(13)スティング

 さて。

 俺達はずっと洞窟の中で暮らしているから、外の世界が昼か夜かは分かっていない。

 そして俺達ゴブリンは、こればかりは受肉前と同じで、はっきりとした睡眠時間を必要としない。

 ぼんやりとしていればそれが寝ているのと同じ様なもので、しかもそれぞれ勝手に休んでいるから、元々昼夜なんて気にする意味が無い。


 それで何か困るという事も無かったのだが、外と交渉したい俺としては、昼夜の別くらいは把握しておきたかったのも事実だ。

 腕時計でも嵌めてくれていれば時間含めて分かっただろうが、誰も嵌めていないところに時代の流れを感じてしまう。

 いや、俺の生前の頃でも、既に腕時計をしている人は減ってはいたが。

 だからと言って、スマホらしい端末を腕に嵌めているのに、電源を入れさえしないのが徹底している。


 まぁ、外でスマホ中毒になっていたとしても、ダンジョンの中でスマホを見ている様では終わりなのだろう。

 それに、電源を入れても電波が飛んでいないなら、入れる意味も無さそうだ。


 只、どうやら時計を見る事が出来なくても、侵入者の動向で時間の推測は出来るらしい。

 短い間隔で出ては入ってとしていた侵入者が、長めの時間音沙汰無ければ、それは寝ていると捉えるのが妥当だ。

 その後日中を過ごす程の時間で出入りを繰り返して、そしてその後また睡眠時間分の間が空くなら、もう決まりだ。


 そんな事を考えるのは、奴らが暫しの空白を経た後に、昨日一日は洞窟のマップを埋めて、そしてまた空白を経てから、今日またやって来たからである。


 因みに、奴らはどうやってか俺の情報を掴んでいた。

 恐らくだが、あのドローンが撮影した画像を解析でもしたのだろう。

 今の俺がどれだけ全力で隠れても、最新技術からは逃れられないと知れた事は、思った以上に有益だった。


 そして逆に、それだけ俺が注目されているという事は、俺の作戦が成功すると保証された様な物でも有った。

 まぁ、釣れる。

 ほぼ確実に、釣れる。

 寧ろ釣れない筈が無い。


 だからと言って、俺の拠点に侵入させようとは思わない故に、俺の拠点への入り口になっている天井の穴は塞いであるけどな。

 煩わされたく無い以上に、彼処には見られては拙い物が多過ぎる。


 まぁ、それはそれとして、この所俺が何をやっていたかと言えば、集落裏手の水場周りで、ゴブリン相手にちょっとした店を開いている。

 例によって例の如く、土魔法でドッジボール程の石の玉をごろごろと創り出し、合体変形させた祭壇の様な机を造って据え付けてある。

 地球の机に似せない様に作るのが面倒だったりするが、人間――いやゴブリン工学的にどう有れば便利かを気持ち突き詰めたつもりだから、四角四面の在り来たりな机では無く、独特の風味が有る趣深い机になっているのでは無いだろうか。


 態々石をごろごろ出すという工程を経たのは、その方が楽だからだ。

 手で抱える程度の何かを土属性魔法で創り出すのには、負担が殆ど無くしかも早い。

 一度に大きな何かを創り出そうとすると、負担が大きい上に遅い。

 結果として、ごろごろ出してから合体変形させた方が、負担も無く圧倒的に早い。


 巨大構造物を一瞬で創り上げられる様な訓練も必要なのではと考えた事も有ったが、残念ながら洞窟の中でそんな大きな物を創る機会が無い。

 それで今まで困った事は無かったが、外との遣り取りを始めるなら、何れ必要になるのは確実だろう。

 侵入者がいつまでもあの連中だけと考えるのは愚か者の所業だ。その内、無作法者がやって来るのは確実と思えば、圧倒的な実力を身に付けておくのを躊躇う意味は無いのだから。


