、宝箱の苦しみの叫びが聞こえていた。

 ……の姿は配信先でも気付かれなかったのに、何でだ?」

「お兄ちゃん、それは範囲指定の違いだと思うよ? 陰陽師スペシャルでも、範囲指定の話が出て来たと思うけど」

「……成る程。ならばそれは良しとして、聞こえた言葉も全員違う。しかも、カナにまで聞こえている」

「それはそもそも、あの文字にしてもアメリカ人が居たなら英語で理解したと思うと、今更では?」

「ねぇねぇ、カナちゃんもあの文字は分かってた?」

『はい。しかし、あの時はそれを間違ったノイズデータとして除外していました。私に用いられているAIの仕様として、初めは曖昧なノイズの様なデータから、解像度を高めて高度な推論を導いています。その性質上、間違った結論を導く元データはノイズとして除外しなければ、正しい結果は導き出せません。あの紋様と類似の模様が私のデータベースに無いにも関わらず、明確なを其処に見出したなら、それはノイズに起因する誤った結論です。しかし、そのノイズと思われたデータからの結論と同じ内容を武志さんが口にした事で、今はノイズとして除外せず、結論保留とのラベル付けにて一旦確保する事としています。今では意味合いが似通っていても違う言葉を聞く事例も有ると分かりましたので、今後も結論を保留とした運用を継続します』


 その場は、先程までとはまた違う沈黙に包まれた。


「……カナが凄すぎる件について――」

「どやぁ!!」

「うざっ」

「でも、実際にカナちゃん凄いよねぇ。確かにこれは京子さんのお手柄だよ」

「カナちゃんがこれだけ凄いんだから、宝箱が飛び跳ねて叫んでも、何も不思議は無いよね?」

「陽一。それは無理が有るが――まぁいい。俺達で悩んでも仕方が無いのは確かだ。

 あれは幻聴だったとしておくか。幻覚や幻聴も、本人にとってははっきり見えたり聞こえたりしているらしいからな」

「問題の先送りだが、それでいいと思うぞ」

「うん、僕もそう思う。四則演算も出来てないのに微分積分の問題渡されたみたいな、手に負えない感じがするよ」


 そうして問題を一つ一つ共有しながら整理していく。

 会話を続ける内に、彼らの間にまだ残っていた緊張も、次第に解れていくのだった。




 昼休憩に戻って来たエントリーコードの終端で、武志は大きく首を回した。

 帰還の順番で言えば、タンクが殿しんがりを務める都合から最後になる。

 見れば買い取り窓口が開かれていて、既に其処には今回の戦利品が並べられていた。


「やぁ、ご苦労さん。

 此処のカウンターには、色々と迷宮採取物を調べる為の測定器が揃っているから、迷宮で仕入れてきた品物は、今後はこの窓口に提出して貰えるかな?」


 少し苦笑いをした迷宮局員楢橋の台詞だ。


「あー……やはり、あの危険物は迷宮庁でも持て余しますか」

「だねぇ。宝具なんて、調査を依頼する様な低層で見つかる筈が無い物で、まぁ、君達の言う通りに値段の付かない物だよ。迷宮庁としても喉から手が出る程に欲して已まない物だからこそ、君達から研究用に提出可能と言い出してくれたのには助かったが、そうなると対価が釣り合わないと言い出す人も居てね。結論としては、所有権は君達の儘、迷宮庁が研究の為に借り受ける形になりそうだ。

