第一章 武侠☆太陽の恵みかな?

(4)『奈良県二上山丙種迷宮第一回侵入調査実況配信』~エントリー~

「はい! 皆さん初めまして!

 今日は大阪と奈良に跨がる二上山ふたがみやまの奈良側、二上山ダンジョンに来ています!

 ダンジョンの種別としては甲乙丙丁の丙種! 大型、中型、小型、極小型の小型ですね。ダンジョンが発生したのは二十年前の迷宮時代初期にも拘わらず、今まで一度もを起こした事の無い、良く言えば平和な、悪く言えばダンジョンとして知られています」


 大鳥居京子の明るく突き抜けた声が、閑散とした二上山ダンジョンに響きわたる。

 空中に浮遊するカメラドローンは、大鳥居京子のその背後に、ダンジョンの防御機構とその中心に聳えるダンジョンの柱を写して、音も無く浮遊していた。

 天気は快晴と晴れ渡り、防御機構外には色付き始めた野山の様子も窺える。

 ピピュイピピュイ♪ ヒューイ♪ と秋鳥の声も空高く、ダンジョンが其処に無ければ良いハイキング日和だった。


「今のダンジョンの稼ぎは、溢れが有ってこそだからな。ダンジョンが溢れる。防御機構の御蔭で溢れた奴らは自滅する。とどめを刺した防御機構底の杭と言うか鑓と言うかが強化される。強化された杭の鉄を鍛え直して様々な武具が造られ、探索者に還元されると共に迷宮庁の活動を支える資金源となる。

 それがこの二上山ダンジョンには無い……のだが、今まで放置されてきたのは直ぐ近くの葛城山にもダンジョンが在るからだな。そちらは度々溢れる他、ダンジョンから得られる産物も価値が高いと来て、言ってみれば手が掛からない二上山ダンジョンは放置されてきた訳だ」

「葛城山も二上山も役小角えんのおづぬ縁の地だよ! 今その地にダンジョンが出来て、古代ロマンを感じるよね♪

 おお……耳を澄ませば鳥の声! 鼻の穴には太古の香り!」

「そんな二上山ダンジョンの調査依頼を私達は受けてここに来た訳だが、今の二上山ダンジョンには、常駐の職員は四人だけ。今回の依頼対応で更に二人来ているが、ダンジョンという印象からは懸け離れた状況だ。

 これも防御機構が優秀だからだな。既に幾らでも映像は拾えるだろうが、もう一度見てみるか? 縁から乗り出してから、――戻って来い。――良し。

 実際には、迷宮時代の黎明期も明けた頃には、二上山ダンジョンの調査も計画されていたらしい。しかし、出現から数年が経っても一度も溢れていないダンジョンは逆に稀少だ。ダンジョンについては未だ殆どの事が分かっていない現状、研究の為にも一つは手を出さず状況維持と観察に留めた方が後々得られる物が大きくなると判断された。

 その結果のこの光景だ。見渡す限り俺達以外に誰も居ないダンジョン防御機構なんて、築造当初でも有り得ないな。

 何の代償も無しにこの光景を維持出来るというのなら、ダンジョンに手を出さずに残したのは英断だったのだろうと、素直に信じる事が出来そうだとは思わないか?」


 大鳥居京子がナレーターを意識した話し方をしているのに対して、鈴木大臣は演者の様に振る舞っていた。

 身振りで示し、態度で説得力を持たせている。


 しかし、「思わないか?」と語り掛けてしまった事で、思わぬ所からその返答が返ってきた。


「……そんな事しなくても、放置されたダンジョンなんて幾らでも在ると思うけど。防御機構で管理されてるのなんて丙種までで、人の入れる大きさじゃない丁種は初めから見逃されていたというか、今でも見逃されているというか、今もぽこぽこ生まれているというか?」


 茅葺恵美がついそんな言葉を口にしたのを責める事は出来無い。

 基本的に、ダンジョンの中ではどんな気付きが危険を回避する事になるかも分からない為、通常魔物と総称されている怪異妖物から息を潜めている時以外は、気付いた事は積極的な発言を求められているからだ。


 しかし、そんなイレギュラーに、常日頃からやたらと明るい大鳥居京子と普段は皮肉屋の鈴木大臣も、既に配信が始まっているという状況故にか、二人の顔から表情が抜け落ちる。


「くっはっはっはっは、そこで止まる様じゃ無理が有ったな。『迷宮探訪』を意識してんだろうが、探索中にそんなノリで居られると危険だ。俺達は他の誰かが護衛してくれる解説者では無く、俺達自身が誰一人として欠けられない探索パーティの一員だ。ダンジョンに入ってしまえば、何れにせよ外との遣り取りは出来ない。そんな時に配信を気にしてポカをされても困るぞ?