 そんな事を考えている間に、俺が創った机の上に、ゴブリンのゴッチャムがプルの実を載せる。

 机の上には、既に俺が置いていた芋虫の姿も有る。

 俺は暫し考えて見せてから、洞窟ではレアな黄色の芋虫を更に載せる。

 ゴッチャムは唸って手が無い。

 俺はにやっと笑って、机の上の物品を全て回収する。親の総取りだ。

 回収した先の机の凹みには、芋虫がうぞうぞ蠢いていてきもい。

 ゴッチャムは嘆きの声を上げた。


 続いてゴッポラが机の前に立つ。

 ゴッポラの先制! ゴッポラは俺より先に、机の上に石の飾りを置いた!

 ……まぁ、元はと言えば俺が壁に埋めた物だ。

 俺はその飾りを見て、それより少し出来の良い飾りを机に置く。

 にやっとしたゴッポラ。更に置いた飾りは、宝石片も使ったかなりの物だ。

 だが当然俺はそれ以上の物を持っている。洞窟の装飾品で俺に勝とうとは想定が甘い。

 そう思っていたが、その次にゴッポラが自信満々に出して来たのは、ゴッポラ自身が削り出したらしき木彫りのゴブリンだった。

 ――やられた。

 そんな表情で額を撫でて、「ほむほむ」と机の上の物品をゴッポラへと差し向けるが、ゴッポラは受け取らない。

 ならばと俺は空間に黒い穴を開けて、そこから硝子の器を取り出して見せる。

 ゴッポラは感激して受け取って、机の上の物は俺の下へ。


 別にこの机が競馬の偽受付という訳では無い。

 相手の財産を毟り取ろうという意図は欠片も無い。

 しかし、相手が出して来た物より価値が高そうな物を出した方が、総取り、或いは特別な逸品を手に入れる事が出来る。

 そう思わせながらも、実は全て俺の胸三寸だ。詐欺に引っ掛けるよりたちが悪い。

 だが、奴らは自ら引っ掛かりに来るだろう。それが俺と交渉する唯一のテーブルならば。


 その場で、奴らは俺に取り引きの概念が有る事を知る。

 助手は既にルールを知っているゴブリン達だ。

 そして、なんやかんやすれば、あのドローンか、スマホらしき端末も手に入ったりしなかったり?


 まぁ、それがこのミッションの最終目標だ。

 達成出来るかは運次第だが、勝率は五分五分ゴブゴブ程度には有ると思っている。

 何と言っても、こんな奴らを調査に寄越す相手なのだから、その場のノリと勢い次第に思えるのだ。

 ドローンは兎も角、前世でも格安スマホとかいうのは存在した。

 外からの電波は入らず、しかし中からの情報を仕入れられると思えば、奴らも取り引きに応じそうには思わないか?


 尤も、会話が出来れば話は早いのだろうが、取り急ぎ俺は奴らの前で文字魔法を披露する気は無い。

 既に文字魔法の産物自体はその目にしていても、俺が実際に文字魔法を操るのを目にしなければ、警戒心も振り切れる事は無いだろうと期待している。

 取り引きを成功させる為には、賢くても相手よりは下程度に見せておくのが丁度いい。


 まぁ、いい。

 だが、折角網を張って待ち受けていても、訪ねて来なければ意味が無い。

 ゴブリン共への仕込みもなぁ。

 眺めているだけなら楽しい奴らだとも思えば、此奴らの為に設備を拡充したりも苦には思わないが、真正面から対応するとストレスに感じる。

 俺がこのぼっちな性質だったからこそ、この閉じられた洞窟での生活も楽しんでいられたのは確かだがな。


 事態が動いたのはその日の恐らく夕方だ。

 ほぼ確実にドローンが地図を描いているのか、早足で洞窟を網羅しきった奴らは、ボス部屋の様子を確認してから集落へとやって来た。

 ゴブリンと取り引きをする俺の姿を其処に認めて、微妙な表情で項垂れている。


「此処に居たのかよ」


 と、口に乗せた言葉は、俺も良く知る日本語だが、俺は知らぬ振りして取り引きを続ける。

 目の前のゴロンゴは、虎の子の装飾品を差し出して、それはそのまま俺の懐に入って行く。

 だから装飾品で交渉するのは無理と、そろそろ分かってもいい頃だぞ?

