第7話 婚約破棄された悪役令嬢は、学園のドラゴンに溺愛される 〜もう婚約なんてこりごりです! 世界樹の森でスローライフします!〜
おだやかに日は過ぎた。
イズナは例の書庫の探検も行ってみた。
中央の目立つところに、大きなプレートが掲げられた棚があった。
”追放もの“と書かれている。
タイトルが書かれた背表紙が並ぶ”棚差し”で本がずらりと並び、何作かが表紙が見えるよう”面陳列“されていた。
書庫の中でも一等地にあり、世界樹の管理者のイチオシとなっているようだ。
「転生日本人よ……。こんなに書いて、仕事しすぎじゃないですか」
文字は手書き。立派な装丁には刺繍までしてある。
一冊手にとってみると『婚約破棄された悪役令嬢は、学園のドラゴンに溺愛される 〜もう婚約なんてこりごりです! 世界樹の森でスローライフします!〜』とあった。
ゴリゴリなタイトルに顔がひきつった。
もちろん読んだ。
イズナはこういう娯楽に飢えている。
だが、まさか学園の主が本物のドラゴンだなんて思わないではないか。学園のドラゴンという単語が比喩表現じゃないことなんてあるか。竜人ですらなかった。
主人公の女の子がドラゴンの加護を得て、わたし何かやっちゃいましたか? とか言いながら好き放題田舎開発する、内政ものだったのだ。
恋愛ものかと思わせてこれは話が違う。詐欺である。おもしろくてけしからんとイズナはふんふんと鼻をふくらませた。
フレイアが言っていた変な絵ばっかりのものというのも見つけた。
マンガだった。
字の感じからして、小説を書いた者とは違うもののようだった。
ここにずらりと並ぶ追放もの小説を元にした、コミカライズまであった。
『婚約破棄された悪役令嬢は、学園のドラゴンに溺愛される 〜もう婚約なんてこりごりです! 世界樹の森でスローライフします!〜』もあった。
ドラゴンがキラキラでたてがみをふぁさっとしていた。まさかのイケメン枠である。
転生日本人、本当にいったいどうなっているのかとイズナは遠い目をした。
「フレイア……。あの追放もののお話、どう思います……?」
玄関前のリビングで植物図鑑を描いていたフレイアにたずねてみた。
「おもしろいわよね。貴族という種族がいるのかと思ったら人間の身分だったのよ。身分ってわかる? 上とか下とか、そんなのがあるらしいの。人間たちって変なこと考えるわよねぇ。人間の歴史書まで読んで解読したのよ。おかげで百年くらい退屈しなかったわ」
解読ときたものだ。
純血エルフのはずなのにだいぶ人間よりのイズナは「壮大な暇つぶしに使っていただけたようでよかったです……」と首を垂れた。
◇ § ◇
最近では魔獣が管理者の庭に現れるようになった。
元気になったとは言えないようで、まだぐったりとして庭でごろついているが。
「今日は世界樹の中に行くわよ」
フレイアが楽しげに言った。
イズナが来た当初はひどかった顔色が、今は明るく輝いている。
ただ、金と茶のグラデーションだった髪色は、もうほぼ茶色になってしまった。
「世界樹の中って……入れるものなんですか? え、どこから? どうやって?」
「こちら側からは見えないけど、穴が開いていてふつうに入れるわよ」
ログハウスは世界樹の幹から少し離れている。そして太いのでの入り口までは結構歩くことになった。
辿り着いたログハウスの反対側には、たしかに大きな穴が開いていた。
「……これ、ちょっと怖いのですが……」
「そうなの。だからこの入り口が見えない場所に家を建てたんじゃないかしら」
イズナもその考えに激しく同意だ。
世界樹の太い幹にぽっかりと開いた大きな入り口。
真っ暗な闇が見えていて、冥界に繋がっていると言われても不思議じゃない。
「でも、中はそんなに恐ろしいことにはなってないから、安心して」
闇の中へと入っていくと、広い空間があった。
天井は見えない。ずっと上へ続いている。
世界樹というよりは、やはり世界塔といった方がしっくりくる。
その壁はところどころに穴が開いており、少しずつ外の光を取り込んでいる。
それにステンドガラスのように、薄く輝く色とりどりの壁が光っていて、暗くはなかった。
よく見れば、外壁面に沿って緩くぐるぐると螺旋階段が這っていた。
「えっ……。えっ?! まさか、この階段で
「行けるんじゃないかしら。でも行けたとしてもどれだけかかるかわからないわよ? 水もハーブもなくて寝る場所も階段じゃ、大変じゃない?」
「そうですよね……あれ? フレイアって落ちて来たわけではないんですよね? この階段を下りてきたわけでもなく?」
「そうね。わたしはドラゴンの背に乗って下りてきたから」
「それ、いいですね……。わたしもそれがよかったです……」
森の中のぽっかり開けたところに、世界樹の根本がありログハウスが建っている。管理者の庭と呼ばれるそこは、ドラゴンが下りられるように広く開けているみたいだとフレイアは言った。
クローネの大穴も同じ理由で大きく開いている。
正規の世界樹の管理者はそうやって下りてくると聞いて、イズナはつくづく本当の管理者ではなかったんだなと思い知った。
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