 だから、この浮いてる丸いのの向こうに視聴者が居ると思うのはもうやめろ。これはカメラマンを買って出てくれたうちの新人だ。そのつもりで仕切り直せ」


 ダンジョン内でのリーダーを務める茅葺武志にとっても、妹が問われて思った事を口にしたのは間違いでは無い。逆に、ダンジョンの中でナレーション中だからと口を閉ざしてしまう事の方が問題だろう。そこに気付かせただけに、妹の発言は寧ろファインプレーと思っている。

 シナリオが頭に有っただけに、イレギュラーに対して固まってしまった二人も、痛い程に分かってしまった筈だ。


「ぐ……武志の癖にと言いたいが、尤も過ぎて何も言えん」

「えー! うちの迷宮探訪ナレーターへの道がー!?」


 同じ繋がり故に憧れだと普段から公言している大鳥居京子は未だに諦められずにいたが、茅葺武志と鈴木大臣の二人は呆れた様に首を振った。


「いや、それは無理だな」

「現実を見た方がいい」

「何でよ!」

「それはお前が――」

「「オードリーだとしても屁っブバーン! だからだ」」

「ぷぎぃいいい」


 声をはもらせた男二人の台詞に対する返答が、美女には成り得ない奇声なのがその答えだ。

 しかし、身内ネタで盛り上がってしまった事は、ここまで傍観していて普段からおっとりとしている那須陽一からしてもアウトだったらしい。


「ちょっと、皆!? 配信はもう始まってるんだから!?」

「おっと、そうだったな。

 うむ、そいつはカメラ係の新人――了解だ。

 あー、二上山ダンジョンは観察に留められていた所まで話したか? 何事も無ければそのまま観察を継続となっていただろうが、後で述べるが少し事情が変わった。それで迷宮庁の募集掲示板に調査依頼が出されたのを、この、私達の事務方のリーダーである大鳥居京子が見付けて即決で応募したのが今回の切っ掛けだ」

「報酬がね! 最新のカメラドローンと探索用機器類だったんだよ! 大学生との兼業探索者には願ったりだけど、私達が採用されたという事は、既にプロになっている人達には美味しく無かったんだね!」

「この通り明るく一見もてそうだが、君らも直ぐに思い知るだろうが時々酷くうざい。オードリーだが屁っブバーンというのはそういう事だ。美女には成り切れない女だな」

「酷いよーーっ!!!」

「結果として、地道に活動してきたのが評価されたのか、私達“武侠・太陽の恵み”がこの依頼を勝ち取った。そして調査を始めるに当たって、どうせなら報酬と同じこの調査用のカメラドローンを用いて、専門家が居る内にお試しで配信して、配信する際に問題になる点などが無いかを確認したいと迷宮庁に提案した。許可されるかは五分五分だったが、採用されての今の状況だ。と言っても、ここは私達のチャンネルでは無いから、実際に私達がチャンネルを開設する際には改めて案内の必要が有るがな。

 因みに俺は事務方で言うならナンバーツー。ダンジョンの中でなら斥候の鈴木大臣。大臣で名前だが、ダイと呼んでくれ。余り自分の名前は好きでは無い。

 割って入ったそこの大男――説明ではAIが全天球カメラから適切な画角を切り出して配信しているとなっているが――ああ、映っているならいい、その男がダンジョン内でのリーダー、茅葺武志。その前に喋っていたのが、その妹の術師で茅葺恵美。後、弓士の那須陽一がパーティのメンバーだな」

「僕は名前が名前だからね、弓を頑張ってみたんだ」

「ああ、それで――先程から恵美は手を挙げて、何か言いたい事でも?」


 滑走用のハーネスなどを横に置いて座っていた茅葺恵美が、真剣な眼差しで手を挙げていた。


「今は“武侠・太陽の恵み”じゃないよ。武志の武に、京子のキョウ、ダイ、そして陽一の陽で“武侠・太陽”だったのに、私が加わって“武侠・太陽の恵み”になった。

 それなら今は“武侠・太陽の恵みカメ”だよね!」

「…………武志、何とかしろよ、妹だろ?