 それで俺に勝とうとするなら、手作りの品でも持って来い!


 そしてゴロンゴがその場を退くと、先を譲られたくだんの奴らが其処には立っていた。


 口を開かせる前に、机の上に芋虫を置く。

 奴らが一瞬、動きを止める。

 リーダーの男が微妙な間を置いてから動き出し、机の上に白く色が塗られた木彫りの芋虫を置いた。


 ……恐らく、以前持って来たゴッハーンへの詫びの評判が良かった事から、態々用意した代物なのだろうな。

 しかし、仮のルール的に言ってアウトだ。俺はそもそも、木彫りの芋虫はゴブリン共であっても食えない。

 俺は詰まらなそうな顔のままに、「ニャシャ」と全てを一旦机の隅へと追い遣って、改めて芋虫の一匹を机の真ん中に置く。

 目を丸くしていたリーダーの男だったが、再び何やら集中した様子に。


 ――ん? 良く見ればリーダーの男の耳に、ワイヤレスのイヤホンの様な物が見て取れる。

 何処かから指示を受けているのか? いや、外との遣り取りは出来ない筈では無かったのか?


 内心動揺を感じつつも、それを身の内に納めていると、期待していたアシストを最高のタイミングでゴッチャンが仕掛けてきた!


 今日はずっと様子を見ていたゴッチャンだったが、何かの確信を得たのだろうか。

 肩で風を切りながら、一度リーダーの男へと自慢気な表情を見せて、そしておもむろに黄色の芋虫を机に置いた。


 思わず俺も、口の端が上がる。

 漸くこの短時間でしっかりした答えを返す個体が出て来た。

 先に黄色の芋虫を出されては、俺はそれ以上の何かを出すしか無い。

 そしてここまでの勝負、俺は虫以外の食べ物を出していない。

 そして俺を見ていたなら、俺自身はその虫を酷く嫌っている事にも気が付いた筈だ。


 俺は宙へと手を伸ばし、道属性の魔法を使って空中に異空間への通路を創り出す。

 見た目は黒い穴。言うなればアイテムボックスやインベントリだ。

 そういうのは時空属性とか無属性とかと予想していたが、通じる道が無ければそもそも成り立たないという意味合いからか、俺は道属性で再現している。

 この魔法を使う時に脳裏に立ち上るイメージは、何処かへと通じている道だ。そうだ、何処かに通じていなければ、それは道では無い。


 そんな道属性で開けた穴から、俺は黄色い芋虫よりも遙かに稀少レアな、金色の甲虫こうちゅうを取り出した。

 大きさはお好み焼きくらい。形は亀虫。色は金。

 その色の豪華さから、兜虫よりも人気が出そうなレア中のレアだ。

 只、俺はそんな甲虫をコレクションとして何匹か確保しているが、ゴブリン共は喜んで食う。

 味が気にならないとは言わないが、知りたいとも思わない。


 そんな甲虫を、俺は机の上に置いた。


 ゴッチャンの口が歓喜を示して大きく開けられ、勝利を宣言する言葉が迸る。


「ゴルッポグラッポヒンベジベルヘンハラバンバン! バンバン!」


 だから分からん!

