第21話 『王様と金糸雀』

 むかしむかし、あるところに金糸雀がいました。


 金糸雀はとても美しい声で鳴くことができますが、それは上等な金の粒を食べた時だけ。


 その声は評判でしたが、金糸雀は気位の高さから様々な飼い主に疎まれ、転々と渡り歩いていました。


 ある時、金糸雀は王様の所へ連れていかれます。


 王様は王様ですから、山ほどの砂金の粒を持っていました。金糸雀は金の粒を食べて、檻の中で思う存分歌いました。

 王様は金糸雀の声を気に入り、そばに置くことにしました。


 ある時、金糸雀が話をし始めました。


「わたしは、昔、人間だったのです」


 人間だった時の金糸雀も美しい声を持っていましたが、悪口を沢山言って沢山の人を傷つけました。

 だから鳥に姿を変えられてしまったというのです。


 自分を真に愛してくれる人が現れれば、金糸雀の呪いは解けます。だから、沢山の人に金糸雀は愛を囁いてきました。


 その話を聞いた王様は言いました。「そうか、あなたが鳥でよかった」と。


 金糸雀は怒って鳴きました。けれど王様は笑います。


「私は、人間の言葉が何も信じられない」

 それは、とても悲しい笑みでした。


「だから人のあなたのそばにはいられなかっただろう」


 ある時、王様にとてもつらいことが起こります。

 家来の一人が王様を殺そうとしたのです。

 王様はその家来を牢に閉じ込めました。


「ほうら、人は簡単に人を裏切る」

 王様はまた悲しく笑いました。


 金糸雀はこの時、我が身が人であったらよかったのにと思いました。


 王様を抱きしめてあげたかったからです。鳥のままでは、王様を抱きしめることはできません。


 けれど、人である金糸雀の言葉を、王様は信じてはくれないでしょう。


 金糸雀は歌うことしか出来ませんでした。けれど一生懸命歌い続けました。

 やがて金糸雀の歌に心打たれた王様はこう言います。


「どんなときもあなたが私のそばにいてくれた。その声は私の光で、空で、海で、この世界を照らしてくれた」


 王様は鳥籠の扉を開けて、その手の上に金糸雀を乗せます。


「ありがとう」


 そう言って、王様は金糸雀にキスをしました。

 そして金糸雀の呪いは解けて人間に戻り、二人はずっと幸せに暮らしました。






「『お話はこれでおしまいです』」

 そう言って、ぱたり、とシャルロッテは本を閉じた。


 長い金色の睫毛が揺れて、リチャードがゆっくりと目を開ける。緑の瞳はまだ物語の中にいるようで、微睡まどろんでいるような、独特の憂いがある。


「ありがとう、シャルロッテ」


 にこりと微笑む様に、シャルロッテはまたうっかり魅了されてしまいそうになった。


 いけない、とぶんぶんと首を振って、シャルロッテは朗読の間ずっと考えていた問いを彼にぶつけた。


「リチャードさん」

「はい、なんでしょう」


「このお話、どう思いましたか?」


 『王様と金糸雀』

 これは実は、シャルロッテが考えたものだ。


 ヘンリエッタからストールを盗られた後、そのことばかりが頭の中をぐるぐると回って、気づけばガリガリと机に齧りついて書き終えていた。


「そうだな……」


 自分の書いたものだと素直に白状して、誰かに読ませるのは気恥ずかしい。

 けれどリチャードが相手なら、シャルロッテが何の本を読んでいるのかは分からない。だから、読み上げているふりをして、ずっと自分の考えた物語を話した。多分彼は気づいていないはずだ。


「やさしくて切ないお話だと思います。僕は、好きですよ」

 いつもと変わらない、リチャードの無難な感想。


「シャルロッテは気に入らないんですか」

「というわけでもないですけど」


 自分の考えた話は、いつだって自分の好みだ。だから、気に入らないというのとは少し違う。


「なんというか、金糸雀にばかり都合がいい気がして」

 そう、そこがずっと気になっていた。


 金糸雀が何をしたというのだろう。小鳥としてぴーぴー鳴いていただけだ。それなのに、彼女は欲しいものを全て手に入れる。虫が良すぎるのではないだろうか。


「王様と一緒に暮らすなら、金糸雀はお妃様です。ただの小鳥だった人に王妃が務まるでしょうか?」

「その辺りはきっといい教育係がいます。大丈夫ですよ」

「そもそも、鳥にキスしようかと思いますかね?」

「野獣にキスする美女のおとぎ話が成立するのならば、何の問題もないと僕は思いますが」


 それはこの前シャルロッテがリチャードに読み聞かせたお話の結末だ。そう、『王様と金糸雀』はそのままあの話の二番煎じだ。そういう底の浅いところも、気に入らない。


 おとぎ話に現実の事情を持ち込むのは、無粋だとシャルロッテも思う。

 けれど自分の考えた話なのに、これではまるでシャルロッテが駄々をこねているようだ。シャルロッテは頬を膨らませた。


「まあでも、王様も傲慢な人ですからね。全部がうまくいくとは、限らないかもしれない」

 リチャードは遠くを見つめて、そんなことを呟いた。


「どうしてですか?」


「人を信じられないのは彼自身の問題であって、他人のせいではないので。それに気づけない限りは、何度繰り返してもずっと同じです」


 リチャードの声には、僅かに突き放すような響きがあった。俯いたかと思うと、ぎゅっと握りしめた右手を見つめている。端整な顔にわずかに翳りが差す。


「それに、金糸雀を檻の中に閉じ込めている自分に気づいていないから」


 シャルロッテが首を傾げると、リチャードは静かに続けた。


「金糸雀のままでも彼女は広い空を羽ばたけるかもしれないのに、その声欲しさに閉じ込めている。それは紛れもない傲慢ですよ」


 それは果たして本当にリチャードの言うように、傲慢なのだろうか。シャルロッテには判断がつかなかった。


 自分はただ、必要とされてそばにいられるのなら幸せだろうと思って、金糸雀のことを書いただけだったのに。


「リチャードさんなら」

 代わりに、こう尋ねた。


「金糸雀をどうしますか」


 やさしいこの人は、一体金糸雀に何を望むだろう。


「僕なら、ですか」


 問うてしまってから、シャルロッテは急にその答えを聞いてしまうのが恐ろしくなった。


 ただのおとぎ話のはずだったのに。それはまるで自分のことのように眼前に迫りくる。


 緑の目は天井を彷徨うようにして揺れる。シャルロッテはそれを、固唾を飲んで待つことしかできなかった。


「さあ、どうしましょうか」


 普段どんな難題にも明快に答えを示してくれるこの聡明な男は、珍しく回答を濁した。


「手に入れたと思うものを手放すのには、勇気がいりますからね」


 ただ一言そう呟いただけで、シャルロッテにはリチャードが本当は何を考えているのかは分からなかった。

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