(6)『奈良県二上山丙種迷宮第一回侵入調査実況配信』~遭遇~
「さて、整理するぞ。
ダンジョンの中は餓鬼窟と相似しているが匂いが無い。しかし洞窟の幅は変わらない事から、餓鬼とそう変わらない相手と思われる。
但し、壁を擦り抜ける霊体の場合は別だ。その場合は、恵美、頼むぞ」
「うん! 分かってるよ!」
「餓鬼では無い可能性が高いとなると、斥候が先攻するのは危険だ。前に出たとしても数メートル。直ぐに俺がカバー出来る範囲に戻れる位置を保て」
「……了解だ」
「攻撃するのか、待機するのか、撤退するのか、それは俺が指示する。先走るなよ?」
「弓なら外さないよ?」
「やめておけ。今回は調査だ。間引きでも攻略でも無い。威力偵察でも無いな。寧ろお前は屁っブバーンが余計な事をしない様に気を付けておけ」
「ちょっ!? 酷っグムグ!?」
「そこで大声を上げる考え無しだから屁っブバーンだって言ってる。ナイスだ陽一」
「ムー!!」
「で、最後にカメラドロー――」
「カナちゃんだよ!」
「ん? 臨時のメンバーだと言わなかったか?」
「臨時だとしても!」
「……太陽の恵みかな?」
「そう!」
「まぁいい。カメラドローン、お前の愛称は“カナ”だ。これからカナ、もしくはカナちゃんと呼ばれたらお前への指示だ。それと手信号はダイビングに準じる。バタ足か歩きかで表現は変わるが、その辺りはニュアンスでな。了解なら軽く縦に振れて、否定の場合は横に振れろ」
「あ――凄いね。ちゃんと縦に動いたよ。最近のAIって怖いぐらいに賢いよ」
「良し。カナは俺のほぼ真上で、大に呼ばれた時だけ大の所へと移動だな。今回は調査故に、カナが重要な役目を担っている。自身の無事を優先して、危険と判断した場合は俺の後ろに隠れる様に。分かったか? ――良し、いい子だ」
武志のそんな遣り取りに、思わず大臣は噴き出した。
「おい、笑わすなよ?」
「馬鹿を言うな。新人として扱えと言った筈だぞ? 大の遣り様は下僕を扱うサド執事だ」
「うん、そうだよ!」
「AIの事は良く分からんが、恐らく
「ぐぅ~……了解。だが、角での先行調査はドローンを使わない理由が無い」
「カナ、な。慣れた遣り方より信用出来るのか? 俺はスマホを出したり引っ込めたりは、非常に煩わしく感じたが」
「一緒にするな。履修済みだ。それにマッピングもカ、カナに任せるぞ?」
「……だな。なら、カナ、そういう事で頼む」
ダンジョンに入って直ぐの場所で、一部を除いて小声での遣り取り。
その全てはダンジョンの外へと通信されているが、ダンジョン外からの連絡は彼らに届かない。
しかし、そもそもそんな事は関係無いと、既に彼らはダンジョンの外の事を頭の中から追い払っていた。
彼らが大学生探索者ながら、優秀と言われる所以だ。
「右手の法則で行きたいが、そこは臨機応変にだな。大に任せる」
とは、ダンジョンの中で常に右手を壁に触れさせる様に進めば、迷う事は無いという方法論だ。
だがそれも、オートマッピング完備だと言うなら話が違ってくる。
実際に右手の法則で迷路を進むと、入り組んだ迷路になる程行ったり来たりと効率が悪くなる。正確にオートマッピングされるなら、外周近くを先ず明らかにして、それから内部を埋める方が傾向も早く掴めるに違い無い。
そして手短にミーティングを終わらせると、彼らは一斉に歩き始める。
忍び足では無いが足音は殆どさせず、漫然と歩くのでは無く意識的に足並みを揃えて、いつでもどんな動きにも対応出来る様に、無理なく張り詰めた歩きで。
物陰には余さず視線を向けて、緊張感を絶やさないままに、最初の曲がり角に辿り着いた。
本の数メートルだが先攻していた大臣が掌を向けて停止を指示し、カメラドローンのカナに向かって手招きをする。
そして口元までやって来たカナへと、囁く様に指示を出した。
