第14話暁 樹理亜
「なんつーか、あの田中ってヤツ、マジ終わってるよな」
クラスカースト一位の渡辺の言葉に、
取り巻き連中(男三人女二人)が一斉に首をたてにふった。
教室で一人昼食。
それは、スクールカーストというシステムが明確に働いている空間では、決してやってはいけない愚行。
もし、対策なく実行してしまうと、現状のトウシのような惨劇が待っている。
「あいつ、マジきもいんだけど」
「なんつーか、全体的に奇妙だよな」
「一生童貞って感じ? あはっ」
「てか、マジでさー、なにが楽しくて生きてんのかわかんないよねー」
「まあ、確かに空気は読めていませんね」
ツカムのその発言は、場のノリに仕方なく合せている訳ではなく、純粋な本心からの言葉。
(トウシくんは天才級に頭がいいはずなんですけどね……どうして、あそこまで、日常ヘイトを集める愚行を繰り返すのでしょう……意味がわかりません)
「便所で昼飯食うヤツって、かなりヤバいヤツだとは思うけど、でも、田中と比べれば、そいつら、はるかに常識があるまともなヤツだと思うよな」
「てか、実際、友達いないって意味わかんないんだけど。普通に生きていたら出来るくない?」
「つまり、普通じゃないってことなんじゃない? あはっ」
「ま、普通じゃないよねー。あの人、目とか超怖いんですけどー」
「危ない人とかではないんですけど……まあ、普通ではないですね」
「なんだよ、佐藤。あいつのこと知ってんの?」
「同じ野球部なんですよ。まさか、あの人が入部してくるとは思っていませんでしたので、大変驚きました」
「え? てか、佐藤って野球部なの?」
「ええ、そうですよ。といっても、ジム感覚ですけどね」
「なんじゃ、そら」
「ウチの野球部は練習が週に二回なんですけど、練習の日は、トレーニングルーム使い放題なんですよ。そこにひかれましてね。ほぼダイエット目的です」
「ひゃはは! どんな理由で野球部入ってんだよ! てか、ここの野球部ハンパねー。練習、週に二回かよ。初戦で確実にコールド負けしてた中学の時の野球部でさえ、一応、練習だけは毎日やってたぜ」
「まあ、人数も揃っていないような部ですからね。ナベくん、どうです? 今なら、試合の日に遊びにくれば、出場できますよ」
「わざわざボコられになんか、いかねーよ、バカか。俺はマゾじゃねぇーんだよ」
「あはっ。てか、ほんと、すごい部だね! おもしろすぎ! むしろ、逆に応援行きたいくらいなんだけど!」
「どうにかまともな試合になりますように、って応援する感じ? 超ウケるんですけど」
一旦、野球部の話に移ったが、
「てか、田中って、部ではどうなの?」
「どうといわれましても……うーん、まあ、普通に無視されている感じですかね。僕は、一応、キャッチャー志望なので、投手志望の田中くんとは、ちょこっとだけ話したり、一日に数球、お遊び程度に受けてあげたりしていますが」
「あはっ。佐藤くん、ポジションが体型通りでウケんだけど」
「え、てか、あいつピッチャーなの? あんな細っけーヤツには無理じゃね? てか、ぜってぇできねーだろ」
「球はクソ遅いですが、でも、コントロールはいいですよ」
「うわー、ぽいぽいー。どのスポーツやらせてみても、なんか、そんなポジションにいそうだよねー。力はないけど、小技はちょっとだけマシ、みたいな?」
「実は一番つかいものにならないヤツね、あはっ」
「コントロールだけちょっといいとか、むしろ、男の評価的にはマイナスだな。マジで、あいつ、なんかいいところあんの?」
「一生童貞どころか、この先、女子にわずかな好感をもたれることさえありえなさそうなんですけど、マジで超ウケる」
「一人でいること自体は別にいいんだけど、あいつは、なんか、違うんだよなぁ。ほら、このクラスでも、暁樹理亜とか、いっつも一人だけど、あいつは孤高の美人って感じで、なんか、むしろ一人でいてこそ映えるって感じで良いじゃん」
「あいつなぁ、いいよなぁ。めっちゃ近寄りがたいけど、そこがいいみたいな?」
「確かに美人だよねー、でも性格悪そー」
「でたよ、女の嫉妬」
「ちょっ、嫉妬とかじゃねーから。変なイメージつけんなし」
「ははっ。まあ、確かに、暁さんは、雰囲気が独特でいいですよね。はかなげな感じとでも言うのでしょうか。まあ、容姿だけでいうと、古宮さんの方が上かもしれませんが」
「は? 古宮より、暁の方が上じゃね?」
「おめーは、黒髪ロングで目が切れ長だったら誰でもいいんだろ」
「それだけじゃねぇよ! 手足の長さだってかなり重視してっから!」
「なにを自慢してんだよ」
「容姿だけでいうと、一組の鈴木宝馬って子もよくね? めっちゃスタイルいいし、顔も整ってた」
「ああ、あの子ですか。野球部のマネージャーになったので、よく知っていますよ」
「マジ?」
「ぶっちゃけ、かなりヤバい子なので、近づかない方がいいですよ」
「ああ、聞いたことあるな。確か、肌がまだらで、常に白目剥いてんだろ?」
「なにそれ、ガチでヤバくない? てかウケんだけど」
「バカ、そのミステリアスなところがいいんじゃねぇか」
「あなたの性癖もなかなかですね」
「うっせぇよ」
「まあ、でも、ウチの高校の容姿トップ3は、確かに、鈴木さん、暁さん、古宮さんでしょうね。マイナス面が少ないことを考えると、古宮さんが頭一つ抜け――」
ガララッ
