閉幕 真実なき偽装
ユニケロス城の上層で、豆粒のような人々が動き回っていた。
イゾルデの一撃で崩壊した部分を修繕しているのだ。こうして帝国騎士団本部の屋上から工事を見ていると、あの日の出来事が夢ではなかったことを再確認できる。
ウェルナーは空を仰いだ。
今日は、快晴だった。
しかし――ウェルナーの目には、まだエルシリアの微笑が焼き付いている。
あれから、何日かかけて帝都は平穏を取り戻した。
壊された物もあれば殺された人もいて、完全に元通りとはいかなかったが……少なくとも、完全崩壊には至らなかった。皇帝は玉座にいて、国はそのまま保たれている。
この平穏を取り戻したのが誰なのか、帝都の人間ならば知らない者はいない。
エルシリア・エルカーン――魔女の野望を阻止し、引き換えに死亡。
彼女はこの間、皇帝と帝都、ひいては帝国全体を救った英雄として一代貴族に叙された。帝国の歴史上、数えるほどしか例のない最高の栄誉だ。
だが。
「……死人に贈る栄誉に、一体どれだけの意味があるんだ……」
青い空に投げるように、空虚な声を吐き出す。
呟きは無意味すぎて、涙すら出てこなかった。
「栄誉に意味なんて求めるな」
唐突に後ろから声がして、ウェルナーは振り返った。
ルドヴィカがいた。純白の髪が、太陽の下に輝いている。
「どうやら今回の件で騎士団に顔を覚えられたらしくてな、あっさり中に入れてもらえた」
珍しくおどけるような調子のルドヴィカに、ウェルナーは答えを返せなかった。
彼女は無言でウェルナーの隣に立ち、工事中のユニケロス城を望む。
「……昔から、変に真面目なヤツだった」
ぽつりと、ルドヴィカは独り言のように呟いた。
「わたし達三人の中で、最初に何かやろうと言い出すのは大抵マリだった。だが……困難にぶつかった時、それでもやめないと言い出すのはいつもアイツだった。それがどんなことであろうと、そうと決めたら一直線……不安になるくらい真面目なヤツだったよ」
だから、と言って、ルドヴィカは目を細める。
「それを思えば、あの結末も自然の帰結ではあったのかもな……」
「……それでも、納得できない……!」
ウェルナーは強く歯噛みし、詰まりそうな喉から声を絞り出した。
「彼女は今まで、ずっと復讐なんてものに囚われてきたんだから……それが終わったら、今度は幸せになっても良かったはずじゃないか……! たとえ負い切れないくらいの罪があったとしても、せめて……せめてっ……!!」
俯くウェルナーの目には、やはりあの時の微笑が映っている。
一緒に背負う、とウェルナーは言った。
それはできない、と彼女は拒んだ。
ルドヴィカの言う通り、不安になるくらい真面目な、偽りだらけの女の子。
あんなにも頑張った彼女が、たった一人、幸せになれないなんて……そんなのは、嘘だ……。
「……ウェルナー」
俯いて拳を震わせるウェルナーを見て、ルドヴィカが神妙に言った。
「リアに……生きていてほしかったか」
「当然じゃないか!!」
ついにはっきりと言葉にされた名前に、ウェルナーは顔を上げる。
「エルシリアとは出会って日も浅かったけど……仲だっていいばかりじゃなかったけど……それでも! 僕は、あんな結末は認められない!! たとえ彼女の覚悟を汚すことになったとしても、あんな結末が、あっていいはずがないんだ……!!」
覚悟。名誉。
どんな言葉で死を飾っても、そこに命がないことに変わりはない。
そして、命のない人間が救われることは、何があろうとも有り得ないのだ……。
ルドヴィカが、ふう、と息をついた。
「……アイツは、イゾルデの帝国乗っ取り計画の中核だった」
そして唐突に話し始める。
「アイツという悪役がいたからこそ、イゾルデはあれだけの暴動を起こすことができたんだ」
ウェルナーの頭はついていかない。いきなり何の話が始まったのだ?
「だとしたら」
ルドヴィカは確信に満ちた瞳でウェルナーを見つめた。
「万が一にもアイツを失わないよう、配慮がされていたとは思えないか」
「……え?」
ルドヴィカの言葉を起点に、ウェルナーの頭が未だかつてない速度で回る。
それはつまり。
つまり――
「ほら、くれてやる」
ルドヴィカはポケットから何かを取り出して、投げ渡してきた。
それは一本の鍵だった。
「帝都北東の郊外。森の中にある小屋だ。……行ってこい。アイツはきっと、オマエを待っている」
ウェルナーは頷いて、走り出した。
◆ ◆ ◆
本物か、偽物か。
その精度が限りなく高まった時、そうした分類は意味をなくす。
時に真実がその絶対性を失ってしまうように。
偽りなき真相は虚構の烙印を押され、真実なき偽装は本物のお墨付きを得る。
全知の超越者なき世界では、あらゆる真実は闇の中。
本物か、偽物か――その答えは、誰にも知ることができない。
◆ ◆ ◆
――そして、彼女はどこか暗い場所で目を覚ました。
意識は微睡んでいる。記憶も、なんだかはっきりしない……。
私、いつ寝たんだっけ……? それに、ここはどこ……?
徐々に視界が明瞭になっていき、見覚えのない天井が映る。そしてその手前に、誰か……少年のように見える、顔……。
見覚えはない。知らない。見たことがない。だったら誰だろう……?
警戒心が働きかけた時――少年が、自分の名を呼んだ。
心配そうに、嬉しそうに。
私の、名前を。
――― そりゃ、むっとすることくらいは ――― ふざけるなッ!! 僕達は殺人犯を捕まえるために ――― 君はたぶん、幸せには ――― いや……婚約した覚えは ――― 彼女は絶対に何か企んで ――― 君にそんな風でいられると、僕が ――― その発言がなければ喜んだかも ――― 僕は、『君』の姿を尊いと ――― 重くて背負い切れないなら、僕が一緒に背負って ――― の時は喧嘩だ。遠慮なく怒鳴り ――― 僕達は、自分で家畜であることを選んだ家 ――― そこから降りて、二人の前で土下 ――― やっちまえ、エルシリ ――― たじゃないか、休みは当分 ――― きなり僕を休ませるつもりか! ―――
瞬間、記憶が溢れた。
少年の顔に焦点が結ばれ、それからようやく、自分が笑っていることに気付く。
彼の顔に手を伸ばし……彼女は、言った。
「おはようございます、ウェルナーさん」
The Case of "Ruler"――Thinking End.
ウィッチハント・カーテンコール2 超支配的殺人事件 紙城境介 @kamishiro
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