 勿論、その対価として、ドローンのメンテナンスを当てるのには問題無い。

 しかし、そうなると今度は宝具の研究で得られた成果、その利益の配分が――」

「カナのバックアップ装置一式で手を打とう」


 武志は楢橋の言葉を遮ってそう言った。


「正直、ダンジョンの中で妬みからの敵意を向けられる方が怖い。

 一切合切をカナ関係で収めた、お人好しの馬鹿と思われた方がましだな」


 その一言で、楢橋の眉間に寄っていた皺が、幾分か弛んだ。


「迷宮の中での諍いは御法度だぞ?」

「そんな決まり事で気持ちが収まるのなら、問題なんて起きないがな。実際には嫌がらせにも満たない小さな棘なら幾らでも、だ。

 そしてそんな小さな棘が、探索では致命傷になる事も有る。

 金を出せば、探索者なら誰でも宝具を持てる未来の為に、迷宮庁預かりとしたと言えば、角も立たん訳だな。

 そして実際、恐らくあれはそこまでの代物では無い」

「……持ちの言う事なら、確かにそうなのだろうが。

 だが、本当にそれで良いのかね? 宝具ならば値段が付けられない代物だ。それこそ億は軽く越える」

「俺には鬼鉄の大剣の方が遙かに価値が高く見える。となると、いいとこ数百万で、そういう意味でも、カナのオプションとの交換が妥当なところだな。それを億の価値に引き上げられたとしたらそれは迷宮庁のお手柄で、俺達が気にする話じゃ無い」

「……無欲な事だ」


 楢橋が苦笑する様に言ったのを受けて、武志はガリガリと頭を掻いた。


「いや、誰がそんな面倒な事を言い出したのか知らんが、宝具に幻想を持ち過ぎてんだわ。そりゃあな、六階層で見付けた宝具なら売らずに自分達で使うだろうが、一階層の宝具だぜ? 今更一階層の餓鬼を一瞬で消し飛ばせると言われても、だから何だってなもんだ。

 まぁ、その辺りの交渉は京子とやってくれ。彼奴あいつはあれで意外なくらいに、その辺りの評価は間違えん。

 でもって、あっと言う間に絶妙なラインを決めてくるが、心を折られる覚悟が有るならごねればいいさ。彼奴が何故ダンジョンの外でのリーダーをしているか、直ぐに思い知る事になる」


 正直、ここまでの配信での姿しか見ていなければ、分からんだろうなと武志は思う。

 逆に言えば、スイッチが入っている状態の京子の姿だけを見て、後に幻想を打ち砕かれた者達の姿も数多く見てきた。

 だからこその屁っブバーン呼びだ。


 まぁ、確かに六階層をホームグラウンドとする探索者が、一階層の、しかも極特殊な危険の少ないダンジョンに潜ったとして、スイッチが入る筈は無い。

 武志は未だに良く分かっていなさそうな、微妙な笑みを浮かべる楢橋へと、同じく苦笑で返すのだった。


「それはそれとして、午後の探索に向かう前に知っておくべき事は?」

「いや、正直今の所変更は無い。午後もマップの完成を目指してくれ」

「了解。――まぁ、あの壁の様子じゃ大した情報は取れないだろうがな」

「ははは、全く、気の遠くなる様な時間を、あのは過ごしてきたのかも知れんな。

 それだけに、君達の調査には大勢が期待している。宜しく頼む」


 あの青い小鬼を何と呼ぶかには幾つかの案が出たが、殆どそれしか無いとの認識で、あの青い小鬼はと呼ばれる様になっていた。

 見た目だけなら長や村長との案も有ったが、それだけでは無い、明らかに長い年月を生き長らえてきた相手への尊称だ。

 この二上山ダンジョンでの調査は、その内部の有り様が明らかになって以降――いや、長老の存在が明らかになってから、如何にして長老とコンタクトを取るかに焦点が絞られていた。

 他の諸々は、その前準備を兼ねたおまけみたいなものだ。


「はいよ。食事を摂って休憩したら、またジョギングに向かうわ」

「ああ、まぁ昼食時には面倒な絡まれ方をされるかも知れんが、君達なら大丈夫だろう」

「いや、そこは何とかして欲しいんだが!?」



 これが、武志達が二上山ダンジョンに潜り始めてから二日目の午前の出来事である。

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