(11)ゴーベン! ファイトだ!
俺は、侵入者達がゴブリンの集落で友好を深めているのを見届けると、拠点を抜け出し、黒い楕円板の有る入り口へと向かった。
集落の様子を見れば、洞窟の中に装飾品が増えていても、不思議には思われないだろう。
“千里眼”と“地獄耳”用に調整した装飾は、昔のブラウン管テレビを高解像度液晶テレビに入れ替えた様な衝撃を齎した。
ならば、最も重要なこの出入り口付近に、設置しない謂れは無い。
直線通路の途中に左右二箇所ずつ。そして突き当たりに一つ。
万全の布陣を整えて、それから俺は思い悩む。
電波の方向とか、どうやって調べるのだったかと。
菱形の増幅回路は薄ら記憶に残っているが、疎覚え過ぎて当てに出来ない。
それより、アンテナの構造が触った覚えが無いから分かっていない。
ええい、電磁波なんだから光の属性の領分だろと、光を検出して、スペクトルを取って、ギガヘルツとかメガヘルツ当たりでピークが有るかを見れば良し!
――と、魔法に頼る事にした。
そんな魔法を組み上げて、洞窟の奥からの電波らしき波は来ているのに、黒い楕円板からは何も来ていないと首を傾げた時に、“地獄耳”が捉えた奴らの会話が、どうも中から外は通じても、外から中には連絡出来無さそうな事を言っていて、勢い込んでいただけに気が萎えた。
それからは、洞窟の中に“千里眼”と“地獄耳”用の装飾を増やしながら、奴らの会話に耳を欹てている。
色々と興味深い内容を口にしているから、聞き逃せないというのも大きい。
奴らの会話からの予想だが、此処は餓鬼窟と呼ばれるダンジョンで、等活地獄の一層目かも知れないと考えられていて、そして昔話に語られる頃には地上に存在していたが、一度地上からは消滅し、再び出現したものらしい。
色々と俺と同じ様な予想も立てているが、どうやらダンジョンについてそう詳しい訳でも無さそうだ。
まぁ、このリーダーのタケシとかいう男への評価は、俺の中でどんどん上がって行ってるがな。
でもって、俺の作った教育用の絵を見ながら、電波についての疑問も説明してくれている。
言っている事が事実なのだとすれば、対策を考えなければ俺が外の情報を手に入れるのが、あのドローンや端末を手に入れたとしても難しいという事になる。
……まぁ結局は、そこで何をやっても無駄と諦めるのでは無く、行動に移せるかが重要になってくるのだろう。
差し詰め、居るのか居ないのか分からないダンジョンの黒幕への挑戦だ。
まぁ、遣り方を考えれば、何とかなりそうな気もしている。
丁度今、奴らがはっきりと口にしたが、本当に外から内へと向かう流れが全て止められているのなら、生き物だって生きて入って来れる筈は無いと思うのだから。
などと暢気に傍観していた俺だったが、ちょっと慌てて奴らの元へと駆け戻っている。
どうやら奴らはボス部屋と思わしき、畑の在る大広間へと向かうらしかった。
何、受肉以前から隠れる事に掛けてはお手の物だ。今では目の前に普通に立っていても、隠れていられる自信は有るさ。
そして俺は目の当たりにする。
ゴーベンの奮闘とその結末を。
これ、下手にゴーベンの自己肯定が強くて、負けを認めなければどうなっていたのだろう?
と言うよりも、今の状況はシステム的には挑戦者が撤退したと考えるのが正しそうだが?
侵入者達は既にダンジョンが存在する世の中に馴れきっているからか、疑問の言葉よりも過去の伝説ばかりが話題に出ていたが、俺からすれば安全地帯だのボスだのゲーム的に過ぎる。
尤も神が居たとして、思い付く事は人と同じだとすれば、ゲームの様になるのもおかしくは無いが、地獄の世界と現世とが時折繋がってしまう、のでは無く、何かの目的で雑に用意された俺達みたいな存在が、人間達が何かの条件を満たしたのに対して機械的に投入されているだけ、と薄々直感してしまっている俺としては、微妙な気持ちにならざるを得ない。
ゲームに通じる条件付けがされているとすれば、ボスへの挑戦者が逃走或いは敗北した際の動作も決められているのではと思うが、何も起こらないのはどういう状態なのだろうか。
洞窟のゴブリンからボスになる個体を選び出したのなら、元のゴブリンに戻して元の位置に戻したりしそうなものだが……。
もしかして、バグったか?
