(9)犯人は犯行現場に現れる。
犯人は犯行現場に現れる、とは聞いた事が有ったが、思ったよりも早いお戻りだった。
そう思いながらも、俺は拠点で“千里眼”と“地獄耳”に集中する。
尚、技の名前は俺のイメージに合ったものを適当に付けている。
態々、技と言ったのは、俺にとって魔法とは属性を統べる何かが存在した上での力で、“千里眼”や“地獄耳”はそれとはまた違う力だからだ。
視力強化や聴力強化みたいな身体強化系統の力は、統べる何かが居るから魔法。
“千里眼”や“地獄耳”は、俺の魔力を浸透させた水晶玉や、太鼓の様に膜を張った枠を介して見聞きしているもので、感染呪術と呼ばれていた物の一種の様には思うが、これには統べる何かの気配を感じない。
似た様な技は他にも色々と有って、火山の噴火の様な両腕の突き上げが炎を纏ったり、切り裂く様な手刀が実際に切り裂いたり、竜巻の様な大回転が風を喚んだりと、まぁ色々と有る。
共通するのは、何かを模してその物となる、といった感じだから、そろそろ何か名付けても良い気はするのだが、それこそ感染呪術なのではと思うと改めて名前を付ける気が起こらない。
それに、どう見ても体を動かす方は武技という感じだから、何と無くしっくり来ない。
そういう訳で、個別の技には色々と名前を付けてイメージし易くしているが、体系的には保留しているのが現状だ。
因みに、これまでは“千里眼”の方しか殆ど使ってはいなかった。ゴブリン共の会話を聞いても何が分かる訳でも無いからだ。
それに、洞窟の至る所に埋めた装飾品には、水晶玉みたいな物は何処かしら使っていた為に、特に改めて用意しなくても洞窟内なら“千里眼”で見れたというのも大きい。
しかし、今回の一件で考えを改めた俺は、握り拳程のクリアな水晶玉と、金属円盤を除いたタンバリン、これに何と無くそれらしく見える飾りを付け加えて、
いや、流石に黒い楕円板付近に設置しては即ばれると思い、岩陰や楕円板の裏といった目立たない場所に小さな水晶玉とタンバリンを複数仕掛けていた為に、他の場所に設置出来たのが二十箇所に留まってしまったと言えば良いだろうか。
だが、その甲斐有って、俺は今侵入者達の動向が掴めている。
そう、黒い楕円板から現れたのは、まだ年若い五人の男女だ。
五人並べば両端の二人が点滅するという事も無く、入って直ぐのその場所で最後の確認をしてくれた為に、彼らの方針を掴むのは容易かった。
喋っている言葉は文字魔法を使うまでも無く懐かしい日本語。
侵入者の上に浮かぶのは、土星型UFOの様な姿をした何か。いや、本当に分からん。プロペラも無いのに、どうやって浮いているのか全く分からん。
普通に考えるならドローンだ。プロペラ付きや、ミニ飛行機みたいなドローンは、俺が生きていた頃にも存在した。となると、恐らくは未来の世界。
にしては、侵入者達が鉄の盾や弓矢を持っている事が気に掛かる。銃はどうした銃は?
まさかと思うが、現代ファンタジー物に良く有る、ダンジョンの中では近代兵器が使えないとかいう謎設定が適用されているのだろうか?
ドローンが飛んでいるのに?
