中庭で見つけた扉(仮)
「ありがとうございました」
〜♪(コンビニのメロディ)
「はあ⋯⋯」
「めずらしいですね、真野先輩がこんなにシフト入れるだなんて?」
「食費に困ってるのよ。背に腹は代えられないでしょ?」
「先輩なら自給自足で生きていけそうだと思っていました。いつからそんな文明的な考え方を持ち合わせるようになったんです?」
「殴るよ?」
右手でグーを作る。
「やめてください。パワハラです!」
「モラハラはいいんかい!」
「はは、冗談ですよ♪」
「殴るよ?」
「ビスケットあげるから勘弁してくださいよぉ」
と、くだらない会話の相手はバイト先の後輩の田中だ。私は深夜勤務が多いのだが、大学生の彼とはよくシフトが重なる。
私はファムが寝ている時間に仕事をして、朝買い物をして帰る。ファムと朝ごはんを食べて少し遊んでから、私はベッドで寝落ちする。お昼に一度起きてファムに昼ご飯を出して、うだうだしながら二度寝する。夕方にもう一度ファムと遊んでから、晩ごはんを食べ、ファムが寝ている間に出勤と言うルーティンだ。
田中は日中学業がある為に、夜勤帯でバイトをしてお金を貯めている。
「あんた、学生の分際でお金なんか貯めて何に使うのさ?」
「そりゃあ先輩、彼女っすよ!」
「田中? 冗談は顔だけにしろよ?」
「酷くないっすか? まあ、嘘ですけど」
「殴るよ?」
「いちいち殴られてたら、この端正なマスクが台無しじゃないですか!」
パーン!(頭をはつる音)
「先輩っ! も、もっと!」
パーン!(以下同文)
「もっ──」
──パーン(以外略)
「で、何に使うって?」
「まあ、アレっす。俺、ゲーミングパソコンが欲しいんすよ。オープンワールドを仲間と一緒に冒険したいっす!」
「へえ? ロールプレイングってやつ?」
「そうっすね。先輩は何かゲームやってないんすか?」
「やんないよ、そんなの⋯⋯」
「楽しいっすよ?」
「なぁにが?」
「ほら、仮想空間とは言え、異世界を自由に走り回れるんすよ? 剣と魔法のファンタジー!! ロマンにあふれてると思いません? 何より現実逃避が出来る! これに尽きる!!」
今まさにそんな感じの世界に行っているが、まるで共感が得られない。現実逃避したい気持ちだけはめちゃくちゃ共感したが。
「ところで田中」
「なんすか、先輩?」
「仮にあんたが今のまま異世界に行ったとするだろう?」
「うんうん」
「そこに大きな廃城あったとして、奇妙な生き物との生活が始まるとする」
「ふむふむ」
「あんたならリアルにどう動く?」
「真っ先に廃城探索ですね!! 何かお宝があるかも知れないでしょう?」
「お宝⋯⋯だと? いや、だから、城内にモンスターが居るかもでしょ?」
「そりゃあ、倒すでしょ?」
「何も持ってないのにどうやって?」
「殴る? もしくはこんぼうみたいな?」
「なんか泥臭いね? モンスター相手に素手や棍棒?」
「まあ、そうすね。現実的には弱い気もします」
まあね。武器なんて都合のいいもの普通は無いものね?
「じゃあさ? こっちの世界と行き来が出来るとして、何か武器にして持って行くとしたら?」
「兵器はあり?」
「なし」
「う〜ん、それなら選択肢は少ないですね。ありがちですけど、バールがお手軽で破壊力があるんじゃないですか?」
「バールってなに?」
「釘抜きっす」
「へえ?」
ふ〜ん、バールねえ? あとでホームセンターを見に行ってみよう。持つべきはヲタクの後輩だね。
「さんきゅ♪」
「へ、何がすか?」
勤務が終わり、賞味期限切れの弁当をいただいた私は、朝早くから開いているホームセンターへ向かい、バールとハンマー、そして釘を手に入れた。とんだ出費だよ、まったく。
とにかくあの扉は封印しなければならない。
私はファムに朝ごはんを与えて、剥がれた床板などの適当な板切れを持って、例の扉へと向かった。
⋯⋯。
一応確認しておくか、気は進まないのだが仕方あるまい。
コンコン──コンコン。
ヤバいヤバいヤバいヤバい!
カンカンカンカン!!カンカンカンカン!!カンカンカンカン!!カンカンカンカン!!
私は持って来た板をドアの開閉場所に打ち付けた。すき間なく。釘が多少曲がっていても愛嬌だ。とにかく封印が最優先事項だ。
「ふう⋯⋯」
「ふみぃ〜?」
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン!!
「うひゃっ!?」
「ぶみゃ!?」
ドン!
