第12話

——俺の名前はラセル。

どこにでもいる、ただの一般兵だ。

出身はユーフェルト自治区、特に名もない農村。家は貧しく、兄貴は徴兵されてそのまま帰ってこなかった。

だから俺は“兄貴の代わり”として志願した。ただ、それだけだった。


なのに。


なんで俺は、今、**“アトワイト・グエルクス”**の機神が空を裂く瞬間を、肉眼で見てるんだ?



「ラセル、まだ生きてるか!?」

「生きてる! 生きてるけど、何なんだよアレは!! 城、沈んでたぞ!? 一撃で!!」


仲間のカミーユが叫ぶ。俺も叫びたい。というか泣きたい。

だって、あの光景……夢じゃないんだろう? 本当に、国が一つ、消えたんだ。


さっきまで“婚約式”の護衛任務だった。

姫様が政略結婚で嫁ぐとか何とか。正直、どうでもよかった。

でもその式の会場で突然、あの《殺戮機神》が現れて、アトワイト様が……


いや、“様”って言いたくなるくらい圧倒的だった。


空から落ちた光の柱、蒼白い機神、黒いマントをはためかせてコクピットから立ち上がるあの人。


「……約束は果たしたわ。“婚約破棄”と、“滅亡”」


淡々と、そう言っただけだった。

その言葉を最後に、式場が、城が、王都が——音もなく消えた。



俺たち兵士は、ただ見ていることしかできなかった。

ライフルも、盾も、訓練も、何の意味もなかった。

“神”でも見たのか?ってくらい、全員動けなくなってた。


あれは“人間”じゃない。

けど、アトワイト様の目には、怒りも、哀しみも、何もなかった。


「……この国に、価値はなかった。私を道具として扱った、その一点においてね」


誰かが「なぜ……」と呟いた。

でも、誰も本当の意味で答えられなかった。


俺も、答えなんてわからない。ただ……ただ、わかるのは。


——あの人は、“何か”を背負ってる。


理屈じゃない。“正義”でもない。“復讐”とも少し違う。

でもそれは確かに、誰かの人生を犠牲にしてまで、ようやく手に入れた“自由”の形だった。



今、アトワイト様はどこかへ飛び去った。

その背中を、俺はずっと見ていた。


怖い。けど……どこか、泣きたくなるほど綺麗だった。

本当に、この世界のどこにも属していないような、孤高の存在だった。


「……なぁ、カミーユ。お前、まだ“正義”信じてるか?」


「いや、今の見て、それは無理だわ」


「だよな」


それでも、俺は思う。

この戦場で、誰かが彼女の隣に立てる日が来るなら——

それは、きっと、“世界が変わる日”だ。


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