 それと、うだうだし過ぎだ。初心者講座みたいなハーネスの付け方なんてのは取り止めにして、依頼内容を説明したら直ぐにエントリーするぞ」

「はは……切り抜きしないと、駄目だよねぇ」

「そんなぁ~!? 記念すべき初回配信なのに~!!」

「うざいっ!

 ……ま、こんな感じで屁っブバーンな訳だ。ガチ恋勢みたいな面倒なのが出て来そうに無いのが利点だな。

 ――それから、恵美の方がもっと酷いから気を付けろよ? あれは陰陽師の逸話に感銘を受けて、ネット回線越しに呪える対象が現れるのを、常に虎視眈々と物色中だ」


 言って、鈴木大臣はこっそり溜め息を吐く。

 そっと取り出したスマホを見る限り、身内と迷宮庁関係者以外の視聴者は十名も居なさそうだが、映像を残しておくなら随分と編集が必要だろうから。



 ~※~※~※~



「くっ……ぐだぐだやな」


 モニタールームで流れてくる映像を見ていた六人の内の一人が、思わずといった感じで失笑する。

 四人は、二上山迷宮管理局の縫い取りがされた作業着を着た男三人の女一人。

 二人は、スーツ姿の男女だ。


「彼らのチャンネルを作って、そこで配信して貰った方が良かったかな?」

「構わんさ。鈴木君が言った様に、残しておく映像には編集を入れて、元のデータは彼らに渡すのが良いな」

「チャットにも売り込み掛けているのが居ますけど、どうします?」


 正面のモニターには、配信の映像と、チャット欄をそれぞれ分割しての一画面ずつ。更に、各種センサーからのデータを二画面分。合わせて四つの画面が映し出されていた。


“またブバーンの暴走か? 毎度ご苦労様だな。”

“いや、ブバーンは配信なんて言い出さないよ。番組風にしようとした犯人はブバーンだろうけど。”

“京子ー! さっきから何も喋ってないぞー!”

“あかん。奴らコメント見てへんぞ? 配信者に有るまじき(・д・)”

“局員さ~ん。映像編集依頼されたらするよ~?”

“あ、抜け駆け!? はいはいは~い! 私もー!!”


 開始当初は迷宮庁のサイトと知って礼儀正しくを心懸けていたらしいチャットの書き込みも、ぐだぐだな展開に引っ張られたのか身内晒しの緩さが漂ってきている。

 本当に、身内以外が居そうにないのも、その傾向を助長しているのだろう。


「編集は、専門の部署が有るから無しだな」

「しかし、見に来てんのが少な過ぎひんか? ――まぁ、うちのホームページ見に来てくれる人も居らんやろし、宣伝もしとらんけども」

「……迷宮庁サイトのトップに、配信中と、リンクを貼ってもらうか」

「はいはい、じゃあ、“映像は専門の部署で編集予定。この配信の宣伝も迷宮庁サイトトップに入れるのでどうぞお淑やかに。”――と」

「ぶっ……お、お淑やか、に?」


 噴き出した局員だけでは無く、燃料を投下されたチャットも盛り上がる中、画面の中では漸く調査メンバー達がダンジョンへと向かおうとしていた。



 ~※~※~※~



「さて、気を取り直して進めよう。

 いや、本当に、発起人では無く何故私が仕切っているのかと思うが、進めよう。

 放置していても問題無さそうな、寧ろ調査に入る事で活性化させてしまうリスクも有るのに、結局調査が必要となったのは、先程恵美が言った丁種迷宮で確認された或る現象が有ったからだ。

 小動物しか入れない様な丁種迷宮でもは起きる。実際、管狐と思われる生き物も既に確認されている。しかし、小動物型の魔物程大きさは区々まちまちで、ダンジョンの入り口を潜り抜けられない大きさの魔物が発生すると、ダンジョンは糞詰まりを起こして、は起きていないのに、魔力濃度は高まるという現象が起きる。

 通常、ダンジョンの入り口から吐き出されている魔力濃度は、甲種迷宮で1ymヨーム以上、乙種迷宮で0.8ym程、丙種迷宮で0.4ym程になり、丁種迷宮では0.2ym以下だ。

 しかし糞詰まりを起こして魔力濃度が膨れ上がり、元の二倍程度になった丁種迷宮が、その入り口を一時的に丙種迷宮程度に拡大させ、中身を吐き出しすっきりしてから元の丁種迷宮の大きさに戻ったとの事象が観測された。

 大問題だ」


 後ろでごそごそとハーネスを点けている茅葺恵美とその兄が、「あれはまだ正規のメンバーでは無いからパーティ名もまだ変えないぞ」とか、「それなら正式加入する時用に名前を考えてあげないと」とか喋っている前で、鈴木大臣はそのイケメンぶりを発揮する。

 女性陣には心配無くても、鈴木大臣にガチ恋勢が湧きそうな様子だ。


「小学校でも習う通りに、出現したダンジョンが邪魔だからと埋めても、その場所からは消えて別の場所に再び出現する。ここから見えている通りに、柱の上に入り口が在っても中にダンジョンが広がっている事から、ダンジョンは別次元に在ると考えられている。

 今、丙種以上のダンジョンは、防御機構と組み合わせる為に入り口の在る台座はぎりぎりの大きさだ。丙種のダンジョンも一時的な拡大を起こすのだとすれば――。

 狭い台座が拡大を抑える役目を果たすのか、ダンジョンの入り口を維持出来ないとされた瞬間にダンジョンが別の場所に転移するのか。

 前者で在れば問題無いが、後者の場合のリスクは取れない。

 二上山ダンジョンの魔力濃度は、0.4ymよりも高い0.6ymまで上昇しているが、ここ十年近くその数値で安定している。しかし、それで安全とは言い切れない。

 故に、調査し、必要ならばガス抜きをする。

 ――では、行こう」


 横目で茅葺恵美の準備も整ったのを見て、鈴木大臣は迷宮の入り口へと張られたロープの根元へと移動する。


「ロープスライダーやジップラインと呼ばれる遊具と基本的には同じだが、ダンジョンに入る為のこれはエントリーコードと呼ばれている。から逃走しながら飛び付いても固定出来る金具も緊急用に採用されているが、基本はがっちりと固定する方の金具を使う。準備が整えば自分で足を踏み出してから足を上に引き付けろ。何か異状が有ればロープに飛び付く必要が有るが、これは講習で何度も練習させられる。

 ――カメラは私の胸の辺りに……中々優秀なAIだな。

 此処に限らず他のダンジョンでも、その日の一番乗りをする機会は少ないだろうが、通常斥候が先ずエントリーし、安全確認が出来次第、タンク役がエントリーしてダンジョン内での安全確保をする。その理由は斥候の方が身が軽いからだな。

 では滑走する」


 殆ど鈴木大臣は解説のプロと化して、パーティメンバーの様子を気に留める事無く、ダンジョンへのエントリーエントリーコードでの滑走を開始した。

 数秒で百メートル少しを滑走した鈴木大臣を見送った茅葺武志だったが、直ぐに気が付いて自らのスマホを取り出した。

 妹に設定して貰っていたアイコンを押すと、配信の様子が流れてくる。


『――柱上に着地したなら、金具を案内に沿わせながら素早く発着場を離れろ。金具をハーネスから切り離すのは、ダンジョンに入る直前だ。解放されているダンジョンでは、ダンジョン内部に設置されたカメラ映像がモニタに映し出されている。退出者優先だから突き飛ばされて墜ちたとしても自己責任だ。故に、入る直前まで金具は切り離してはならない。

 発着場は大抵入り口の左側面で、入り口前は狭く危険だ。入り口前では両脇に立っているポールを掴め。入る時も出る時も左手でポールを掴む。侵入時はエントリーコード側から見えているが、退去時は入り口の裏側を回る事になる。ハーネスと繋ぐ金具は無いが、安全の為に安全帯のフックを用意している探索者は多い。くれぐれも墜ちるなよ?