「カナ、角の向こうを確認する時は、一瞬頭を出して引っ込めるんだ。全天球カメラなら右も左も合わせて一度で確認出来る筈。魔物が居たならその静止画で知らせてくれ。覗く時は天井付近で、最低限だぞ。では、行け」
カナは飛んで、さっと戻り、そしてスマホで確認していた大臣は静止した。
大臣は動かない。
動かない。
「おい、大!?」
囁き声で呼んだ武志に、珍しく焦った様子で戻って来た大臣が、無言でスマホの画像を見せてくる。
全員で覗き込んだその画像には――
「…………餓鬼窟には、違い無い様だ、な」
「えっと、お兄ちゃん、緑の餓鬼って、劣等種って言われてなかったっけ?」
「待った! カナ、悪いが角で見張りを頼む。魔物がこっちに向かってきたら、直ぐに戻って来てくれ。その時は撤収する」
「僕にはアップリケ付きのポンチョを着てる様に見えるんだけど」
「うちにもそう見えるね?」
――ぱっと見では、判断の付かない物が映っていた。
「……餓鬼の劣等種は、餓鬼窟で稀に見られる貧弱な餓鬼だよな? 土色の餓鬼との生存競争に負けた感じというか、ほぼ別物みたいな」
「僕は通常種に食べられているのを見た事有るよ。そうで無くても苛められてるよね?」
「此処で引き上げる訳には行かんよなぁ……ぐぅぅ」
「武志、その実際は何ともないのに、胃を押さえる仕草やめたら?」
「いや、まじで痛む様な気がするんだって!? ――仕方無い。少なくとも向かった先は知れたんだ。後を追うぞ?」
「やっぱ、そうなるよな。――了解だ」
~※~※~※~
当然その様子は、ダンジョン外にも共有されていた。
“来たー!! 二上山ダンジョン始まった!!”
“祭りじゃーーー!!!!”
“迷宮庁サイトから来たけどどういう状況?”
“二十年間未開封の二上山ダンジョン初調査→餓鬼窟っぽいが匂いが無い→最初の角の向こうに第一魔物発見! つ[画像]”
“誰や仕込んだのはーwww”
“盛り上がって参りました!”
チャットを映しているモニターを、止まる事無く書き込みが流れていく。
まだまだ人は少ないが、迷宮庁サイトに載せただけに、順調に視聴者は増えてきていた。
「くっ……誰だね? ドローンのAIに妙な仕込みをしたのは?」
「ふふふ……おかしな事を言わないで下さいよ」
「投擲用のスプーンを発注するかな?」
「ちょっと、もう!」
モニタールームにも忍び笑いが零れていたが、其処には安心した空気も漂っていった。
ダンジョンの異常。その原因として推測していた事象は、本当に様々だったからだ。
しかし見る限り映像に映った餓鬼らしき魔物は、武器の類いすら持っておらず、飾りの付いた服という文化らしき物も築いている。
他のダンジョンの殺意しか無い魔物に慣れた目には、落差に呆けそうになる程に平和な光景だった。
「御伽噺には、知能を持ち人間と交渉する鬼や妖怪の姿が残されている。
漸くにしてそういう相手が現れたのか、それとも――
まだまだ分からん事ばかりだが、この調査がダンジョンの分岐点かも知れんぞ。何が有っても大丈夫な様に、データは逐次バックアップを残す様に」
「はい!」
その驚きは、配信やモニタールームの局員達の間だけでは無く、静かに広がっていくのだった。
~※~※~※~
標的が見付かっての追跡となると、パーティの動きも変わって来る。
相手が餓鬼の劣等種と知れた事も、その動きに影響を与えていた。
即ち、斥候はより前へ。
そして全天球カメラを持つカメラドローンのカナも、より活用して。
しかし、ここが餓鬼窟と同じ構造だとすれば、本道と呼ばれる道さえ見付けてしまえば、ボス部屋まで走って二十分も掛からない。凡そ二キロの道程だ。
そして、枝道が迂回路になっているかは確率半々と来れば、追跡する側も本道を進むしか無い。
本道を進む以上見付かるのは覚悟の上だから、斥候は心の準備をする時間を設ける為だけの
