【短編】勇者に倒された魔王が、最後の力で勇者の愛する者へ呪いをかけた、ビターエンドなその後の世界

お茶の間ぽんこ

勇者に倒された魔王が、最後の力で勇者の愛する者へ呪いをかけた、ビターエンドなその後の世界

 僕とカーミュは、水色と白色で彩られる晴天の下、色とりどりの花が咲き誇る野原に座っていた。


「大人になったらね、ユーシャと一緒にカフェを開くの。そうしたら来てくれる皆の喜ぶ顔を一緒に見れるよね」


 カーミュは野の花を結って花冠を作っていた。僕は横目でそれを見る。


「それって僕たち結婚するってこと?」


 聞き返すとカーミュは僕の方を向き、そして僕の手に自分の手を重ねた。


「そんなの当たり前だよ! ユーシャのことを一番よく理解してるのはカーミュだし、カーミュのことを一番よく理解してるのはユーシャでしょ」


 恥ずかしげもなく言ってみせるカーミュに、むしろ僕の方が恥ずかしくなって頬を赤らめてしまう。


「わ、ユーシャ真っ赤になってるよ〜! どんなこと考えたのかな〜?」


「何も考えてないってば!」


「へへっ」


 彼女は曇り一つない純粋で満面な笑顔を見せた。


 僕はそんな少し強引だけど、無邪気な彼女の笑顔を守りたいと思った。







 夢を見た。

 それは朧気だけどはっきりとした追憶だ。故郷ハンムル村で共に育ってきたカーミュとの思い出。日々魔物と対峙する過酷な旅の道中でも、彼女を想わなかったことは一度もない。


 僕は彼女のために村を飛び出し、五年の歳月をかけてついに魔王ヘンベルを討伐した。


 訪れる街々では「世界を救った勇者」と称賛されたけれど、僕は勇者らしい振る舞いを旅の中で行ってきた訳ではないし、ただ本当に魔王を倒しただけだ。結果的に皆を救うことにつながったにすぎない。勇者とは、「世界を守る」という正義の名において使命感がある人間だと思う。僕は「カーミュと平和に暮らすため」に魔王を倒した(世界を守った)だけなのだ。ただ、僕はカーミュが幸せならば、他の人たちなんて、どうでも良かった。


 そして魔王を倒したのだから、僕はカーミュと幸せな日々を送れると思っていた。しかし、魔王が放った最期の言葉が僕の頭の中で延々と残り続けた。



「貴様が最も愛する者に呪いをかけてやった」



 こんなことなら、魔王なんか倒すんじゃなかった。



 魔王討伐後から一ヶ月後にハンムル村へ駆けつけたときには、カーミュは村役場の地下にある牢屋に閉じ込められ、四肢を枷で拘束されていた。格子状になった檻から彼女の様子が伺えた。


 五年ぶりに会うカーミュはすっかり身体が大人になっていて、こんな形で会わなければ懐かしさと新鮮さが入り混じった感情を覚えたに違いない。


 束縛されている彼女は、髪がボサボサに乱れ、その長い黒髪の隙間から虚ろな眼を覗かせていた。口周りには血がこびりついている。そして本来は小綺麗であったであろう白色と紺色で彩られたワンピースにもまた、至るところに飛び血がついている。


 村長が言うには、魔王が死んだ日から急にカーミュは人が変わったように村人に襲い掛かり、食い殺してしまったのだという。村の男たち数人がかりで彼女を抑え込み、牢屋に閉じ込めて様子をうかがっていたようだが、カーミュに御飯を出しても全く口をつけない。強引に口へ入れたこともあったが、すべて吐き出してしまったらしい。カーミュの存命をはかるため、遠方から派遣した僧侶にヒーリング魔法をかけてもらっているが、やはりまともに食事を取らないと徐々に衰弱していき、いつかは死んでしまうことは明らかだった。つまり、今の医療魔法ではどうにもならないということらしい。そして、カーミュの自我も邪悪な何かに蝕まれ、彼女が死んでしまう前に、自我が完全に魔物化してしまうことが予想された。


 僕は彼女の有り様に呆然としてしまった。


「…ユーシャ…?」


 か細く掠れた声で聞いてくる。


「…」


 僕は静かに頭を縦に振った。


 声で応えてしまうと情けない声と一緒に押し殺した全ての感情が出そうだ。今すぐにでも泣き崩れたい。そしてカーミュに懺悔したい。


「…会えて嬉しいよ。随分かっこよくなったね…」


 カーミュは衰弱しているのに、頑張って話しかけてくれているのが分かる。


 僕はどうなっても良かった。彼女が少しでも生き長らえるのなら、僕の身なんてくれてやると思った。


 黙って剣を取り出して鍵がかかった牢屋の扉に斬撃を加え、分断された扉を静かに開けた。


 僕が入ろうとすると「来ないで!」とカーミュの振り絞った声で制された。


「…村長から話は聞いているでしょ? 私、もう自我がなくなりかけているんだ」


「…そんなこと関係ない…」


 僕もやっとの思いで振り絞った声を出した。


「関係あるよ。私がユーシャに手をかけちゃうのが嫌なの」


「…わかった」


 僕とカーミュの間で静かな時間がゆっくりと流れる。この空間が苦痛で、でもずっと続けばいいと思った。


 カーミュは徐に口を開く。


「…ユーシャが、魔王を倒したんだってね」


 その瞬間、感情の箍が完全に外れた。


「ごめん。本当にごめん。僕が魔王なんて倒さなければ、カーミュはこんなことにならなかったのに。僕はただ、カーミュと平和に暮らしたかっただけなんだ。他の奴らなんてどうでもよかったんだ!」


 僕は情けなく泣き崩れた。カーミュには事情が分からないだろうが、とにかく謝りたかった。


「そんな悲しいこと…言わないで」


 カーミュは僕の懺悔に悲しそうに応える。


「ユーシャが世界を救わなかったら、きっと多くの人が今も苦しんでいた。ユーシャが皆の笑顔を守ったってことなんだよ。夢がかなったんだよ」


 話すことも辛いはずなのに、彼女はゆっくりと、小さい頃とは違う大人びた優しい口調で僕を励ました。


「私は十分嬉しかったよ。私が見たかった景色を少しでも見ることができて。私にとってのユーシャからの最大限のプレゼントだよ」


 その言葉を聞いて僕はカーミュが幼い頃に言った言葉を思い出した。


———大人になったらね、ユーシャと一緒にカフェを開くの。そうしたら来てくれる皆の喜ぶ顔を一緒に見れるよね


 カーミュは今も昔も、皆の幸せを見るのが好きで、僕と違って真の勇者たる精神を持っていたのだ。


 カーミュの方を見る。彼女は僕を心配させないように力無げに微笑んでいる。


 僕も泣くのをやめた。カーミュと僕は、しばらくの間、黙って見つめあった。言葉にはしないけれど、この五年間、それぞれが見てきた景色を共有するように。この一瞬に二人の軌跡が凝縮され、僕は今でも変わらないカーミュがとても愛おしく思えた。


「ねえ。最後にお願いしても良い?」


 カーミュが静かにそう言う。そのお願いが何かは察しがついて、僕は黙って彼女がいる部屋に足を踏み入れた。


 腰に添えていた剣を引き抜き、僕は宙に剣を向けた。


「大好きだよ」


「私も、大好き」


 僕はカーミュの胸に剣を振り下ろした。


 カーミュの口から静かに血が溢れだす。


 そして動かなくなった彼女の身体を、僕は静かに地へと横たわらせた。


 彼女の顔をゆっくり撫でる。


 カーミュは満足そうに微笑んでいるように見えた。

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