 俺の前にやって来るゴブリン共は、俺が喋らないからか畏れを抱いているからか、普段は饒舌なゴブリンも口数が少なくなるが、ゴッチャンはきっと溢れる想いを抑え切れなかったに違い無い。

 今度は素早くこの機会を逃してはなる物かと机の上に置かれたのは、瑞々しいプルの実だ。しかも丸い筈のプルの実が、三本に枝分かれしていて、その御蔭で机の上にも立つ。二股に分かれたプルの実は見た事は有るが、これはプルの実の中でもレア中のレアだ。


 恐らく俺は、それが只のプルの実で有ったとしても、虫以外を出して来た時点でゴッチャンを勝者としていただろう。

 しかしゴッチャンは俺が虫嫌いと看破しながらも、更に稀少性で攻めてきた。

 文句無しの勝利者だ。


 さて勝者への褒美はと、俺は宙に手を伸ばし掛けたが、それを遮ってゴッチャンは机の上の諸々を手で囲う。

 成る程、そっちが目当てかと、俺は上機嫌で「ホムホム」と差し出すと、ゴッチャンは喜び勇んでそれらの品を引き取って――そしてその場で黄色の芋虫に齧り付いた。


 おいやめろ。

 確かに白い芋虫がクリームシチューなら、黄色の芋虫はチーズクリームシチューだったりするのだろうかと考える事は有るが、目の前で囓っているのを見たいとは思わない。

 「ニャシャッ!!」と追い払って、漸く腰を落ち着けた。


 そして俺の目の前には、自信有り気なリーダーの男だ。

 俺は、芋虫を机に置く。

 リーダーは、金色の包装で包まれた何かを机の上に置く。

 俺はそれが何かを知りつつも、「ニャ?」と顔を顰めて、全て纏めて脇へと退けようとする。

 リーダー男は慌ててそれを止めると、「これは中に食べ物が入っているんだ!」と包装を破いて、中に入っていたブロックタイプの栄養食を取り出すと、その欠片を食べてもみせた。

 俺もその欠片を少し手に取り、口の中で転がし、ほうっといった感心した表情を浮かべてみせる。

 少し悩んでみせてから、再び宙より少し小さめの甲虫を取り出して、机に載せる。

 それを前にして、リーダーの男は五種類のブロック栄養食を机に並べた。


 ――釣れた。


 いや、別に何かの思惑にヒットしたというよりも、単にまだまだこちらが勝手に決めたルールに乗っかってきたというだけだが。

 しかし、まずは第一関門突破である。


 俺は、五種類のブロック栄養食を睨みながら、頭を悩ませている様に見せ、そして一つ頷き、「ホムホム」と机の上の物品は奴らの物だと身振りで示す。

 リーダーの男は慌てて、そしてその陰から顔を出した恐らく一番若い女の子が、横から「にゃしゃ!」と口を出した。


 成る程、面白い。

 奴らは既にはいといいえの符号を理解している。


 俺は感心した様に頷くと、宙に手を伸ばして一つのお盆を取り出した。

 お盆に載っているのは、この時の為に準備していた様々な特別品だ。

 一つと指を一本立ててから、その指をお盆の上の品々へと向ける。


「一つ……一つだけという事か。どれを選べばいいのか皆目分からんが、カナなどれを選ぶ? ――……どれも魔力濃度が濃い……。済まん、店主、選べねぇ。どれがお勧めだ?」


 また、誰かに問い合わせた。

 中々に、謎が深まるばかりだが、俺は胆となる一つを摘まみ上げると、リーダーの男に手渡した。

 見た目は割れた石板。しかし、分かたれた八つが合わさると――。

 中々に手の込んだ仕掛けを詰め込んだ逸品だ。是非とも完成させて欲しいと思いつつも、この集める時間が奴らとその背後に居る者達を、焦らし、そして熱狂へと導――いてくれたら良いなと思っている。