武志達のパーティは、日本の中でもかなりダンジョンが密集している関西周辺をホームグラウンドとしていて、潜ったダンジョンの数も多い。
相性が良いダンジョンなら、第六層辺りを探索していて、その辺りは餓鬼窟で言うなら身長二メートル程度の鬼が闊歩する領域だ。
故に、様子は違っても餓鬼窟の一層で、危地に陥るとは考えていない。
それだけダンジョンに潜って、それ相応の神通力――技能やスキルとも呼ばれる――に目醒めているなら猶更だ。
だからこそ、今彼らに襲い掛かっているのは、戦闘とは別の緊張だ。
正真の未知との遭遇。それは今の時代、ダンジョンの最前線を探索する極一部の探索者しか経験していないのだから。
気を抜けない探索中とは雖も、つい胃の辺りへ手を伸ばす武志を誰も咎めないのは、その辺りが理由に有る。
あからさまに、探索時のリーダーで無くて良かったとの表情を見せる者も居たが。
そしてそんな一行の下へ斥候の大臣が駆け戻って来て、一気に雰囲気は緊迫した。
緩やかにうねる道の向こうから現れたのは、カナの画像でも見た通りの、アップリケを付けたポンチョ姿の劣等餓鬼の姿だ。
それも二体。
何故かその手に餓鬼窟では良く見る芋虫を掴んでいる。
その餓鬼二体は、当然の如くして武志達一行の姿を見付ける。
そして餓鬼は、目を丸くしながら、朗らかに叫んだ。
「ヨォー! ホイナムッチョコッカラベムメン!」
擦れていない田舎の山のおっちゃんが、珍しい登山客に「おー、こんな遠くまでよぉ来なすったね!」と声を掛けた様な調子で。
そんな事をされて、取れる行動に何が有るだろうか。
武志も剣を持った手を振り上げて、叫び返した。
「よぉー! 何を言ってんのか全く分からんが、元気そうなのはいい事だな!」
そんな言葉が出て来るのは、劣等種の餓鬼がどんな惨い目に遭っているかを知っていたからかも知れない。
しかしその心労は、知らず武志の手を再び胃の辺りへと向かわせる。
それが、状況を狂わせてしまったのだ。
陽気に近寄ってこようとしていた餓鬼達の視線が、その武志の左手に集中していた。
視線を上げた時には、愕然と目を見開いて、酷く焦った様子だった。
そして、一体が何故か手に持った芋虫を掲げて走り寄ってきて、もう一体は何かを探して洞窟の中へと目を走らせた。
「おい、ちょ、待てコラ! 近い! 近いって!!」
それに危ない!
盾を掲げるのはやめて、左手は餓鬼を寄せない為に使っているが、右手の剣は下手に傷付けない様に後ろへ引く事しか出来ていない。
其処へもう一体の餓鬼も、見付けた芋虫を手に駆け付けて来る。
二体相手ではどうすればと武志が混乱に陥りそうになった時、何故か駆け付けて来た一体はもう一体へと芋虫を預けた。
その空いた余裕で再び武志の手が胃へと伸び、始めに駆け寄ってきた餓鬼はその様子に一刻の猶予も無いと言う様子で再び叫んだ。
「クッチャ! クッチャラバヤ! コグマ! クチ! タ! ブ!」
左手の芋虫は変わらず武志へと突き付ける様に差し出し、右手の芋虫を背中から貪る様に食べた。
うっ、と仰け反りながら、武志は左手でその芋虫を受け取った。
今も「クッチャ!」と叫ぶ餓鬼が、その左手を下に下ろす途中で――
気が逸れて少し前に飛び出させてしまっていた武志が右手に持つ剣の剣先にその掌が軽く当たった。
軽くとは言え、剣だ。
反射的に餓鬼は手を引いたが、剣が当たった掌には傷が刻まれてしまっている。
先程までとは違う、恐怖を伴う愕然とした表情で、武志を見上げる餓鬼の姿。
その一瞬で、武志の頭の中を駆け抜けた思考を一言で表すなら、“自棄”がぴったりと来るだろう。
武志は右手の剣を床に落とし、左手の芋虫も同じく手放し、そして右手の掌を掲げて吠えた。
「おおーー!!!」
ビクッと震えた餓鬼達の視線が集まったところで、「ふは!」っとその掌に左手で小刀を突き刺した。
すると餓鬼達の様子が、また別の驚愕で上塗りされる。
