第9話 【幕間】ハーフエルフは仕事をした
話は、イズナが
世界樹の葉が枯れてきたのは今に始まったことではなかった。
しばらく前にガードや住民たちから報告があり、ハーフエルフのグズという男は観察と古い文献探しをしていた。
町に残る文献は少ない。
森の奥へ引っ込んでいったエルフたちが持っていったのかと思ったが、親のハーフエルフたちに聞いた話では、エルフはもともと文献を残すことに熱心ではなかったという。
記録を残すということもしないとは、なんと
エルフという者たちはその場がよければそれでいい、本当に夏虫のような種族である。
人間であった祖先たちがクローネの植物から大量の紙を作る方法を見つけてくれていなければ、ここクローネは記録の残らない土地となり、未来への足がかりのない時代が続いたことだろう。
エルフたちは人間が来てくれたこと、ハーフエルフである自分たちが生まれたことに感謝をするべきなのだ。
エルフはもうほとんど見ることはなく、何人残っているか知らないが。
公園で何回か見かけたエルフを思い出す。グズが子どもの時から見かけている。
それは凄まじいほどの美貌を持ち、街にいるハーフエルフ全員が束になっても敵わない。
輝く淡金色の髪は長く風にたなびき。切れ長の大きな目には、泉から湧き出た水が作り出す湖よりも明るい澄んだ青が輝いていた。
そして老いることなく、何年経っても同じ姿でそこに存在し、自分たちを憐れんでいるのだ。
エルフは長い時を生きる精霊に近いものであるらしい。
ハーフエルフはエルフの血を引いているのに、人間に近い存在なのだ。エルフとは比べものにならないほど、寿命は短い。
エルフからすれば、すぐに老いる取るに足らない存在に違いない。
——ただ長命種だというだけで憐れんでくるなど! こんなに勤勉で優れた存在のハーフエルフが、なぜ役立たずのエルフに見下されないとならないのか。
グズはいらついた気分で、数少ない文献が納められた建物を後にした。
町の真ん中にある、ひときわ立派な門構えの邸宅がグズの家だった。
門の上部には三角をふたつ組み合わせたようなマークが入っている。
この家には高齢となったハーフエルフの親といっしょに住んでいるのだが、町でまとめ役をしている自分にふさわしい家だと思っている。
門番に開けてもらい中へ入ろうとするが、入り口にリスがいることに気づいた。
町でも時々見かけるリスより大きい。
「このリスはなんだ」
「はぁ、よくわかりませんがね、先ほどからここにおりますよ」
リスは何やら丸めた紙をしっぽで持っていた。
「もしや何か知らせか?」
こんなものを送ってくる相手に心当たりはまったくない。
紙の見えている部分に、クローネと書いてあるのが見えた。
数少ない文献に残る、三界共通語という言語だ。エルフ語とは違うが祖先から教えが残されていたため、グズは一応読み書きすることができた。
「クローネ界長——」
書いてある文字を読むと、リスははっとグズを見上げて丸めていた羊皮紙を差し出した。
巻いてあるのを開き、中を見る。
”クローネ界長
世界樹の生ずる魔素が濃くなっているため
三界規範に基づき新たなる世界樹の管理者を選定し遣わし給え
テラリス界長 スキニール”
グズの体に、雷撃を受けたような衝撃が走った。
これを差し出されたということは、自分はクローネの界長ということなのか。
テラリスの界長に認められた、このクローネの長。
急ぎ紙を持って親の元へ行くと、ハーフエルフの両親は元々のクローネ界長というものは見たことがないと言う。
その親であるエルフはグズが生まれる前に森へ行ってしまい、話を聞くことができない。子どもを作ったエルフは寿命が短くなると聞くから、生きているかどうかもわからない。
そして、この紙がグズの元へ運ばれてきた。
ということは、自分がクローネ界長と名乗るべきなのだろう。
町のまとめ役の自分はたしかにふさわしい。
それからグズは世界樹の管理者と三界規範について調べた。
どちらもほとんど資料は残ってなかったが、何かの書き付けに手掛かりになりそうな一文を見つけた。
”管理者となるべく、エルフが大穴から旅立った“
この管理者というものが、世界樹の管理者のことではないか。
”大穴から旅立った“というのは、落ちて行くということか。
テラリスは遥か下にあり、普通に考えれば無事では済まない。
だが長寿のエルフであれば可能なのかもしれない。
実際に今現在、世界樹の管理者とやらが、世界樹の魔素をどうにかしているのだろうし。
ガードたちにエルフを見つけてテラリスへ行かせるように命じた。
きちんと召集状も書いた。正式な任命である。
リスから書状を受け取ってから数日でここまで準備した。
怠惰を貪るエルフではこうはいかないだろう。やはり私のような二種族の血を持つ高尚なものでないと。
自分の仕事に満足するグズの元に成果がもたらされるまで、しばしの時間を要した。
イズナを穴の縁へと追い込み、下界へ落ちていくさまを見届けたガードの三者は、恭しく首を垂れた。
「ちゃんとエルフを送ったか?」
「はっ」
「よくやった。下がってよい」
特別報酬の宝石貨を持たせ、三人を下がらせた。
クローネ界長としての初仕事の守備は上々である。
——やはり私は選ばれた者なのだ。
これで心配事がなくなったとグズは微笑を浮かべ、香り高いハーブティーを口に含んだ。
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