 兎に角、目的を果たしたなら今日は店仕舞いだ。

 俺は机の上の物品を、道魔法で黒い穴へと片付けて、そして立ち上がると俺自身も道魔法で移動する。

 行き先は俺の拠点だが、奴らからすれば俺が消えた様に見えるだろう。そして、より憶測を巡らせて、俺を軽々しく扱えなくなる――筈だ。


 いやいや、寧ろ焦らなければならないのは、俺の方だから困る。

 外の連中が本気になったなら、俺達ゴブリンなんて一溜まりも無いだろう。

 体は半分幻で出来た貧弱さで、実体を備えた外の兵器に打ち勝てるとは思えない。

 毒物や生物兵器といった怖ろしい物も外には有る。

 今の所、銃刀法の絡みなのか侵入者達は銃器を手にしてはいないが、拳銃で狙われただけで一大事だ。


 さてどうしたものかと思いつつも、今は俺の手に懐かしい現代食が有る。

 確実に実体の有る食事という意味でも、俺を幻から遠ざけてくれるかも知れない代物だ。

 ふむ、豆乳でも温めて、ここは食事を楽しむ事にしよう。



 奴らはそれから足繁く、ダンジョンに通い詰める様になった。

 次の日は、午前と午後。

 その次の日からは、朝と昼と夜。


 俺は奴らとの取り引きを一度終えたなら、姿を消す様にしている。

 その場で何度も取り引きを行うのは、どうにも安っぽくていけない。

 なんて理由も考えてはいたが、それよりどこぞのホテルのデリ? いや、何と言ったか忘れたが、ホテルご飯の美味しい奴を、取り引き材料として持って来た奴らが悪い。

 湯気も立っているそんな物を持って来られては、熱い内に食べなければ失礼ってものだ。


 いや本当に色んな意味で涙が出そうになったがな。


 先ず、味覚が違った。

 トマトやらを食べている時には気にならなかったが、俺も自分で煮込み料理を作ろうとした時に、何か変だとは感じていた。

 ホテルご飯ではっきりしたが、どうやら間違い無く味覚が違う。

 味属性の魔法で、無理矢理人間に味覚を近付けて楽しんだがな!


 そしてやはりそんな物を食べてしまえば、感じるのは郷愁だ。

 しかし、外は本当に俺の知っている日本なのだろうか?

 どうにも怪しく、何かで確かめたい気持ちが強くなってくる。


 そんな取り引きが、朝、昼、晩。

 完全にホテルご飯のデリバリーサービスだな。


 因みに、他のゴブリン共は、折角少し分けてやったシチューを食べても、顔を顰めるばかりだった。

 やはり、味覚が違う。

 しかし、それ以上に、幻半分な俺達は、単に食料では無く、それに含まれる魔力を好んで味わっているのではとも思えた。

 実際に、ホテルご飯に魔力を込めれば、ずっと美味しく感じる様になる。

 まぁ、ゴブリン共に狙われないなら、それが一番だ。


 俺が、取り引きの間の僅かな時間しか姿を見せないと分かると、奴らはその間に俺と交渉しようとしてきたが、取り引き以外では俺は外方そっぽを向いている状態だ。

 外の情報を何も知らないでいる内に、襤褸を出す訳には行かないのだから。


 その取り引きも、態々最初に芋虫を出したのは二回だけで、その後は奴らがホテルご飯を出したなら、直ぐにお盆を取り出す流れになっているがね。

 うむ、ホテルご飯に勝てる食べ物は此処に無し!


 そんな訳で、俺が直ぐに引き払うからか、却って奴らの調査は進展しているらしい。

 何やら手順書を見ながら装置を設置しての測定を何カ所でもしていれば、畑の作物も一つ一つ分析したり、嫌な顔をしながらもゴブリンの肥溜めの中身を掬い取って容器に入れたりもしている。脚立を組み立てて天井近くの陽光魔法を調べたりもしているな。


 そんなこんなで、どうやら奴らの調査が一段落したのと、俺の準備が整った――用意していた品が全て奴らの手に渡り、また奴らに俺が取り引きの概念を知っている事を示せた――のが同時期だ。


