絵の具が乾くころに(2)
悠真のことは、最初から気になっていた。
でもそれを認めるのは、少しだけ癪だった。
「悠真、カッター逆だよ」
わざわざ声をかけたのは、ほんの気まぐれのつもりだった。
でも、こっちを向いた彼の顔が思ったより素直で、ちょっとだけ驚いた。
「ありがとう」
その声も、思ったより低くて落ち着いていて。
私の隣に、そっと座ってくれた。距離は絶妙だった。ちょうどいい。
「ダンボール、やるの?」
「今やってるけど」
「じゃあ、私もやる」
しゃがんでみたら、彼の指の動きがちょっと不器用で、なんだか愛しかった。
つい手を出してしまった。
「前世、回収業者だった?」
「失礼。私はただの美術部です」
「なるほど、それなら納得」
言葉の応酬が心地よかった。
この人、意外と話しやすい。思ってたより、ずっと。
「悠真、真面目だよね。文化祭、そんな頑張らなくてもいいのに」
「そう? 別に普通じゃない?」
「私、昨日は昼寝してた」
「知ってる。シーツにくるまって寝てたでしょ。幽霊かと思った」
「それ、みんなに言ったら許さない」
怒ってないの、バレてたかな。
悠真には、嘘がつきにくい。
「……悠真さ」
「ん?」
「絵の具、ついてるよ。ほら」
手を伸ばして、頬に触れる。
予想より、肌があったかかった。ちょっと焦る。
「ついでに、鼻にも」
冗談みたいに言ったけど、たぶん顔が少し赤かった。
ばれてないといい。
段ボールを片付けて、立ち上がる。
「明日はペンキ塗りだって」
「手、真っ青になるやつだ」
「うん。でも、悠真の手なら似合いそう」
「どういう意味?」
「内緒」
言ってから、ちょっと早歩きで離れた。
悠真が追ってこないのを、こっそり後ろで確認した。
絵の具が乾くころ、あの距離感も、少しだけ変わっていればいいなと思った。
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