ボスの選定は、洞窟の中の一番強いゴブリンだろう。
まぁ、ゴーベンが選ばれたのは当然だ。俺は洞窟の魔力の流れから自分を切り離していたし、ゴーベンは芋虫を好んで食べていた為に他のゴブリンの様な真の実体化は果たせていない。
ゴーベンの糞は、どうやら時間経過で消えるしな。
或いは、挑戦者が逃走もしくは敗北した際には、ボスはそのまま継続し、ボスになった個体は空腹を感じ無くなる可能性も有るが、それは後でゴーベンに聞けば分かる。
それ以外の可能性として、ゴーベンを元の場所に返そうとしたが、喚び出す時は一番強いゴブリンとしていても、返す時の元の場所からこの大広間が除外されていれば、返す座標が無くてバグる。
或いは挑戦者が壁の穴から逃げたというのも想定していなかったかも知れなければ、ゴーベンが殺害されずとも完全敗北を認めたのも埒外だった可能性が有る。
いや、もう一つ可能性が有るか。
この大広間に、真の実体化を果たしたゴブリンが残っているという想定外が。
俺は念の為、大広間のゴブリンを集めて、文字魔法を介して意思疎通し、ゴーベンを除く全員を一度部屋の外へと退去させた。
それでもう一度大広間に入ってみたが、ゴーベンの様子は変わらなかった。
仕方が無いからゴーベンを蹴り起こすと、未だゴーベンの目は赤光を放っている。
そしてどうやら闘争本能が相当に増幅されているのか、矢鱈と拳の入った唸りとポージングを入れてくる。
ゴーベンは超が付く程に真面目にやっている積もりなのだろうが……。
「ボッ、ボギャム、ゴッ、ゴバーー!!」
嘆きと無念。
俺はゴーベンに文字魔法で伝える。
“お前は芋虫しか食べていない。奴は豆も食べているぞ!”
驚愕も露わに開眼するゴーベン!
まぁいい。石のダンベルも置いといてやろう。
少なくとも、真の実体化というか受肉をすれば、ダンジョンを齎した何者かに、これ以上好きに体を弄くられる事は無いだろう。
空腹を感じているかどうかも、もう聞く必要が無い。
此奴は腹が減っていようがいまいが、しっかり飯を食うべきだ。
溢れる闘争心は、トレーニングに向けてくれるに違い無い。
ゴーベン。ファイトだ!
ゴーベンの対処を済ませると、俺は行動を開始した。
先程の様子では暫く奴らがやって来る事は無いだろうし、他の人員が派遣されるのも考え辛い。
ゆっくりと作業出来るのは、今を措いて他には無い。
先ずは、感じていた不便を解消しよう。
俺は大広間の入り口へと戻ると、その外側から大広間の大扉へと手を伸ばす。
洞窟の魔力とは完全に自分の魔力を切り離して、替わりに変質させた魔力を手に纏って。
大扉は呆気無く奥へと向かって開き始める。
やはり、どうもこのダンジョンのシステムはイレギュラーに対して穴が多い。
次だ。
迂回路を通って大広間へと入る。
ボスは現れない。と言うよりも、既にゴーベンが居るからか? まぁ気にしないでおこう。
しかし、開かれた大扉が閉まり始めないという事は、誰も中には入っていないとの判定なのだろう。
土属性の魔法でボーリング玉程の鉄球を作る。
幾つも、幾つも。
開かれた扉の間を鉄球で埋めたら、一斉に変形させて、一枚の板にする。
見た目で言うなら、階段程の高さの一段だけの段差だ。
鉄球を追加して、端をスロープにする。
ゴブリンは通れない。しかし、農作物の籠を押し遣れば、それは通った。
どうやらゴブリンは扉の在る場所を行き来は出来無いらしいが、農作物の搬出はこれで楽になるだろう。
搬入が出来る様になったのだから、ゴーベンの為にトレーニングルームの丸太も運んで来てやろう。ゴーベンにはまだ重くても、俺には軽い。
次だ。
奴らは次の階層が有ると言っていた。
俺もその場所には心当たりが有る。
畑の一角に、魔力の流れを押し遣ろうとしても、その源泉その物な場所には手を入れられなくて放置していた場所がそれだ。
其処だけ四角く岩の床のままになっている。
俺は其処を観察する。
観察して――ゴーベンに影響が有りそうな事に、今手を付けるのは性急だなと、溜め息を吐いた。
次だ。
洞窟の魔力の流れから切り離せば、俺は大扉を開ける事が出来た。
それならば、あの黒い楕円板も通り抜けられるのでは無いだろうか。
俺は黒い楕円板の元へと赴き、目立たない端寄りを、そっと指先で触れてみる。
以前と違って、止まらずに突き抜けそうだと分かった時点で指を引っ込めた。
恐らくこの黒い楕円板は監視されている筈だ。
今此処を出ようとしても、何も良い事は無い。
次だ。
奴らはトレーニングルームとなっている場所を安全地帯と呼び、装飾品の形をした鍵が有る筈だと言っていた。
奴らはその鍵も今は集落の飾りに紛れているだろうと笑っていたが、俺はそうは思わない。
恐らく大扉と一緒で、あのタイミングで恐らく何処かに出現しているのだろう。
俺は後回しにしていた“千里眼”と“地獄耳”の装飾を設置しながら、何処かに鍵が出現していないかを探し歩く。
洞窟の全ての通路に死角が無い様に装飾を配置したが、鍵は見当たらず。
もしや本当に集落の装飾に紛れてしまったかと訝しく思いながら拠点に戻ると、住み処の裏に見慣れない祭壇が出現しているのを発見した。
おい、コラ、やめろ、コラ、何て事をしてくれたんだ! 俺の平穏を脅かすな!