⋯⋯。
あまりにうるさいので、こぶしで扉を叩きつけて脅しをかけてやった。どんな奴が居るか居ないか知らないが、開けるまではノーカンだ。この扉は存在しなかった。ゆえにその中身も存在しないのだ。
これで安心してこの先へ足を伸ばせる。
護身用のバール。確かに、持っているだけで少し心強い。
今日はもう怪しい扉は触らない。
おそらくトイレや厨房の扉は他の扉とは違うのではないかと思うし、厨房にあっては扉が無いのではないか、とも考えている。とにかくそれらを探しながら、中庭を目指してみることにした。食料の確保も大事な探索のひとつなのだ。
ちなみにバルコニーの植物に可食な感じのものは無かったことは報告しておこう。全部が全部、片っ端から不味かった。うへ、思い出したら口の中がシュワシュワしてくるよ。
そこで次の散策場所に中庭を選んだのだが。
「広すぎるわっ!!」
「ぶみゃ!?」
しかし、中庭に出るとその広さに感動を覚える。
「わあぁ⋯⋯」
「ふみぃ⋯⋯」
凄い。バルコニーの比ではなく、多種多様に富んだ植物がところ狭しと生えまくっている。真ん中に一本の大きな樹があり、そのぐるりにも何本かの低木が生えている。そのすき間の日差しを奪い合うように様々な植物が生い茂り、その影にシダ植物や苔、キノコなどの菌類も見られる。
また、用水路の周辺には水辺特有の植物や水生植物、そしてちらほらと水棲生物が見られる。
ふふん、これは期待大だぞ!?
ひとまず菌類は危険なので後回しにしよう。その他の植物も危険じゃないとは言いきれないが、虫食いなどがあるものは比較的アルカノイドが少なめだと思って良いだろうか。
それにしても。
「⋯⋯」
「ふみゅ?」
でっかいキノコだ。
目の前に私と同じ背丈のキノコが生えている。太さで言えば両手を広げても回すことが出来ない胴回りをしている。五人くらいは必要だろうか?
⋯⋯。
「ファム?」
「はみゅ?」
「行こうか」
「ふみゃ」
キノコに扉なんてあるわけがない。そうだろう? きっと、何かの見間違いに違いない。そう決めつけて踵を返そうとしたその時。
カチャ⋯⋯。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
⋯⋯カチャ。
扉が開いて中からキノコ型のヒト?ヒト型のキノコ?がニュッと顔を覗かせたと思ったら、私と視線が合うや否や扉を閉めた。
えええええええええええ!?
いやまあ、怖いけど⋯⋯、ちょっと可愛いと思ってしまった♡ 封印した扉と違って何故か興味が湧いたのだ。先ほどの可愛い生き物をもう一度見てみたい。そんな変な欲求がふつふつと
コンコン。
⋯⋯。
コンコン。
⋯⋯。
相手は居留守を決め込んだようだ。
ふむ。俄然火がついた私は、出てくるまで粘る事にした。無職の余裕をなめんなよ!?
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン⋯⋯カチャ。
明らか不機嫌そうな顔のキノコが出て来た。
⋯⋯うん、そうだよね、ごめんなさい。
「ぬぅ⋯⋯」
「ごめんなさい」
頭を下げて謝ってみたが、めちゃくちゃ不機嫌そうな顔をしている。それがまた可愛いとは言えない。
「つかぬことをお伺いしますが⋯⋯」
「ぬぅ?」
「この一帯の植物で食べられるものはありませんか?」
「ぬぅ⋯⋯ぬっ!」
なんと、キノコが出て来て手の先をクイクイしている。ついて来いって事だろうか。いちいち仕草が可愛いんだよなぁ。
キノコが先導する後をつけると、「ぬっ」と言いながら植物を指差してゆく。
「ぬっ、ぬっ、⋯⋯ぬぬっ、ぬっ⋯⋯」
教えてくれた植物を携帯で写真に収めてから、持って来たエコバッグへ放り込んでゆく。ちなみにキノコを隠し撮りしているのは内緒だ。後ろ姿、とくにお尻から足にかけてがとても可愛い。歩くとキュッキュと音が鳴りそうだ。実際には鳴らない。
庭を一巡するとキノコハウスに戻ってきて振り返る。なぜかドヤ顔なのだが、めちゃくちゃ可愛らしい。待ち受けにしても良いだろうか?
「ぬう?」
これでいいか、と言っているように聴こえたので。
「先生、ありがとうございました!」
と言って頭を下げた。お礼にポケットに入っていたビスケットを差し出すと、先生は満面の笑みを浮かべて喜んでくれた。
私はその愛くるしいマスクに惚れ込んで、愛称をつけさせていただいた。
「キノ先生! ありがとうございました!! もう二度とキノ先生を食べようだなんて考えませんから!!」
ビクウ、と体を大きく
パタン、カチャリ。
「寒くなったら鍋に入れようとか、焼いたり揚げたりしてみたいだなんて、考えてませんから⋯⋯」
キノ先生の後を追いかけるようにして放たれた言葉は、キノコハウスの扉に阻まれて散った。
∴『中庭で見つけた扉』=『マタンゴの扉』
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【マタンゴ】(植人・菌種)
・外見
形:ファンシーな本しめじ
色:パステルレインボーグラデ(傘の色)
性格:ダンディ
・特徴
中庭の管理人。顔のある本しめじに短い手足をつけたようなフォルム。歩くとプリプリ音がしそう。植物について博識。基本的に人畜無害だが、怒ると胞子を放出して、それを吸い込んだ人をマタンゴにしてしまうらしい。
田中情報:キノコ人間
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