情報過多過ぎて、混乱しか起きない。
奴らの前に出なくて正解だ。
奴らの方針も、友好寄りと確認出来、更にやはり此処はダンジョンで、周辺に他のダンジョンも在るとの情報が手に入った。
正直これが分かっただけでも上出来だろう。
奴らが足を進めるのに合わせて、“千里眼”と“地獄耳”を切り替えていけば、更に情報は入って来る。
『このダンジョン――いや、ダンジョンの壁、少しおかしくないか?』
俺にとって奴らは謎だらけの存在だが、奴らにとっても此処は謎だらけのダンジョンらしい。
そして済まんな。このダンジョンの壁には、この俺が何万個、いや何十万個とも知らず埋め込んだ装飾品の所為で、表層付近はダンジョンの壁では無く、只の土壁になってしまっているのだ。
それにしても、俺はこうやって高みの見物をしながら情報収集が出来るが、奴らは何も分からないまま足を進める他は無い。
この差は如何ともし難い、と思いつつ、奴らが他のゴブリンの接近に気が付いたのに、俺は気付けなかった事でその考えも改める。
周囲の水晶玉も含めて連携させ、壁の向こうも見通せる感じで俯瞰的に眺められるのなら千里眼も使い勝手が良くなりそうだが、今までは時折覗く程度の使い方しかしていなかった為、思いの外にこんな所に穴が有った。
まだまだ鍛える余地は有ったと楽しく思う気持ちも有るが、今の時点に於いて現場に居る者には情報の入手の点で劣るのだろう。
それを真摯に受け止めて精進――などと考えていたところで、その場に姿を見せた、ゴロンゴらしきゴブリンが、出会い頭で侵入者に向け、激しい威嚇を示していた。
は? と思わず思考が固まる。
此処からどう急いでも、現場まで数分は掛かる。
ゴロンゴが馬鹿をしたその場の取り成しを侵入者に恃む等と、正直胃が痛くなりそうだ。
ゴロンゴはポケットにもなっているアップリケから棒状の物を取り出して、勢い良く掲げた左の掌に叩き付けた。
緑色の飛沫が飛び散った。
そしてゴロンゴは緑色に塗れた左の掌を突き付けながら、口を開き、顔面の全ての筋肉に力を漲らせた様な物凄い表情で、『ガーーーーッッッ!!!!』と吠えた!
ゴロンゴ……お前、お前! この糞馬鹿ゴブリンめ!!
呻きながら転げ回りたい衝動を抑えていた俺は、奴らのリーダーらしき男が蹌踉めいたのを“千里眼”越しにこの目にする。
分かる! 分かるぞ、お前の気持ちは!
その男は、何とも言えない表情で、自らの右手を暫く眺めた後に、意を決したのかそのまま右手を突き出して叫んだ。
『がーーー!!!!』
その掌には血の滲む包帯が見える。
つまりはお前が元凶か!!
だが、赦せそうな気がする。此奴は貧乏籤を引いただけだ。
もしも他の奴がやって来ていたなら、その時点でゴブリン達にはもっと酷い未来が待ち受けていただろう。
それにしてもちぐはぐだ。何故今も包帯に血を滲ませているのだろうか?
もしかして、此奴は勢いで、手の甲を突き破る程に刃物を突き立てたりしたのだろうか?
うむ、やはり赦せる様な気がするな!
ゴロンゴが次に目を付けたのは、興味津々に前のめりになって観察していた女だ。
『ガーーーッッッ!!!!』
と同じく掌を突き付けられて、戸惑っている間に隣の男から小刀を渡されている。
『え!? え!? ちょっと待って!? 無理! 無理無理無理!!』
そして状況に気が付いた途端、滅茶苦茶に嫌がっている。
それを見るゴロンゴの表情。
おお、ゴロンゴよ! ゴロンゴよ! お前、そんな表情も出来たんかい!?
心底がっかりした身振りに、軽蔑の混じった表情、何とも言えず格下を見る雰囲気。
女は周り中から
そこでうんざりした様子のゴロンゴが、仕方無いなと馬鹿にした様子で、『ニャシャニャシャホムホム』と手に持つプッピーを女に手渡した。
おお、ゴロンゴよ! お前は優しい奴だが酷い奴だな!
