さっそく逃げ出すおっさん
「喋る……聖剣!?」
俺はにわかに信じられず、聖剣の方へ顔を寄せた。すると……。
「おい、おっさんのアップはきつい。顔を近づけるな」
と聖剣が喋るのだった。
「し、失礼なやつだな。俺は昨日お前を握ったんだぞ」
「隠語みたいに言うな。あれもけっこう嫌だったんだぞ。お前の手が汗ばんで、ぬるっとしてたから」
やっぱり、喋っている。しかも、少し性格が悪そうじゃないか。
「えーっと……なんで急に喋ったの?」
剣に話しかけるというシチュエーションに戸惑いながらも、俺はおずおずと質問してみた。
「うむ。昨日、お前の魂に触れたとき、三百年ぶりに目が覚めた。レオンが蘇ったと思って、ちょっとびっくりしたぞ」
「へぇ。じゃあ、やっぱり俺はレオンなんちゃらの生まれ変わりと?」
「だろうな。この剣はレオンの魂にしか反応しないのだから間違いない」
「……そうなんだぁ」
複雑な気持ちである。俺としては剣を抜いて、ささっと役目を果たし、報酬のスローライフ生活を始めたいところなのだが、レオンの生まれ変わりと確定してしまったら、色々と面倒に巻き込まれるのではないか。
「そうだ、聖剣。いくつか質問がある」
「エフィメロスだ」
「言いにくい名前だなぁ。エフィじゃダメか?」
「……」
「なぜ黙る?」
「あ、魔力が切れる」
「魔力が切れたらどうなるんだ?」
「喋れなくなる」
「おい! 色々と聞きたいんだ! どうすりゃあ魔力を補充できる??」
「そりゃあ――」
「そりゃあ??」
「――」
……あれ、もしかして、完全に魔力切れた??
その後、何度も俺はエフィメロスに声をかけたが、一向に返事はなかった。
「さぁ、ケンジ! 今日からは特訓だ。私が騎士のイロハを叩き込んでやる!」
朝一番にクレアが俺の部屋に訪れた。
「起きろ起きろ! 特訓は楽しいぞ!」
寝ぼけたままの俺を引きずるようにして屋敷の中庭まで移動させられたのだが……そこからは地獄だった。
「ケンジ、腹筋百回もできないのか? できないなら中庭を百週走れ!」
地獄だった。
「ケンジ、中庭百週もできないのか? できないなら打ち込み百回だ!」
地獄だった。
「ケンジ、この程度でバテたのか? できないなら腹筋百回だ!」
地獄である。修行なんて嫌だったけど、何とかやってみようと思えたのは、クレアが美女で性格も悪くないから、という理由だったのに……。
こいつは地獄だ。性格が悪いとかではなく、地獄だ!
というわけで……俺は逃げ出した。深夜になるのを待ち、スアレスの屋敷から抜け出したのである。
「見知らぬ土地で生き抜けるかは分からないが……田舎で働き先を見つければ何とか!」
そんな生活は、スローライフとは言えないだろう。が、このまま地獄の特訓が続くのであれば、身が持たない。
そうか、クレアに特訓してもらうと聞いて、エルシーネが笑っていた意味はこれか!
俺が特訓に耐えられるわけがない、という嘲笑。あいつは……俺は
「……でも、まぁいいか」
プライドを捨てるくらい、クレアの特訓はきつい。とっとと逃げよう……と、思ったのだが。
「見つけたぞ、聖剣使い!」
「へぇ??」
スアレスの屋敷から離れ、草原に踏み入れると、何者かの声が。しかも、それはどこかで聞いた声だ。
「はははっ、聖剣がどんなものか知らないが、死んでもらうぞ」
声の方に振り返ると、松明に灯る炎が、その正体を明らかにした。声の主は言う。
「私はこの世界で最高の椅子を用意してもらうのだから!」
「……大島、部長??」
「……す、須藤?」
そう、声の主は……元の世界で俺の上司をやっていた、大島部長だった。
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