第3話 後ろに傾く人
岸本は、なぜか少しだけ後ろに傾いていた。電車の中でも、公園のベンチでも、授業中でも。ほんの数度、背中がのけぞるように。
「姿勢、悪くなったんじゃない?」
母にそう言われ、整形外科にも行ってみた。でも、どこも悪くなかった。
ただ、岸本には心当たりがあった。
中学時代、亡くなった祖父の口ぐせで、
「背中で語れる大人になれ」
口うるさい祖父だったが、岸本がつらいときは、いつも背中をぽんと押してくれた。高校受験の前、失恋のあと、部活をやめたとき。
「あのときの、じいちゃんの手の温かさ、今でも、覚えてるな」
ある日の放課後、夕焼けに染まる校舎の廊下で、岸本はぽつりとつぶやいた。
「もう、じいちゃんはいないのに」
その瞬間、不意に背中がふっと温かくなった気がした。
気のせいかもしれない。
でも、岸本は思った。
もしかしたら、自分の背中には今も、誰かの想いがそっと寄り添っているのかもしれない。だから、後ろに傾くのも、悪くないかもしれない。
彼は今日も、ほんの少しだけ、後ろに傾きながら歩いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます