第5話

砂が鳴いた。


それは風が巻き上げた音ではなかった。

大地を叩く衝撃と、爆ぜる魔力のうねり。

《サリファ王国》の南部境界、グレイ・デューンにて、

地平の果てから現れたのは、黒鉄の巨影。


「……ついに来たか。アトワイト・グエルクス」


王国将軍、ジャマール・ザイドは歯を食いしばった。

彼は旧グラディア時代にアトワイトと何度か面識があった。

あの頃は礼儀正しいだけの姫君と思っていたが──


——眼下に現れたのは、殺戮の女帝だった。


《グロリア》が砂上用のキャタピラユニットに変形し、

数千機の支援無人機コール・リターナーと共に砂嵐の中を進む。

その背後には、黒旗が掲げられていた。


《世界是正機関・グエルクス》。


世界に対して宣戦布告した、たった一人の国家であり、理不尽そのものだった。


「警告:サリファ王国、魔獣兵による人体改造と奴隷制度を確認。是正対象、確定。作戦コード:イクリプス・フラット」


アトワイトの声が、音ではなく意識に直接侵入してくる。


——これは、警告ではない。通告だった。


「迎撃陣形に入れッ! 魔導主砲、急げ!

この女……一人のせいで五つの国が滅びた! だが、ここは違うッ! サリファの誇りを見せてやれッ!!」


ジャマールの叫びと同時、

地面を割って現れたのは、魔獣兵アスマル──

半人半獣の改造戦士たち。全身に魔導甲皮をまとい、地を蹴る度に砂が爆発する。


その数、およそ一万。


対するアトワイトは、ただ一機。


——ただ一機で、すべてを薙ぎ払う。


「始動。限定解放モード、《ヴェント・ノワール》──」


グロリアの全身が開き、内蔵された黒翼が展開。

真紅のコアが脈打つと同時、無人機群が一斉に敵を包囲する。


「敵性存在、優先度A。殲滅、開始」


——空が、砕けた。


無人機群から放たれた魔力砲撃が、まるで砂嵐そのものとなって戦場を呑み込む。

アスマルたちは次々と砕かれ、蒸発し、もはや戦いですらない一方的な“清掃”だった。


ジャマールは見た。

その少女の瞳に、怒りも、快楽も、悲しみすらなく。


ただ、《当然》という意志だけがあった。


「……これが……あの姫の……本当の姿か……」



そして、戦いはわずか四時間で終わった。


サリファ王は投降し、全支配構造が解体された。

アトワイトは魔獣兵計画に関わった貴族・軍属・研究員を全員処刑し、民衆に食糧と衛生物資を配布。

秩序は翌日には回復していた。


だが、それは救済ではない。

彼女にとって、ただの“是正”であり、“修正”である。


翌日、ユリウスが視察に訪れた。


「随分と手際がいいじゃないか、まるで国家ごっこみたいだ」


「ごっこではない。……これは、世界を『正しい構造』に戻すための手段」


ユリウスは笑いながら、彼女の隣に立つ。


「そうか。じゃあ、その『正しさ』を、次は俺にも教えてくれよ。共に征く日が来るまで、しばらく観察させてもらう」


「……勝手に」


二人の距離は、まだ遠い。


だが、確かに少しずつ“共闘”という未来が近づいていた。


アトワイトの孤独なる世界征服——その物語は、まだ続く。


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