第3話 俺達はそもそも・・・

俺とアガサは、ゼエゼエと呼吸をしながら、甲冑を着こんだジャンヌの体力が尽きて倒れ込むのを眺めていた。


「アガサさん、落ち着いてください!」

「くっ、この程度で体力が尽きるとは・・・私にはもう神の声が届かぬのか・・・」

「その甲冑の状態で走ったんだから当然です。というか、凄い体力だな…とにかく、俺らは本当に未来から来たんですよ」

「そうだ、ジャンヌくん! ボクたちの衣服を観たまえ。明らかに君の時代とは違うはずだ」

「黙れ、イングランド軍人め!」

 ジャンヌは怒りの眼をアガサに向ける。


(無理もない。ジャンヌ・ダルクというとイングランド軍に包囲されたオルレアンを開放した事で一気に英雄と祭り上げられ、しかし最後は政治闘争に負けて非業の死を遂げたんだ)


「ジャンヌくん、君は魔女では無いにも関わらず、魔女狩りにあった。君を審理した、コーションという司教は君への裁判権が無い状態で、何の証拠も無しに魔女裁判を始めたそうだな?」

 ジャンヌは眼を見開いた。

「何故、それを…‥?」

「君は裁判中に、驚くような受け答えをした。彼らは君に『神の恩寵を受けていたという認識があったか?』という質問をした。これは引っかけだ。当時の教理では、『人間は神の恩寵を認識できない』とされており、肯定すれば、君自身が教理違反したことに、否定しても自身がウソをついていた事になる」

 亮也も聞いた事がある、ジャンヌへの魔女狩り裁判だ。

「しかし、君は驚くべき回答をした。『もし私が恩寵を受けていないならば、神がそれを与えて下さいますように。もし私が恩寵を受けているならば、神がいつまでも私をそのままの状態にして下さいますように。もし神の恩寵を受けていないとわかったなら、私はこの世でもっともあわれな人間でしょうから』という答えをしたんだ。

これなら、上手く誘導質問を回避できるし、君が持つ神秘性は増し、さらに驚くような思考力がある事が分かる‥‥‥考えてみると、驚きだ。私でも魔女狩り裁判の最中で、そこまでの思考力は発揮できないだろう。一体、どうやってそこまでの学や思考力を手に入れたんだい?」

 アガサは興味深いように質問した。

「どうやってって……ですから、普通に大天使様が『こういうように答えなさい』と教えてくれたんです。私は本当にラ・ピュセルというド田舎の生まれで、学も知識も何もありません。というか、彼らが魔女狩りの質問の時、そんな”裏の意図”があったのか、というのを今アガサさんから教えてもらった程なので」

 ジャンヌは少し気恥ずかしそうに言った。


「じゃあ…! ジャンヌさんは、本当に神や大天使の声を聴きながらやっていたんですか!?」

 亮也は驚いていた。

「ええ、それはそうでしょう。そうでも無ければ、私のような田舎娘が、軍を率いてそれなりに”戦術”だとか、そういうのを駆使しながらオルレアンを開放できるはずがない。本当にイングランド軍の数の方が数倍多かったんだから」

「驚いたね・・・」

 アガサは呻いていた。

「本当に神や大天使の声を聴きながら、あれほどの離れ業を?」

「ええ、というか私にはそれしか無い。本当に何も知らぬ田舎娘なんです。アガサさんこそ、どうやってそこまでの情報を知ったんです?」


「私の時代なら、文献に非常に載っている」

 亮也も

「僕の時代だと、学校の歴史の教科書に必ず載っています、オルレアンの英雄、ジャンヌ・ダルク……多分、歴史好きのヤツ全員の憧れなんじゃないかな?」

 亮也はそう言った。

 今でも「政治に女は向かない」「上司に女は向かない」というような人は少なくない中で、ジャンヌは武人として指揮を取り、オルレアンを開放したのだ。


「まさか…‥君らは本気で未来から来たと?」

「そうじゃないなら、僕みたいな日本の高校生がジャンヌさんの功績を知ってるはずがない」

 その台詞に、ジャンヌは抜き身の剣を鞘に納めた。


「未来からというのは到底信じられないが、それを言うなら私の言葉も、あの時は誰にも信じて貰えなかった。命がけで救ったはずのオルレアンの住民も、磔にされた私に石を投げていたのだ……」

 ジャンヌは思い出したように言った。


「ジャンヌくん……辛い思い出だったろう」

 アガサに、

「一度戦った諸君らが『未来人』だと言うなら、信じよう……!」

 その眼にあったのは、まさに救国の英雄の光だった。


「きゃああアアアア! 止めろ! 放せえええええ!!!」

女の悲鳴だ。

洞窟の東奥から聞こえてくる

「うるせえっ、あんま痛めつけると、楽しみが減るんだよ!」

 肉体を殴る鈍い音。

 何がされようとしているのかは明らかだ。

 この世で一番、卑劣で残酷な行為だ。

「救おう!」

 ジャンヌは彼女らしく真っ先に駆け出していった。

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