お前なんざ正規の方法で使ってやらん! 俺の研究材料に成り果てろ!!
兎に角、祭壇の上に安置されていた鍵は俺の研究材料と成り、隠し扉や大扉の仕組みを解明する為の礎となった。
もしかすれば、何れ大広間のボス部屋化も解除出来る様になるかも知れない。
彼処は元々、そんな仕組み無く活用出来ていた場所なのだから。
因みに、俺の住み処は自重無く生前の暮らし易さに更にプラスを追求したから、今となっては人に見られる訳には行かなくなっている。
システムキッチンと言うよりも何処かの厨房といった感じのキッチンに、肥料化を施す関係から水洗では無いが居心地の良いトイレ。広々とした寝室、エトセトラエトセトラ……。
あの装飾群を作った存在の住み処という事なら、この程度はおかしくないのかも知れないが、デザインが余りに地球に似通っていてこれは無理だ。
だからと言って、そのまま残している初代の住み処も、これは逆の意味で駄目だろう。どう見ても今のゴブリンの集落よりも遥かに格下なのだから。
……いや、今の住み処を隠し部屋にして、公開用にカントリーハウスのホールの様な部屋を造っておくのが良さそうだ。
俺にセンスが有るとは思えないから少し難しいが、造るとなれば魔法の力で今なら一日も有れば調えられるだろう。
いや、寧ろ既成概念から外そうと頭を悩ませるよりも、魔法を使う時に頭に浮かぶイメージや想念を元にした、大胆なデザインにした方がそれらしくなるかも知れないな。
だが、それは後回しだ。いや、やるとしても今の住み処を隠し部屋にするところまでだ。
奴らから得られた情報には、それこそテンプレの嵐を思わせる諸々が鏤められていた。
それらへの対処が当然ながら優先される。
一つ。奴らは銃を用いず、剣や弓矢で武装して、防具すらも鉄の盾という有り様だった。
その反面、文字魔法を見ての反応を見る限り、奴らはそういう魔法も有るかもとは捉えず、伝説を持ち出すばかりで、どうにも魔法への理解が乏しく感じられた。
銃が使えない事に関係しそうなのは、魔力くらいしか考え付かない。
つまり、洞窟の中は外と較べて魔力が溢れていて、抵抗が大きい。
逆に、ダンジョンの外では、魔力が薄く魔法が使えず、銃のいい標的と。
もしも俺がこの洞窟を――ダンジョンを出るとしたら、魔力が無く銃で狙われるそんな場所を何とか切り抜けなければならない。
まぁ、実際にその時にならなければ分からないが、何とかなるだろう。
魔力を固めて黒い石の様にした物。魔石と呼ぶと別の物がヒットしそうだからと、固形魔力と呼んでいるそれが、道を拓いてくれるに違い無い。
まぁ、まだ先だ。先の事だ。
まだまだ俺自身が奴らとの関係を深めなければならないし、交渉の場に就くには手土産の一つも持っていきたい物だ。
まだ早い。
何より、この外が生前の俺が生きた世界なのかという畏れも有る。
今はまだ準備を進めよう。
しかし、ふふ、終わりの無い微睡みの中の様な日々とは違って、目的の有る今の何と充実した事だろう。
大変な日々が始まる予感を感じながらも、俺の口元は笑みの形に歪んでいたのだった。
ああ、そう言えば。
黒い楕円板の近くで確かめたスペクトルは、あのドローンからの電波らしきピークだけだった。
俺の拠点ではしっかり陽光魔法に反応を示したがな。
どうやら此処の真実の姿は、全てが漆黒に沈んだ暗闇の洞窟だったみたいだぞ?
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