「ん? おっと……噂していたところに登場しましたよ。古宮さんです。三組の彼女が、ウチのクラスに、いったい、何の用でしょう。なにか、大きな荷物を持っているようですが……」
「おいおい、佐藤。決まってんだろ。俺にコクりにきたんだよ。いやー、モテる男はつらいわー」
「あはっ。ないない。百パーないから」
「てめぇ、陽子、ふざけんなよ」
ヌルくジャレている一軍連中になど見向きもしないで、古宮は、一直線に、目的の男のところまで歩き、
「ふざけたもの食べてんじゃないわよ!」
周りの目など全く無視して、大声で、トウシを怒鳴りつけた。
「……はぁ?」
「そんな、添加物MAXな、クソ以下のモノを食べて、いったいどういうつもり?! ふざけんじゃないわよ!」
「なんで、焼そばパン食うとるだけで、そんなに怒られにゃならんねん」
「今すぐ吐き捨てて、さっさと、これを胃袋に押し込みなさい」
言いながら、トウシの机に、ドンと風呂敷包みの荷物を置いた。
「なんや、これ?」
「一番上の段が昼食で、二段目が夕ご飯。一番下は明日の朝の御飯よ」
彼女が風呂敷をとくと、そこに、どでかい三段の重箱が現れた。
「昨日のあなたの宣言……震えたわ。確かに、あなたの夢と比べれば、数百億どうこうなんて、クソみたいなものね。どうやら私、知らず知らずのうちに、常識という毒に犯されていたみたい。なんで、あんなくだらないことに固執していたのか、今となっては不思議なくらいよ」
(……えぇ……うそぉ……こいつ、まさか……)
「だから、私は決めたの。今後は、あなたの夢が、私の夢。あなたを、万全の状態で神々との試合に送り出すことが、私の夢」
(間違いない………うわぁ……)
「もちろん、あなたの勝利を、あなたのパートナーとして、一番近くで見ることこそが、叶えたい夢の最上位よ。最終目的を見誤ったりはしていないわ」
(こいつ、ほんまもんの……アホの子や……見誤った……)
トウシは愕然とした表情で肩を落として頭を抱える。
(ワシの狂言を、全部信じたんや……こいつ、どんだけ、頭お花畑やねん)
「あなたは人類の代表、究極の高みへと駆け上がる事を宿命づけられた人類史上最も偉大な男……そんな男が……15歳の春という、体作りで一番大事なぁああ、この時期にぃいいい、ふざけたものを食べてんじゃないわよぉお! 食事も鍛錬の一つなのよぉおお!」
「……」
「というわけで、今後は、私が作ったものだけを口にするように。今後は、摂取するものを、すべて、私に任せてくれていいわ。食に関して、私は、オリンピックのチーフ管理栄養士にも負けないだけの知識を有しているから」
「……」
「ああ、安心して。食事だけではなく、水分管理もバッチリやらせてもらうわ。サプリメントにプロテインも、もちろん、最上級のものを的確に用意して――」
「あの……」
「なに?」
「やらんでええねんけど……なんにも」
「ははは! 遠慮も心配もしなくていいわ。あなたは、投げることだけを考えていればいいの。私は、必ず、あなたを、完全な状態に仕上げてみせる。今日から、あなたと私は一心同体。……腕が鳴るわ。私、目標が困難であればあるほど燃えるタチなの。今まで以上に、私の心は熱く燃えたぎっているわ」
暑苦しくギラギラと煌く、野望に満ち満ちた目。
その瞳に、ゴクリと息をのむトウシ。
(うわ、どうしよ……だるぅ)
トウシが、目の前にいる狂った女の対処法を考えていると、
バン!
「この男は、あたしの獲物」
冷たい眼をした女が、トウシの机に勢いよく右手を叩きつけながら、古宮を睨みつけて、
「わけの分からんちょっかいをだすのは、やめてもらえる?」
そう言った。
「……えもの? えっと……ぁの、田中くん?」
突如登場した女――暁樹理亜の不可思議な言動を受けて首をかしげる古宮に視線を向けられ、トウシは、ため息をつきながら、ジュリアの目を睨み、
「樹理亜。頼むから、黙っといてくれ。ただでさえややこしい事になってんから、これ以上――」
「黙れ、ウジ虫。あたしに声をかけるな」
「空気を読めぇ言うてんねん。ウジ虫でもわかることが、なんでお前には、わからへんねん」
「はぁ? 空気ぃ? はっ。空気の読めなさに関しては世界一といっても過言ではないあんたが、どの口で偉そうに――」
「ワシが空気読めてへんからって、お前の愚行を止めたらあかん理由にはならんやろ。アホか、お前」
睨みあう二人を交互に見た後、古宮は、トウシに、
「この子、だれ?」
「同じ中学だったヤツ」
「言動から察するに、ずいぶんと恨まれているようだけれど、どういう関係? まさか、変な事をしたわけじゃ――」
「ふざけんな、クソが。理由なんか無いに等しい。単純に嫌われとるだけや」
「嫌っているのではないわ。殺意を抱いているの。勘違いしないでくれる?」
「はいはい、ごめんなさい。これでええやろ。もういい加減、マジで黙ってくれ。しんどぉてしゃーない」
「トウシぃ……さっきから、あたしに対して、ナメた態度ばっかり取って――」
「樹理亜」
そこで、トウシは、眉間にしわをよせて、ジュリアを睨みつけ、
「ちょっと黙れ。ちょっとでええ。ちょっと考え事する。邪魔すな」
「……」
以後、十五秒間、暁は、殺意のこもった眼で目の前の男を睨みつけはするものの、しかし、決して音をたてなかった。
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