第10話

アトワイト・グエルクス——

彼女の過去に関する情報は、各国の王宮、学術機関、教団すら一切保持していない。

それは不可解なほど“存在しない”記録だった。


……あまりに整いすぎていた。

まるで、誰かが意図的に“書き換えた”かのように。



「ベル=ザルク帝国中央記録庫ノウム、突入準備完了。

魔術防壁解除まで、あと3分です」


ユリウスは艦の中で椅子に深く腰掛けながら、静かに記録端末を操作していた。


「アトワイト、君のことを知りたい。

僕はただ、君を理解したいだけなんだ。……誰よりも深く」


彼が追う記録の断片は、遠い過去の《第七層魔導文明》時代にまで遡っていた。


その文明の記録に、不可解な一文がある。


> 《白銀の機神と共に現れし是正者。彼女は全てを壊し、そして去った》




ユリウスの直感が告げていた。

それは、現代のアトワイトに“酷似していた”。



記録庫の最奥——


ユリウスはついに、封印された《特級魔導文書・フラクタル・コード》を解読した。

そこに記されていたのは、かつての“彼女の原型”ともいえる存在。


《試験個体A-TW08》——人工的に造られた是正機能搭載型ヒト型兵器。

そのコードネームが、**“アトワイト”**だった。


「……彼女は“生まれた”のではなく、“造られた”のか……」


遺伝子改変、戦術予測アルゴリズムの埋め込み、感情制御装置の付与。

そのすべてが、“人間としての自由”を初めから剥奪するものだった。


彼女は神造兵器。

だが、記録の最終ページだけが——歪だった。


> 《A-TW08は計画を逸脱。自らを“アトワイト”と名乗り、全システムを焼却。

最後に残した言葉は、以下の通り——

『これは私の“わたし”だ。誰にも、これ以上“是正”されない』》





その瞬間、ユリウスは静かに息を吐く。

目を閉じ、眉間を押さえる。


「……君は、自分で自分を取り戻すために、すべてを壊してきたんだね」


アトワイトが、なぜ婚約破棄を選び、国を滅ぼしたのか。

なぜ、過去を語らず、誰にも寄り添わず、

ただ“是正”だけを口にしてきたのか。


その根底にあったのは——

**“自由を奪われてきた者の、反逆”**だった。



「君が壊してきた世界の欠片を、僕は拾い集める。

そこに、君が置き去りにしてきた“君の記憶”があるのなら」


ユリウスは静かに歩き出す。

次に目指すのは、廃墟と化した旧・人工知能研究都市エウカリオン

そこにはアトワイトがかつて“目覚めた”施設の残骸が眠っている。


——そして、彼女が最初に見た“光”の記録も。


「君のすべてを、僕が抱きしめる。

その先に、“共に立つ未来”があるって、信じてるから」


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