第5話 世界樹の管理者・2


 家の中の説明をざっと聞いた後、ふたりで回った。

 一階は共同スペース。

 キッチンとダイニングの向こうには、広い書斎——いや、もうこれは図書室だ。天井まである本棚には本がぎっしりと詰まっていた。


 エルフの世界に本はほとんどない。紙は下界から持ち込まれた少しの本と書類が、長老の家にあるだけなのだ。

 メモや情報の交換など、だいたいのことはタブレットのように使う魔力板でことがたりていたから。

 でも本は魔力板では読めない。

 異世界の小説なんて、楽しそうだ。

 イズナは本棚に前のめりである。


「本、たくさんあるんですね。私が見てもいいのでしょうか?」


「もちろんよ。変な絵ばっかりのものとかいろいろあっておもしろいわよ」


 階段を上って二階には通路を挟んだ左右に個室がずらりと並んでいた。

 どう見ても建物の大きさと合っていない。なんかやらかしちゃっている。


「ええと……。私の部屋は北側の手前から二番目なの。たしかその向こう側、三番目がデリングの部屋で、南側の四番目がミーミルスの部屋ね。あとは空いてるから好きな部屋を使ってね」


「ま、待ってください。他に住んでいる者がいるのですか? 管理者ってひとりかと思っていました」


 世界樹が枯れてきているのは、管理者が老いて魔力が弱くなり魔力を循環させられなくなるから。

 複数いるなら、みんなで魔力を動かせばいいのではないかと、イズナは思ったのだが。


「管理者はひとりなんだけど……」


 困ったようにフレイアは笑った。


「管理者とは関係なく、クローネから落ちてくる者がいるのよね。落ちエルフ。イズナみたいにね。それぞれ違う時に落ちてきたんだけど、ふたりともハーフエルフに嵌められたとかなんとか言っていたわ。揉めて落とされるのかしら」


 身に覚えがある話である。

 イズナもようするにハーフエルフに嵌められたのだ。他にそういう者がいても不思議じゃない。どころか、いないわけがない。


「長老や他のエルフが知らない間に、勝手に追放されているということですね……」


「そういうことになるわよねぇ。私がいたころはハーフエルフなんてほとんどいなかったのだけど……クローネも物騒になったものね。きっと、界長も知らないのでしょうね」


 界長——長老も、つい数年ほど前に会った時には何も言っていなかった。

 いくら界長といっても、エルフ全員のことを把握しているわけではない。

 エルフ同士の繋がりをあまり持たない、つきあいが薄過ぎる者もいるのだ。

 そんな者がいなくなっても、気づきもしないだろう。


「まぁそういうわけで、落ちてきた者たちの部屋があるの。今はふたりとも外に行っていて、時々、帰ってくるのよ。あ、そうそう。南側の一番手前は先代管理者の部屋で空いているんだけど、片付けないように言われているから。使ってもいいけど、部屋のものはそのままにしておいて」


 フレイアとは、そこで一旦別れた。

 使われている部屋はドアプレートに名前があった。

 空き部屋をひとつひとつ見ていくと、内装がそれぞれ違っている。ログハウスな外観なのに中は板張りだったり、レンガだったり。

 そしてやっぱり大きさがおかしい。だって中には小さいリビングとベッドルーム、それにトイレと浴室まであったのだ。全室に。


 イズナは北側の一番端、五番目の部屋に決めた。

 焦茶色のはりに漆喰壁、壁には美しい幾何学模様のタペストリーがかかっている。優しい色合いのラグもかわいい。

 テーブルやひとり用ソファ、ベッドなどもどこか温かみのあるインテリアで統一されていた。

 背負っていた袋をクローゼット横の台に置き、リビングに戻るとフレイアがリンカをかじっていた。


「部屋は北側の一番奥にしました」


「そう。足りないものがあったら物置小屋から持っていっていいから」


「外にある建物のうちのどれかですね」


「すぐとなりの建物よ」


「後で見学にいってみます。あと、近くに泉ってありますか? ハーブティの水、湧き水の方がいいんですけど」


「温室の裏手の方にあるわ」


 フレイアはグラデーションの髪を揺らしてうなずいた。

 この方はどうして管理者になったのだろう。

 きっとフレイアが上にいたころには人間やハーフエルフはそう多くなかったと思う。

 エルフばかりの中で、なんでフレイアが下へ下りることになったんだろう。

 やはり任命されたのだろうか。

 イズナがそんなことを考えていたせいではないだろうけど、フレイアはクローネの話を振ってきた。


「ねぇ、長老って界長よね? まだブーリン様だったりしないわよねぇ?」


「ブーリン様ですよ。相変わらずお美しいままです」


「ええっ? 私が子どものころから界長だったのに。もしかして魔物なのかしら」


 ひどい。せめて精霊王と言ってあげてほしい。

 前世のハリウッド俳優のような長老の顔を思い出しながら、イズナは魔物という言葉に笑ってしまった。




 泉の場所を確認しに、外に出た。

 形状や湧き出ている量によって、持ってくる鍋が変わってくる。


 着陸した時は気づかなかったが、建物の外は妙に静かだった。

 鳥の声も風が渡る音も聞こえない。

 クローネの森とはあまりにも違う。

 魔素が濃いというのは、こんなにも異常なことなのだ。

 まるで、一枚ずれた世界に来てしまったようだった。


 フレイヤに言われた通り、温室の裏手にまわってみると。

 そこは森のきわで、木々な茂る先に小さい岩山のようなものが見えていた。

 近づくと結構な岩山で、小さい古墳くらいある。そのあちこちから水が湧き、下へと流れ、小川を作っている。

 流れの先にはなんと小さい水車小屋があった。


 文明がここにはある。

 人間が作り出す文明だ。だってエルフに水車はいらないのだから。


 世界樹の管理者。


 ただエルフが遣わされ、静かに暮らしていただけではないようだった。





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