「昔ゲーム会社で起きた奇妙な話」




以下の内容はnoteにおいて2023年ごろに投稿されていた記事です。(現在は削除済)




 この話について、記事にするかどうか悩んだけど、最近井上さんの作品が話題になっている中で気になっている方も多いと思い、こちらに記載することにした。

 主に99年頃の話になる。



 当時はゲーム業界もそこそこ安定している時期だった。俺は同時大学生で、ドラクエにハマっていたこともありゲーム会社に就職しよう、と考えていた。

 エニックスには落ちたけど、ある会社に内定を取ることはできた。

 特定されたくないので、以後A社と表記する。

 そこは90年に創立された会社で、先見の明があったのか最初からゲーム事業に焦点を当てていた。自分もこの会社のゲームは気になっていたので入れて喜んだのを今でも覚えてる。


 入社したのは97年の春。同期は俺含めて3人だったけど、後の二人は俺より2つ年上だった。

 その会社で任された業務は、まさかのプログラマー。俺はパソコンなんてほとんどいじったことがなかったし、機械には疎かったから嫌だったけど、その同期と一緒に学んでいく中で、そこそこ扱えるようにはなった。

 運が良かったのは、そのゲーム会社はサウンドノベルゲームを中心にしていたこと。マリオだのドラクエだのみたいに複雑なプログラムはいらないし、その道を生業にしてる人には「バカにするな」と言われるかもしれないけど、まだ楽だった。


