第3話 エース、霧雨 ゆら


「おはよー」


「由香ったら少し夜更かししたでしょ?」


「げ、分かる?」


「当たり前よ。何年貴女の相棒やってると思ってるのよ」


「にぇ〜……だって気になるんだもん! VTuberとして需要を把握しておきたいじゃん?」


「VTuber以前に野球の実力が伴わないと意味無いでしょ。ほら、シャッキリしなさい」


「はぁーい」



当然野球に手を抜くつもりは無い。

特待生として入学した自負や責任感もある。

でも……野球の実力が同じなら、チームにとって大事な広告塔兼収入源になるVTuberとしての実力も1つの基準になるのも確かだ。


特に引退したら今後はそのチーム所属VTuberとして活動するケースが殆どだから、下位指名になる程配信力を重視する傾向が強くなる。


野球に対しても配信に対しても努力は怠らない。

その為には打てる手は全部打つ。それが私なりの野球への向き合い方だ。



「おや、おはよう。火夏、冷」


「おはようございます、ゆら先輩!」


「おはようございます!」



グラウンドで私達に声を掛けてきたのは野球部のエース、霧雨 ゆら先輩。

あらゆる能力が高い次元でバランスが取れていて、競合確実と言われているプロ最注目の選手だ。


霧雨 ゆらというのは所謂Vtuberとしての名前で、本名は知らない。

そりゃ部活以外の時は本名で過ごしてるし、生徒手帳にも本名が載っている。

だから調べようと思えば簡単に分かるけど……そもそも本名を知る必要が無い。

部活では常にVTuberの方の名前で呼ぶし、プロになったら尚更本名は明かさない。

高卒でプロに成れなくても大学社会人で選手を続ける場合もあるし、野球を辞めたとしてもVTuberは続けられるからどっちにしろ本名で呼ぶ機会はほぼ無い。

私とアヤの様に以前からの知り合いで既に名前を知ってるならそれで呼び合う人も居るけど、基本はVTuber名でのやり取りだ。



「昨日の配信見たよ。相変わらず仲が良くて羨ましい限りだ」


「百合営業は大事ですからね。あ、そうそう……明後日のコラボですけど、ゆら先輩ともイチャイチャして良いですか?

ひなゆらを楽しみにしてるファンの人も居るので」


「ふふ、それは構わないけれど……それを態々冷の前で言うのは嫉妬を誘っているのかな?

火夏、私もただの当て馬で終わるつもりは無いよ?」


「ひあぁ……!?」



な、何で顎クイされてるの!?

いや、落ち着け私……! ゆら先輩はあくまで“霧雨 ゆら”らしい立ち振る舞いをしているだけだ。


ゆら先輩も私と同じ特待生で、1年の時には既に霧雨 ゆらの身体を与えられていた。

その時から王子様キャラである霧雨 ゆらを貫く為に、普段から見た目や言動を霧雨 ゆらに寄せているんだとか。


昔だと、そんな事をしたら身バレするのでは? と言われてたらしいけど、VVBが日本屈指の一大事業となってからは障害と成りうるものは徹底的に排除された。

端的に言えばVTuberの中の人をリークしたら問答無用で刑務所行きだ。

……まぁ、今となっては理解度や精神の成熟が進んで、ちょっと素顔や本名がバレたぐらいではそうそう炎上しなくなったけど。


だから、そう。

これは霧雨 ゆらのキャラを守る為にしている事で……



「ん……」


「んひっ」



ちゅ、と軽いリップ音。

額に感じる暖かさ。



「ふふ、可愛いね。火夏」


「あ……は、はい……え……?」


「ゆら先輩!」


「おっと、やり過ぎてしまったかな? それとも……冷もキスを御所望かい?」


「練習の時間が迫っているので失礼します! ほら、着替えるわよ由香」


「おっとと、分かったって。ゆら先輩、また後で!」


「あぁ。ストレッチは入念にね? 必要なら手伝うよ」


「私と由香で十分です。それでは」



アヤに手引っ張られてそのまま更衣室に向かう。

それにしても……ビックリした。

いくらゆらに寄せてるからってホントにキスするなんて……

ゆら先輩はVTuberでもリアルでも顔が良いからドキッとしてしまう。

あーゆー野球の実力があって、人を垂らし込む才能もある人がこの時代の野球に求められる人材というものなんだろう。



※※※※※



「ほらほら、あと5周!」


「「はいっ!」」



野手投手全員でのランニング。

鹿倉監督の怒号の様な指示を聞きながら汗を流す。


鹿倉監督は元女子プロ野球選手で、Vtuber業はそこそこの野球型選手だった。

引退後は暫くコーチとVtuber業をこなしていたけど、それすらも辞めて今はこの華月学園で監督を務めている。



「よーしラスト1周! 全力で走り切れっ!!」


「「はいっ!!」」



監督は理論の人ではあるけど、99%の理論に1%の精神論というポリシーを持つ人でこうして時折根性を鍛える為にめちゃくちゃ走らされる。



「よーし、良く走った! 以上で朝練は終わりだ!

シャワーでしっかり汗を洗い流せよ! エチケットだからな!」


「「ありがとうございましたっ!!」」

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