第8話 そして還る


 太い根と土でぼこぼこと隆起がある床を気をつけながら歩いていく。根と根の間に隙間があるところは、下へ深い穴が続いているようだった。


「こっちの下の穴は、まさかハマー地中界まで続いているとかないですよね」


「続いていても不思議はないけど、そんな話を聞いたことはないわね。でも、先代の管理者はちょっと下りてみたって言ってたわ」


 話によれば、穴は洞窟のように続いているらしい。

 魔素が充満しているけど循環してもいるらしく、どういうわけか妙なものが辿りつくことがあるとか。


「いろいろたどり着くのよ。私は行ったことがないけど。物置小屋にある妙なものは、そこから拾ってきたものも多いみたいよ」


「もしかして、ギターもそうなのでしょうか」


「おみやげと言ってテラリスの町から持って来られたものも、たくさんあるのよ。だから、なんともいえないわね」


「テラリスの町……」


 もしギターがテラリスで作られているものなら、他の人の演奏も聞けるかもしれない。


「町って遠いですよね?」


「外に行っているエルフたちが言うには三、四日で来たとか言っていたかしら」


 エルフが言う三、四日で来たというのは、身体強化して寝ずに歩いて三、四日ということ。

 エルフにはすぐという感覚である。


 世界樹の壁面はステンドグラスのようだと思っていたが、色とりどりに見えていたのは凹凸のへこんだところに石が嵌め込まれているせいだった。

 大小たくさんの石が、うっすら光っている。


「宝石……じゃない、魔殻ですね」


 魔力を持つ生き物が亡くなった時に残る石が魔殻だ。魔石の一種とされているが、魔力はほとんど残っていない。

 元々持っていた魔力が大きいほど、石も大きくなる。魔力器官だけが残るのだと考えているエルフもいた。


「見かけたものはここに置いているわ。そこの大きい赤いのは多分、ドラゴンのよ」


「フレイアが置いた?」


「そう。魔殻になるところを見てないから多分としか言えないのよね。前日までは龍が生きていた場所に落ちていたから、きっと。その大きさだし」


 両手に余るほどで、かなり大きい。

 そして繊細な彫刻がされたように、複雑な模様が入っていた。

 魔素の循環が滞ってしまったのは、このドラゴンが亡くなったせいもあるのかもしれない。

 魔力が大きいものが動けば魔素も動く。

 そのとなりには両手に載るほどのオレンジ色の石が置いてあった。インペリアルトパーズのような魔殻。模様の複雑さはドラゴンのもの以上である。

 壁の凹凸に置かれたたくさんの魔殻は静かに佇んでいる。生きていたものの証たち。


「亡くなると体が消えて石になるのよね」


「人間はならないんですよ。肉体が残ってそのうち朽ちていくんです」


 イズナはクローネで人間が亡くなるのを見た。

 エルフのとは違う。わかりあえていた人間もいたが、それでも二種族はあり方が全く違っている。


「そうなの? 人間は小鳥といっしょなのね」


 クローネでは小鳥が亡くなると肉体が残る。

 森の魔リスやアルミラージ角ウサギなどは自然に亡くなれば魔殻に変わる。

 多分、単純に魔力量の違いだ。

 肉体を保っておけるだけの魔力があるかどうか。

 小鳥はクローネに生きてはいるが、魔力がほとんどないのだろう。だから先に魔力がなくなり体が残る。

 イズナは魔殻を見ながら口を開いた。


「思うのですが……魔力が多い生き物は、とっくに体は朽ちてしまっていても、魔力で形を保持しているというか、姿を見せているのではないでしょうか」


 大きく目を見開いたフレイアは、ああ……と言葉をもらした。


「魔力がすぐなくなるのは、そういうことなのね……」


 イズナの推測はあっているのかもしれない。フレイアは体で感じるところがあるみたいだった。


「そう……。私にはもう、体がないんだわ……」


 困ったような微笑だった。


「すでにもう、死んでいるのね……」


 ふと、フレイアの輪郭が揺れた気がした。


 ————サラサラサラサラ…………。


 足元からフレイアの姿が解け始めた。

 サラサラと砂のような光の粒子へと変わっていく。


「ま、待って! フレイア!!」


「もう、魔力も限界だったの。最後にここを案内しようと思っていたのよ」


「まだ、全然、聞いてない! 次の管理者が来るまでいてくれないと!」


「大丈夫よ。イズナは好きに生きていい。管理者を待たなくていいわ。世界樹が枯れたっていいじゃない。エルフひとりの存在で滅びる世界なんて、勝手に滅びればいいのよ」


 それが隠し持っていた気持ちなのだろうか。

 足から胸まで消えたフレイアの笑顔は怖いくらいに美しかった。


「ありがとう、イズナ。最期に楽しかったわ……」


「待って、フレイア……!!」


 あっけなく幻のように消えてしまった美しい姿。探してももうない。

 その代わりに、ころりと落ちていたのは大粒のトパーズのような金色の石だった。

 もう見ることができない瞳の輝きの色と似ていた。


 エルフの魔殻を見るのは初めてではない。

 ただ魔殻へと変わっていくのを見たのは初めてだった。

 あまりにも唐突であっという間に、エルフは世界に別れを告げる。


 膝をつき、魔殻を手に取った。

 両手のひらの上に載る、複雑な細かい模様の石。

 ぽたぽたと落ちる雫が、金色を濡らした。


 かげりゆく日が、世界樹の中も暗くしていく。

 明かりの魔法を使ったイズナは、手にしていた石をオレンジ色の魔殻のとなりに置いた。並べてみると大きさも模様の複雑さも、とてもよく似ていた。

 光が反射したのか、となりあったふたつの石が一瞬、笑い合うように光った。





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