それを見届けた武志は、「がーーー!!!」と吠えながら血の流れる右手を同じく掌を怪我した餓鬼に突き付けて、それに圧倒されるのを見届けてから手を引き戻し、掌を見せながら胸を張って偉そうな態度で「ふん~~」と唸って見せた。
呆けてみせていた餓鬼だったが、やがて何かに気付いたのか、湧き上がってくる衝動が発露したかの様に、武志に掌を向けながら「ガーー!!!」と吠えた。
そして、胸を張ってどやっと自慢気な表情を見せた。
――釣れた。
武志の胸に灯る想いが有ったとすれば、その一言だ。
武志は餓鬼のその様子に、満足気な様子で頷いて、次に傍観していた餓鬼へと体ごと向きを変えて、再び掌を向けながら、「がーーー!!!」と吠える。
同じく掌から血を流す餓鬼も、その餓鬼に向かって「ガーーー!!!」と吠えた。
武志がうんうんと頷くと、餓鬼は嬉しくて堪らないという様子で道を駆け戻り、今しも洞窟の陰から姿を見せそうな所に居たらしい餓鬼に向かって「ガーーー!!!」と吠えている。
残っていた餓鬼は武志達に何度も振り返りながらもその後ろを追い掛けていたが、武志が芋虫を拾い上げたのを見届けると、後は気にせず走り去っていった。
武志は剣を拾い上げ鞘へと納めると、その右手を握り突き出した親指で上を指す。
Goodという意味では無い。上へ向かう。つまり、撤退の合図だ。
そして武志達はぎこちなく、しかし速やかにダンジョンから撤退した。
~※~※~※~
退去側のエントリーコードを滑り降りた先。
通常なら買い取り窓口が並ぶその場所で、武志は手足を大にして床に転がっていた。
「だぁ~~……勘弁してくれぇ!!」
心底疲れ切った様な嘆きの声だった。
「餓鬼共と武志のノリが同程度で助かったぜ」
「ぷぷぅ! 『がー!』って、『がー!』って」
「この調査に戦闘勘は不要というか寧ろ交渉事メインになりそうだから、大や京子が仕切ってもいいんだぞ?」
「あー!! 何巻き込もうとしてんのよ!! いやぷーよ、いやぷー!!」
「この屁っブバーンめ!」
「私も遠慮する。子供は嫌いだ。旨く行くイメージが全く出来ない」
「カナとは仲良くやっているのにか?」
「……それは、認識を革めた。カナは賢い。そこらの子供と一緒には出来無い」
武志は妙な惚気を聞かされた気分になって、鼻白んだ。
しかしそれで気持ちを切り替えたのか、インカムを通じて連絡を取る。
「――武志だ。打ち合わせがしたい。出来れば三十分後とかにして貰えると有り難いが、早い方が良いなら今から向かう」
返事は肉声で届いた。
「待つ事は吝かでは無いが、理由は?」
既にスーツの一人が、モニタールームから迎えに出て来ていたらしい。
「あー、見ていたのなら分かるだろうが、鎧の中が冷や汗と脂汗でどろどろだ。先にシャワーでも浴びなければ気持ち悪くて仕方が無い。それに、映像以上の情報は無いのと、自分の頭の中を整理する時間も欲しいからだな」
「言わんとする事は分かるが、十分だけ先に認識合わせをしておこう。その後は二時間程休憩を挟んでから、迷宮庁や各大学を繋げての会議になるだろうな」
「かー……
「それはもう」
その言葉を聞いて、寝転んだり腰掛けたりとしていた他のメンバーも、重い腰を上げる。
認識合わせのその場で出た新しい話題は、カメラドローンにもインカムの周波数や暗号を教えれば、音声で答えてくれるという事くらいだった。
恵美が気にしていたのは、傷を負った餓鬼に蝦蟇の回復軟膏の様な回復薬を早く渡すべきなのではとの懸念だったが、陰の餓鬼に陽の人に効く薬を渡すのはどうなのかと疑問を出されては先走る事も出来無い。
そういった疑問を含めて、二時間後に緊急の大会議が開かれる。
二上山ダンジョンに、世の中の注目が今こそ集まろうとしていたのである。
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