言語の分からないゴブリンだが、はいといいえくらいは分からないと意思疎通が出来無いと、俺が否定の場合は「ニャシャ」、肯定の場合は「ホム」と口にする様にしていたら、いつの間にかそれが定着していた。
だから、翻訳するなら「仕方無いからやるよ」となるのだろうか。
お前一人プッピーなんて使ってずるをしておいて、その態度かよと。
全く笑わせてくれる。
流石に女もそれがどういう代物か分かったのか、途端に調子を取り戻して、自信たっぷりに緑色に塗れた掌を見せて『がーー!!』と吠えている。
残りのメンバーも、プッピーを回しながら順繰りに、『がーー!!』だ。
最後に大人しめの男が『がーー!!』と吠えてから、肩を落として零した言葉が興味深い。
『あ~、石垣教授の説が当たりだ~……。この短時間で
『言うな。心が折れる』
『道具を短時間で用意出来るのが相当にやばいわ』
成る程、成る程。零した言葉だけでも色々と見えてくる。
つまり奴らは、ダンジョンから撤退していた間に、教授やらと協議をして対応を決めて来たという事だ。
そして、それだけ組織的に動いているにも拘わらず、唯一組のパーティで調査に当たっているという事は、何かしらこのダンジョンが特殊だと当たりを付けて調査していると思わせる。
そして、既に其奴らは、俺の様な存在が居る事も予想しているらしい。
まぁ、確かに此処は俺が居るだけに特殊と言えば特殊だが、それを言うなら
いや、全く以て呆れる程に悪意が高いな。
しかし、その悪意の持ち主が俺に干渉してきた覚えは無い。
飽く迄、機械的に、決められた条件に従って、状況を遷移させている様にも思える。
此処の未来にも関わる分、他のダンジョンの情報も、いつか必要になりそうだ。
さて。奴らはどうしているかというと、ゴロンゴと良く分からん勇気の証の挨拶を終えた後、身振り手振りで何かを伝えようと悪戦苦闘していた。
『いや、そいつはアップリケが、こういう地蟲の形で――』
『コーユー?? ゴーユー!! ジム? イプクルンパクルバ?』
『あああ、伝わんねぇ……。あ! 大! 彼処に居る地蟲を捕まえろ! ――良し! 良し良し! これだよこれ、これが服の真ん中にだな――』
『オー! クッチャ! クッチャイレヤナゴッハーン! ゴッハーンケンビヤウニャホンテ!』
『え、いや、ご飯じゃなく……え、ご飯って言ったか今!?』
『ゴッハーンエンビラヤンニャハ、ホ!』
『おいおい、いや、引っ張るな――いや、着いていくから案内頼むぜ!』
『ゴッハーン、ヤッバニャガーー!! ホンジュア!』
『はいよ、そっちだな? おい、皆行くぞ!』]
いやいや、分からんよな? ご飯なんて言われて吃驚するのも笑えてくる。
俺からしてみれば、奴らの評価に更にプラスと言ったところだ。
自分が怪我をさせてしまった相手に会いに来たと言うのは、失点を回復するには最低条件だろう。
奴らは最初の角を曲がった時点で、ダンジョンの壁がゴブリン達の好き好きに飾られているのをその目にし、驚愕の呻きを上げている。
他のダンジョンがどうかは知らないが、此処は数十年間ゴブリン達が暮らしてきた地で有り、集落以外の場所も其処彼処にお気に入りにしているゴブリンが居る生活の場だ。
だがそれも、集落に一歩踏み入れると全ての印象は上書きされる。
奴らも思わず足を止めて圧倒されるしか無いゴブリンの集落は、その壁一面が装飾品で埋め尽くされて、壁の地肌なんてもう見えない。
その場所その場所のゴブリンで好みが有るから、足を進める度に様相の変わる万華鏡の中を行くみたいなものだ。
ゴブリンのセンス、侮り難し。
しかしこの全ての装飾品を創り上げて壁に埋めていた俺。阿呆やろ。
本が好きで、本を買い続けたら部屋の中に山積みになって、それでも本を買って、部屋の体積で半分以上が本に占められる様になって、或る時ふと正気に戻るみたいな感じで、下手をしたら数十万、数百万の装飾品がまだまだ壁に埋まっているのに、更に埋めたりなんかしている時に、何やってんのかね俺、と考える時が偶に有る。
だがそれも、こうしてゴブリン共が喜んで、活用しているならまぁ良いかとも思えてくる。
ゴブリンの集落は、俺にとってそんな一角だ。
『凄え……』
『やばいよ、言葉が出ないよ』