 因みに、今回貸与されたカメラドローンは、電源を切らずともそのままダンジョンに侵入出来るのを売りにしている。

 これも知られている通り、ダンジョン内に電子機器を電源の入ったまま持ち込もうとすると、故障するか再起動が必要になる。ダンジョンの中から外には電波も通るが、外から中には電波も電流も流れない為だな。内部から映像を届ける事は出来るが、中に入ってしまえば外からの信号は受け取れない。

 よし、カメラ。ダンジョンに侵入し、定められた通りの環境測定を実施。魔物の姿も無く問題無ければ待機。問題が有れば脱出しろ』


 完全に鈴木大臣チャンネルになっているのを見て、茅葺武志は不満そうにごちる。


「あいつ、分かってねぇなぁ。新人のつもりでと言った筈だが、思いっ切り下僕扱いじゃねぇか」


 その妹の茅葺恵美も不満気だ。


「カメラって可愛くない~!

 カメちゃんだって言ったのに!」

「……言ってたっけ?」

「でも、ダイはカメって呼び捨てにしそうな気が」


 配信と実際の鈴木大臣の様子を注視する茅葺武志の後ろで、カメラドローンの愛称決定会議が始まろうとしていた。


「呼び捨てしても可愛い名前……」

「パーティ名に加えるならそれもだよ」

「カア、カイ、カウ、カエ、カオ、カカ、カキ、カク、カケ、カコ、カサ、カシ――」

「京子先輩、何してるの?」

「え、口に出してみれば分かるじゃ無い。今の所、候補はカイね。太陽の恵みかいって、語呂も多少はいい感じだし?」

「あ! えと、あ、い、う――」

「おい、合図が来たから、先に行くぞ」

「あっ! 準備します! 京子さん、最終チェックお願い!」

「ん、――滑車良し! 金具、良し! ハーネス良し! ――」


 そんな三人を置いて、茅葺武志もエントリーコードを滑走する。

 着いた発着場を手早く離れ、入り口横のポールを掴む鈴木大臣と並んだ。


「待たせた。状況は?」

「予想された通りの餓鬼窟っぽいが、油断は大敵だ。ガス成分も問題無し」

「なら突入するか。――こちら武志。今から突入する」

『了解。状況はこちらで確認しているが、ここから先は君達の判断が全てだ。異状が有れば撤退も視野に入れて調査せよ』


 配信していても、それとは別にインカム通信機は着けている。と言うよりも、探索時にはそちらがメインだ。

 直ぐ様許可が下りたのを確認して、茅葺武志はハーネスの金具を外しながら、ダンジョンの黒い壁の様な入り口へと飛び込んだ。


 飛び込んで直ぐに数歩前へと進み、其処で背負っていた盾を構えて前方を警戒する。

 入り口直ぐは洞窟の一本道。確かにそれは餓鬼窟の特徴だが――


「フンフン……フン……匂いがしねぇな?」


 訝しく思っている内にも鈴木大臣が続き、直ぐに那須陽一、茅葺恵美、大鳥居京子と続いた。


「状況は?」


 鈴木大臣に問われて、茅葺武志はかぶりを振る。


「餓鬼窟……では無いかも知れん」


 その言葉に、パーティメンバーの視線が集まる。


「匂いがな、餓鬼共の匂いがせん。体臭ってのは結構分かるもんでな、自分達では匂いが無いと思っている日本人でも、海外に行くと沢庵の匂いがすると言われたりもする。

 更に不潔な餓鬼共の匂いがこうも感じられないのはおかしい。

 気を付けろ。餓鬼と思っていては判断を間違えるぞ」


 入ってみて始めて実感したダンジョンの異状。

 探索時のリーダーを務める茅葺武志は、今にも胃が痛みそうな気がして、そっと胃の辺りに手を伸ばすのだった。

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