 ならばそろそろ、本命の取り引きを始めよう。


 その日の取引所には、ゴッハーンを誘っておいた。集落の裏手だから、取引所に向かう際に呼べばそれで済む。

 そして、取引所で俺はゴッハーンの傷の様子を確かめる。

 ……やはり、治っているな。回復の過程がどうなっているのかは結局分からなかったが。

 しかし、俺は一度貼り付いたままのウヒョの葉を剥がし、新しいウヒョの葉を替わりに貼り付ける。


 そして、丁度その場に、奴らが現れる。

 ……当然の事ながら、タイミングはばっちりだ。


 人懐っこいゴッハーンは、何の警戒も無く「ガーーー!!」と奴らとの挨拶を交わす。

 奴らもそれに応えて「がーーー!!」と挨拶を返す。

 しかし、何も知らない俺は、ゴッハーンと奴らの間で目を行き来させて、そして何かに気付いた様に表情を一変させる。

 それはもう、怒りを満々と湛えさせた表情へと。


「ニャシャー!! ニャシャニャシャーーー!!!」


 ゴッハーンの掲げた左手を右手で掴み、左手に持った杖でバンバンと地面を叩く。

 語彙力は気にするな。恥ずかし過ぎて適当言葉を口にする事は俺には出来ん。


 しかし、奴らはそれでも十分だったのだろう。

 やばいという顔をして、実際に声にも出して、そしてリーダーの男は平身低頭して謝罪する。


「す、済まん! あれは事故だったんだ! 俺にはゴッハーンを傷付けるつもりは無かった。幾らでも詫びをするから赦してくれ!!」


 まぁ、これは格付けだ。

 俺が上で、奴らが下。少なくとも、俺が納得する詫びを奴らが入れるまでは。

 それを、目に見える形で示したのだ。背後に居る者達にも分かる様に。


「ニャシャ!!」


 杖を手放し黒い穴に仕舞い、俺は左の掌を見せ付けながら叫ぶ。

 リーダーの男は右の手を挙げた。

 違うぞ? そっちじゃ無い。

 俺は苛立っている様子を見せ付けながら、ゴッハーンの右手を挙げ、左手を挙げして、挙げる手が違うと馬鹿者を見る目で示す。


「こ、こっちか!?」


 リーダーの男が左手を胸の前に挙げたのを確認してから、俺は出来るだけ凶悪に見える様に顔を歪めて、バッと右手を壁へと伸ばした。

 仕込んでいた筒状の装飾が、壁から外れて俺の手に飛び込んで来る。

 次の瞬間、キュルキュルと音を立てて筒の先から伸びていくのは、光の棒だ。その輪郭は、凄まじいエネルギーの放射を思わせて、何千万本もの細かな毛が波打っている様にも見える。

 そして俺が一つその棒を振ると、ブォンと空気を震わせる音がする。

 二度三度と振れば、ブォンブォンブォンだ。


「おいおいおい、それで何をするつもりだ!?」

「ゼ……ゼダイマスターよ!」


 確かに聞いた! ……が、何か違う気もする。

 まぁ、ちょっと悪乗りは、し過ぎたかも知れん。


 俺が突きの構えで顔を歪めると、リーダーの男はこれがけじめと剛胆にも覚悟を決めた。

 まぁ、逃げ帰ってくれると思ったが、それならそれで別に構わない。


「シャーーーー!!!!」


 と叫んでの高速移動。俺はリーダの男の左掌に、光る棒での突きを叩き込んだ!!


 ――バリバリバリバリバリバリ!!!!!

 ――ビカビカビカビカビカビカ!!!!!

「うぎゃーーーーーーー!!!!!!」


 轟く轟音! 迸る閃光! そしてつんざく叫び声!!


 一瞬の内に、リーダーの男は仲間達に担ぎ上げられ、あっと言う間に姿を消す。


 ん? どうしたゴッハーン? 心配は要らんぞ?

 俺は不安気なゴッハーンも、光る猫じゃらしで撫でまくる。

 他にも集まってくるゴブリン共を適当に撫でてから、俺もその場を後にした。



 どれ。身を隠しながら、俺も奴らを追い掛けるとしよう。

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