・3-2 第22話:「ニュース」
声帯の修理が終わったものの、くーは、サラスヴァティーの曲にあって、自分にはないものの正体を解き明かすまでは鬼嶌家に居てくれるのだという。
その秘密を知ることが、自分が[美詩 舞奈]としてデビューする道につながる。
彼女はそう信じているようだった。
奏汰は正直、嬉しかった。
憧れの、本物のシンガロイドともうしばらくだけ、一緒にいられるからだ。
間近でその声を聞き放題。
今まではスマホのチャット機能を介しての間接的な
鬼嶌青果店の営業日には毎日店頭に立ち、お客の呼び込みをしてくれているくーは、声を取り戻してから本当に嬉しそうだった。
だからこそ。
[歌う]という、シンガロイドの最大の特徴を失ってしまったのは、深い絶望だったのに違いない。
自分自身の存在価値、生きている異議を、完全に見失ってしまったのだ。
しかし、電脳の少女はそれを取り戻した。
今は再び、自由に歌い、踊り、本物の[美詩 舞奈]としてデビューするという希望を胸にしている。
(なにか物足りない、なんて、ちっとも思わないけどな)
くーは自分を落ちこぼれだと言っていたが、奏汰にはとてもそうは思えなかった。
歌うことができる。
その事実を噛みしめるように、幸せそうに声を奏でている姿は、歌声の美しさとも合わさって接する者の心を温めてくれる。
彼女の嬉しい、楽しい、そういう気持ちが伝わってくるのだ。
歌詞を、メロディーに乗せて。
気持ちを伝える。
それを歌の魅力だとするならば、くーは、すでに十分にそれをできている。
美詩 舞奈として、いつデビューしても良いはずだと奏汰は半ば確信を持っていたが、敢えてそれを口にはしなかった。
少しずるい理由だ。
それを教えなければ、彼女はもっとずっと、自分と一緒に居てくれるのに違いないのだから。
サラスヴァティーの曲の秘密を探る。
そう約束したから、もちろん、手など抜いていない。
くーの声が直って数日が経とうとしているが、あれから、問題となっていた曲以外も聞き直してみて、その魅力の正体を探ろうとしている。
今日も、学校の休み時間はもちろん、登下校の間中ずっと、音楽を聞き続けている。
もうすっかり聞き飽きてしまった感覚もあったが、助けると約束した以上、奏汰も意地になっていた。
(胸に響く、熱さ、か)
サラスヴァティーの歌を聞くと、心がざわつく。
自分もあんなふうに、歌ってみたい。
自由に、思うままに生きてみたい。
そんな衝動を覚えるのだ。
それが、何故なのか。
なかなか言語化できない。
悩んでいる内に下校の行程は終わり、少年はわが家へと帰り着いていた。
「……あれ? 」
そして、驚く。
くーが店頭に立っていない。
それがすっかり当たり前になっていた光景だったのに。
彼女の姿がないお立ち台を見つめていると、どこか空虚で、寂しさがこみあげて来る。
「よぉ、お帰り、奏汰」
すると、店番をしていた夏芽の方から声をかけて来た。
振り返ると、———どうにも、浮かない顔をした母親の姿がある。
「ただいま、母さん。
ねぇ、どうかしたの?
なんだか元気が無さそうだけど」
「ああ、ちょっと、な。
くーのことでな」
「くーが、どうかしちゃったの!?
またどこかが故障したとか!? 」
「いや、安心しな、それは大丈夫だ。
けど、問題は、……心の方さ」
怪我をしたとかではないと聞いて安心したが、どうやら何かショッキングな出来事がくーに起こってしまったらしい。
「なにがあったの? 」
「……サイバーライブ、だっけか?
そこの新しい動画を見てみな」
言われて怪訝そうに眉をひそめながら、奏汰はスマホを取り出して操作する。
(そういえば。
最近、くーと一緒に母さんたちの曲を聞くので忙しくって、サイバーライブのサイトに入ってなかったな……)
くーと出会う前は毎日アクセスしていたのに、この一週間以上、まともにシンガロイドたちの曲を聞いていなかった。
それに気づき、そんなことってあるんだと意外に思いながらサイバーライブが運営している公式サイトを閲覧すると。
「えっ?
新しいシンガロイドの、……発表? 」
トップページにそのプロモーションムービーが大々的に流されていた。
新しくサイバーライブが発表したシンガロイド。
その名前を見て。
奏汰は驚愕して
「美詩……、舞奈……」
自分は、美詩 舞奈・九号機。
くーがそう名乗った日のことは、鮮明に覚えている。
画面の中で。
———くーにそっくりなシンガロイドが歌って、踊っていた。
サイバーライブに所属する他のシンガロイドたちと同様。
一切の隙も無い、完璧な振り付けと歌唱。
特徴的なガジェットを身に着けた美詩 舞奈は、とびっきりの笑顔を見せ。
美しい声を響かせている。
そのパフォーマンスを見つめながら。
奏汰は、「おかしい……」と呟いていた。
これまでサイバーライブは、[毎年一人]のペースでシンガロイドをプロデュースして来ていた。
今年の春にすでに新人がデビューしていたから、来年までは時間があるはずだったのだ。
それが、なぜ、急に。
こんなに間隔を早めて発表がされたのか。
意味が分からない……。
そう混乱する一方で、奏汰は、なぜ店頭にくーがいないのか、その理由に気づいていた。
「母さん!
くーは!? 」
「二階、アンタの部屋さ」
勢いよく顔をあげ、その返答を得ると。
奏汰はすぐさま駆け出していた。
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