第31話 前哨戦


 追い込まれた桑宮はタイムをとり、打席から出て、複数回深呼吸をする。


(ダメだ……打てる気がしない……いやだ……こんなところで負けたくない。打ちたい、甲子園六連覇もかかっているんだ。こんなところで負けちゃだめなんだ。どうにかしないと、でも、どうすれば……ああ、もう、くそぉ……打ちたい。勝ちたい。負けたくない。そのためなら、なんだってできる。神様、仏様、お願いします。なんだったら、悪魔でもいい。勝たせてくれるなら、魂でもなんでもあげるから、どうか、僕に力を――)


『言ったな』


「え?」


『悪魔に魂をささげてもいい。心の底から明言したな』


「え、なに? 誰? 幻聴? いや、確かに聞こえ――」


『OK、取引だ。打ってやるから、その体……よこせ!!』


 ★


 ついにアクビがこぼれてしまう。

 トウシは主審に背を向け、グラブで口を隠す。


 気の抜けた顔で、


(あと一球、さっさと終わらせよ)


 前を向くと、そこで、


(……ん?)


 ゾクリと、背筋が震えた。脳みそが警戒アラームを全開で鳴らしている。


(なんだ? 雰囲気が、おかしい。いったい、何が……あぁ?!)


 気づく。桑宮のバッティングフォームが変わっている。目力も違う。


(お、おいおい、ちょっと待て……それ、ミシャンドラの構え………………ちっ、マリオネットゲイザーか!)


「た、タイム!」


 トウシは、即座にツカムを呼び出し、


「ミシャンドラに、ふざけんなって言ってくれ」


「は?」


「ワシ、今、テレパシー使えへんねん。通訳してくれ」


「なんで、使えないんですか?」


「ええから、はよ」


「……は、はぁ………………はい、つながりました。『なんのことかサッパリ分からない。そんなことより、取引内容を忘れるな』だそうです。どういう意味ですか?」


「ふざけやがって……くそがぁ……」


「おーい、どうしたんですかー?」


「戻ってええ。ちょっと集中させてくれ」


「はぁ? ……はぁ。まあ、いいですけど」


 そう言って戻ろうとする背中に、


「本気のキャッチングしてくれ」


「……は?」


「ここからは、デビルの力全開で捕手をやってくれ……頼む」


「……ま、いいですけど」


「助かる」


「じゃあ、戻り――」






「ツカム」






「はい?」


「ワシは自分の性格知っとる。こんなヤツとは誰もまともには付き合えん。お前ら二人がめっちゃ我慢しとるんは分かっとる。ようついてきてくれた。本気で感謝する。すまん」


「僕、トウシくんのこと嫌いじゃないですよ。……ホウマさんもそうみたいですね」


「あ?」


 ツカムの視線を折ってみると、ベンチのホウマが、


「ぴよぴよ(トウシくん! ねじふせてみせてよ! 『そいつ』が相手でも、あなたならどうにかできるでしょ)!」


 異常に勘のいいホウマは、どうやら、状況を理解しているようで、


「ぴよぴよ(あなたは私が認めた数少ない男の一人。悪魔程度にビビるな!)」


「――と、言っています」


「……やかましわ……アホが」


「己の評価を下げたくないので、人前では付き合えませんけど、トウシくんは、一緒にいて普通に面白いです。僕もホウマさんも、どうやら、凡人より変人の方が面白いと思う性質(たち)らしいですね。じゃ、戻ります」


 そう言って戻っていく背中を凝視する。


「……ちっ」


 思わず天を仰いだ。


(あの二人が一緒に選ばれたという幸運には感謝せなあかんな)


 フゥとため息をついて、


(しかし、なんで、ミシャンドラはワシの邪魔……ん? ………………ぁっ)


 そこで、電流走る。


 頭の中で、明確な答えにつながった。


(ワシはアホか? 悪魔側だけが人間を使わなあかんなんてルール、ある訳ないやないか。そこに気づいとれば……いや、どっちみち、今回の件がないと確信には変わらんかったか。そして、つまりは、そういうことや)


 つい、ニヤっと笑ってしまった。


 グっと拳を強く握る。




(やっぱりワシは、選ばれとった)




 マウンドを丁寧にならす。ここから先、僅かなミスも許されない。


(おそらく、ワシは、神側のエース……ふ、ふふ……)


 つい、


「ふはは!」


 笑みがこぼれる。


(いかん、いかん)


 すぐに自分を諫め、


(となれば、モチベーションが変わってくる……前哨戦と行こうやないか、ミシャンドラ。心配せんでええ)



 『一時的に人間に戻す代わりに、負けたら即魂没収』



(取引内容はしっかり覚えとる。震えるやないか……死ぬか生きるかという極限の勝負を、それも悪魔とできるとはな)


 トウシは、スゥっと息を吸って、


「このワシが、おまえ程度に負けるわけないやろ、ボケがぁ」


 集中力をバキバキに上げる。

 アドレナリンが大量に分泌される。


 恋愛にも似た昂揚感。

 実際、トウシの頭の中ではフェニルエチルアミンが大量に分泌されていた。


 極限の集中モード。完璧な状態。

 それを見て、ミシャンドラは舌を打つ。


(なるほど。恐れがまるでない。神が言う通り、極限状態で気力を爆発させられる投手は、確かに魅力的だ。頼もしい投手の存在はチームの底力の程度に深く密接している。だが、勝てんよ。お前は所詮、器用にストレートを投げ分けられるだけのクソ遅いカスだ)


 ミシャンドラも集中する。デビルチームのキャプテンを任されているのは伊達ではない。集中力も技術も人間の比ではない。


 投じられた球は、アウトローの0シームジャイロ。

 ファールにさせるための球だと、すぐに認識できたが、


「ちっ」


 ミシャンドラは深く息を吸う。


(思ったよりも、この人間(桑宮)の性能が低い……マリオネットゲイザーは、操れるだけで、肉体スペックまでは変えられない……デビルの力も使えない。いや、だからこそ、証明になるんだ。同じ条件(人間)だからこそ、どちらが上かハッキリする。教えてやるよ。お前は俺より下だ。つーか、悪魔が人間に負けるわけねーだろ)


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