 そんな中、98年に新作ゲームの企画がスタートした。もちろんこれもサウンドノベル。

 しかもディレクターが言うには、この新作には当時ドラマなんかでバリバリ活躍してた脚本家の井上猛先生を起用するって話らしい。

 俺はその人のドラマのファンで、すごく嬉しかったのを覚えてる。


 そういうわけで井上先生を招いて、ついにゲーム制作が動き出した。

 制作が始まった時、すごく驚いたことがあるんだよね。それが井上先生が女性だったっていうこと。

 名前が猛(タケル)なわけだから、男だと思ってたわけですよ。それが女性だったという衝撃が今も鮮明に記憶に残ってる。


 それで井上先生がシナリオを途中まで書いてくれて、それに合わせて俺たちはゲームを製作してた。発売予定時期は99年の夏。

 けど99年になった途端、井上先生からの連絡が一切無くなった。

 98年の秋ごろから先生が体調不良で顔合わせする機会がなくなっていったので、その頃からあった漠然とした不安がはっきりとしたものになった。


 もちろん連絡が取れなければゲームの製作は滞るし、先を作ろうにも作れない。

とかいいながら、俺たちはテキトーに先まで作っておいたんだけどね、有能だから。


 けど井上先生からのシナリオが無ければ、進めても完成まではこぎつけられない。これにはディレクターも、当時の社長も頭を悩ませていた。

 ところが、ようやく春になって井上先生との連絡がついた。俺は結局会わず終いだったけど、その時も先生は元気がなかったらしい。


 だけどシナリオはちゃんと作っていたみたいで、それを送ってくれた。

 でも送られてきたシナリオは正直、いままでの井上先生の作風からは大きくかけ離れたものだった。


 まず、当初のシナリオでは、主人公が学園で起きた殺人事件を解決していくっていうミステリーものだったんだけど

 新しく来たシナリオでは2章以降がめちゃくちゃトんでて、宇宙が舞台になったり、突然ヒーローものになったり、病院を舞台としたホラーものだったりと

 まったく訳の分からないものになってた。整合性なんて一つもなかったね。


 けどディレクターはそれでも作らなきゃいけない、ってなって、俺たちは連絡がつかない間に進めてた学園のデザインを全部捨てて、それらを作り始めた。

 再スタートした直後だったかな、いわゆる心霊現象っていうのが起き始めたのは。


 当時は今ほど厳しくなかったし、会社に泊まり込みで仕事するなんてザラにあった。

 そうやって夜中泊まり込みをしていると、どこからか泣き声が聞こえてくるんだよ、赤ちゃんの。


 近くに託児所なんてないし、保育園や幼稚園も無い。周りにあるのは会社とか居酒屋が入ってるビルだけで、子供が日常的にいるような場所じゃない。

 そんな場所なのにずっと子供の声が聞こえて来るもんだから、もう不気味で不気味で仕方なかった。


 同僚もただでさえ住み込みで疲れが溜まっているっていうのに、心霊現象のせいで余計に休むことも出来なくなっていくことに苛立ちを感じてきていた。

 その時だった。同僚の一人が「あああああーーっ!!」って叫びながら、デスクの上のパソコンを破壊しだしたんだよ。


 まぁ、翌日クビだよね。


 けどそれから子供の声がピタッと止んだんだよ。幽霊だったとしたら、アイツに怯えて悪さしなくなったのかな?なんてもう一人の同僚と語っていたら、

 今度は俺たちの方に「なんでアイツを止めなかったんだ」っていいがかりを社長につけられたんだよ。


 おかしいだろ? ってか、普通に止めたし。

 その言いがかりが原因で、99年の冬、俺たちはクビになった。


 結局、俺たちが作ってたゲームは世に出ることはなかった。体験版は出したけどね。

 まぁあの会社のことだし、開発する人員も無くなって回らなくなったんだろうね。


 それから同僚とは縁が切れたけど、俺は別のゲーム会社に入って今でもゲーム作ってる。インディーズでね。


 正直、ここまで聞いて別に怖くもなんともないと思ったでしょ? よくある話だって。



 俺が背筋を凍らせたのはつい最近の事。

 近くに用事があって、ついでにそのゲームを作ってた当時のオフィスがある、新宿のとある雑居ビルに久々に行ったんだよ。


 最初は記憶もあいまいだし、探し出せるかわかんねえなと思ってたんだけど、一目見てそれがあのビルだって分かった。

 不思議なのが、そのビルの周りだけ人が誰も居ないことなんだよ。

 しかもそこ、結構繁華街でさ。そのビルから少し離れたところはあり得ないぐらい人がいるわけ。

 なのに雑居ビルだけ、まるで全員本能的に避けているのか誰も近づかない。

 歌舞伎町って知ってるかな。ああいうヤクザだとか、違法な薬を売ってるような「明るい怖さ」なんかとはベクトルが違う「暗い怖さ」がそのビルだけを纏ってた感じ。


 でもそのビルは一切の無人ってわけじゃなかった。一つだけ明かりの灯ってた階があったんだよ。

 中に入る勇気は無かったから、外からその部屋を眺めてた。

 するとそこの窓が開いて、男の人がまっすぐこちらを見てきた。


 分かったよ。その男があの時の「社長」だって。


 気まずいとかじゃなくて怖かった。だってそこに入ってたA社は既に潰れてるんだし、尚更そこに居る必要性がないから。

 俺は腰を抜かして、社長を見つめてた。すると社長は俺の方を見ながら口を動かしたんだよ。

 俺に読唇術なんて無いからなんて言ってるかは分からなかったけど、三文字、確かに三文字何かを言ってたのは分かった。


 数分そんなにらみ合いが続く中、ようやく体が動かせそうになったんで、俺はそこから走って逃げた。

 途中ヤクザっぽい人にぶつかったけど、それすらどうでもいいって思えるぐらいの恐怖だった。


 その後、もしかして……と思って調べたけど、社長は死んでないらしい。今も存命だ。

 だとすると、尚更怖くなってくる。なんであのビルにまだいるのか? なんで当時と同じオフィスにいるんだ?

 もちろんA社の現在についても調べた。案の定潰れている。


 この真相については、正直あまり調べたくない。だって、あの時見た社長は普通じゃなかった。おかしかった。

 そんな人の事を調べるのは命に関わるかもしれない。


 だからこれ以上の詮索は辞めた。もしこのnoteを見て気になる、という方が居たら自己責任で調べてくれ。俺を巻き込まない程度にな。


 そして最後に、新宿に誰も寄り付かない雑居ビルがあったら、近づかない方が良い。

 寄り付かないっていうのにはそれなりの理由があるものだ。

 たぶん、みんな本能的なものでそのビルを避けているんだろう、危険だから。


 少なくとも俺は、あのビルにはもう近づきたくはない。



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