第3話 後ろに傾く人

 岸本は、なぜか少しだけ後ろに傾いていた。電車の中でも、公園のベンチでも、授業中でも。ほんの数度、背中がのけぞるように。


「姿勢、悪くなったんじゃない?」

母にそう言われ、整形外科にも行ってみた。でも、どこも悪くなかった。


ただ、岸本には心当たりがあった。


中学時代、亡くなった祖父の口ぐせで、

「背中で語れる大人になれ」


口うるさい祖父だったが、岸本がつらいときは、いつも背中をぽんと押してくれた。高校受験の前、失恋のあと、部活をやめたとき。


「あのときの、じいちゃんの手の温かさ、今でも、覚えてるな」


ある日の放課後、夕焼けに染まる校舎の廊下で、岸本はぽつりとつぶやいた。


「もう、じいちゃんはいないのに」


その瞬間、不意に背中がふっと温かくなった気がした。


気のせいかもしれない。


でも、岸本は思った。


もしかしたら、自分の背中には今も、誰かの想いがそっと寄り添っているのかもしれない。だから、後ろに傾くのも、悪くないかもしれない。


彼は今日も、ほんの少しだけ、後ろに傾きながら歩いている。

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