『マジで、訳が、分からん』
まぁ、ちょっと理解が出来ないのは、折角の装飾品にも拘わらず、身に付けようとするゴブリンが殆ど居ないのが謎だったりするのだが。
それにしても、大きい水晶玉とタンバリンだと、随分とクリアに見えるし聞こえるな。
『ゴッハーン! クッチャイリミタイホンダヤガーー! ビヨーン』
『ゴロンゴチャミイナンナ……オオーー!! ホヤトインカミヤナ、ガーーー!!!!』
芋虫のアップリケを付けたゴッハーンが、何かに気を取られながら御座なりにゴロンゴへと返事を返したが、其処に“勇気の証”を教えてくれた大きいのが居るのに気が付いて、にっこにこで「ガーー!!」とウヒョの葉を貼り付けた左の掌を見せ付ける。
リーダーの男も、それに応えて血の滲む包帯を巻いた右の掌を、「がーー!!」と見せ付けた。
ゴッハーンはそれを見て、何が壺に入ったのか朗らかに笑い始める。
リーダーの男も同じく笑い、
『いやー、俺達の薬が毒になるんじゃ無いかと使えそうには無かったが、治療技術もちゃんと有るかー、そりゃ有るよなー。いや笑うしか無いが、本当にお互い無事で良かったぜ』
と、何やら考えている事を垂れ流している。
言葉が分からないと見て好き放題だなとは思うが、俺からしてみれば分かり易くてそれがいい。
『そう言えば、ゴッハーンというのがお前の名前なのか?』
そんなリーダーの男の言葉に、ゴッハーンは目を丸くしてから、にやりと笑った。
『アディポリガゴッハーンミヤウタ、イバラヒド、コンガゴッハーン!』
いや、本当に、何かをしっかり喋っている様に聞こえるのだが、昔分析しようとしてみても、殆ど同じ言い回しはされておらず、固有名詞だけがしっかりした謎の発声だ。
文字魔法で読み取れば、「おうなんだこのゴッハーンに用が有って来たのか、何の用かこのゴッハーンに言ってみるがいい」的な事を言ってるつもりらしいのだが。
『やはり、ゴッハーンが名前なのか。俺は武志だ。た・け・し』
『ホー、タケシ! ――ヤッヒーナ、ゴロンゴ!』
リーダーの男がタケシと名乗ると、ゴッハーンは案内して来たゴブリンを指して、ゴロンゴだと紹介する。
するとまたリーダーのタケシが、メンバーを順に指して、ダイ、キョーコ、メグミ、ヨウイチと紹介し、それを受けたゴッハーンが集落に居た二十ばかりのゴブリンを紹介する、そんな紹介合戦となっていた。
最後にはどうして肩を叩き合って大笑いしている。
そういうノリは俺には分からんが、見ている分には心が温かくなる気がしてくるな。
『おっとそうだ、怪我をさせてしまった見舞いと詫びを持って来ているんだ。言葉も分からんだろうしもうそんな雰囲気でも無いが、これで手打ちというか友好の証としてくれないだろうか』
そう言って出してきたのが、精巧な芋虫の木彫りだ。
俺は思わず唸った。此奴は分かってそれを出して来たのかと。
いや、よくぞこの短時間でそんな物を用意してきたものだと感心した。
言っても、3Dプリンタだとか3D切削器は俺が生きていた時代にも有ったがな。
しかしゴッハーンにそれを出したのには二百点をやろう。
『クッチャ! イビ、バルナホ! ホムー? ホムホムー!?』
『おお、そうだ、プレゼントだ。遠慮するな』
『アペランドリャ、クッチャ、ヤッハー!!』
大喜びでゴッハーンは装飾品を飾る一番良い場所の皿を、裏返った皿を表に返して? その上に芋虫の木彫りを載せた。
いや、それでは完全に食事に出された芋虫だと思うが、ゴッハーンは感動で言葉も無い。
奴らも全員がほっとした様子を見せているところを見ると、奴らにとってもゴッハーンとの和解は相当な重要事項に位置付けられていたのだろうと窺えて、既に頭の中ではどう交流するべきかを考え始めている。
ただ、その時は今の状況から完全に逆転して、俺がアウェーで交渉する立場だ。
正直、全く外部から閉ざされたこの洞窟で暮らしてきた俺には、ちょっと荷が重い。
やはり何とか外の情報を手に入れる手段が必要だと、俺は奴らの腕に括り付けられたスマホの様な端末や、宙に浮かぶドローンの様な物を見ながら、そんな思いを強めていたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます