第3話 圧縮空気砲はロマンだよね!

 とある砂漠に位置する酒場。

 スイングドアを押して、異物のように1人の新参者が入ってきた。

 その格好は、ふわふわのうさ耳フード付きパーカーを身に着けた、練り固めた毒キャンディを彷彿とさせる幼く愛らしい少女だった。

 右頬と左頬にはそれぞれ『燃える十字架』、『翼を閉じた逆さの鳩』のマークが、右の目尻と左の目尻には『大砲から飛び出す砲弾』と『鮮やかなピンクのハート』が描かれていた。

 天使と悪魔が同じ顔に同居している、そんな雰囲気を醸し出している。

 髪は左右で色味と長さがまったく異なっていた。

 右半分は長く伸ばされてウェーブした熱狂と破滅の色、左半分は短く切り揃えられた愛と無垢の色で染まり、頭頂部を境に境界が鋭利なナイフで切り分けられたかのように、くっきりと分断されている。

 うさ耳フードの少女は店主のいるカウンター席に迷わず座った。

「ご注文はいかがしますか?」

 店主は、その可愛らしくも異様な格好を前にしても、淡々と注文を聞いてきた。

 周りの客も、少女を一瞥しただけで、すぐに己の酒へと戻る。

「えっとねー、にんじんミルクジュースでっ!」

 身長109cmの体躯には不釣り合いな、金属の塊のような巨大な圧縮空気砲が、まるで意志を持ったかのように背中に張り付いていた。

「にんじんとミルクのカクテルですね。承知しました」

 誰もがこの町の鉄則を骨の髄まで理解していた。

 武器の携帯は当たり前、異常な外見も、過剰な武装も、金さえ払えば誰でもウェルカム。

 そして、この酒場での発砲などの行為はもってのほかだということも。

「なあなあ嬢ちゃん。この辺鄙へんぴな町に、いったい何用で来たんだい?」

 右隣に座る眉間にシワがある男は、うさ耳フードの幼女に物怖じすることなく、気さくにそう声をかける。

「うん……? それはねー……汚いところをきれーいにする、お掃除だよーっ!」

「へぇ〜そうなんだねぇ。んで、その【お掃除】って誰かに頼まれたのかい?」

「ううん、そういうわけじゃないよー。自主的にえいっ! ってやるんだよーっ」

「そうなのか、自主的にか〜。嬢ちゃん偉いじゃないかっ! おじさん、きみに1杯奢っちゃおっかな〜っ」

「えー、いいのーっ!?」

「おうよっ!」

「やめとけやめとけ。かわいい子が来ると、オマエはそうやってす〜ぐ調子乗る。あっ、お嬢さん、こちらにんじんミルクジュースでございます」

「わ~いわ~いっ!」

「そのせいで、一向に借金返済のメドがまだ立ってないんだろ?」

「げっ、マスターなぜそれを……」

「この酒場にいる奴らは皆知ってる、周知の事実だ」

「……まさか──ケビンっ!!」

 木製の丸テーブルに足を組んで酒を飲む、カウボーイハットを被り渋いヒゲを生やした男に鋭い眼光を飛ばす右隣の男。

「ガーハッハッハッ! オレはお前の代わりに、ありのままの状況をマスターに近況報告しただけだぜ?」

「「「ぶはははははははっ!!」」」

「こりゃあやられたなっ!」

「俺らならまだしも、ケビンはダメだっ」

「よりによって噂好きな奴にバレるとはなっ」

 店内はどっと笑いに包まれた。

「今さら隠すな、それにマルコ──前に貸したお金、忘れたとは言わせないぞ?」

「わーってるよ。でもなマスター、時に男はな、かわいい子がいたら借金してても奢るって、いつの時代も決まってるのさっ」

 マルコはそう言ってグビッとグラスの酒をイッキ飲みする。

「勝手にご破産するのは構わないが、金はきっちり返してもらうかんな」

「ぷは〜っ! キクぅうううううう!! ……ところで嬢ちゃんは掃除はいつからやるんだい?」

「まったく、オマエという奴は……はぁっ……」

「そうだね〜今からやろうかなってね。そう思ってたところ、なんだ〜」

「ほぅー早速お仕事とは精が出るってこった、嬢ちゃん頑張んなよっ!」

「うんっ! ……と、その前にー……やんないとだねっ」

 そうして少女が取り出したのは──葉巻状の物体だった。

「──嬢ちゃん、それ……まさかシガレットじゃねぇよな……?」

「ん? あー全然ちがうよ、タバコじゃないよおじさん。これ────だよ?」

 その単語が、砂漠の酒場の喧騒を一瞬で凍りつかせ、少女は頬に描かれたハートマークのように、歪んだ歓喜の笑みを浮かべた。

 彼女が葉巻状の物体を唇に挟み、甘い香りが周囲にわずかに漂った瞬間、その奥に宿る瞳が、一瞬だけ熱狂的なルビーの赤に光った。


 刹那──キン、と鳴る甲高い金属音が、無邪気な「遊び」の始まりを告げる。


 少女の細い指が、圧縮空気砲のトリガーをためらいなく、楽しげに押し込んだ。

 直後、店内の空気を引き裂くような地響きにも似たグォンッという衝撃音と共に、隣のマルコの頭部は、熟れすぎたトマトのように、鮮やかな赤の飛沫を四散した。

 その温かい飛沫が、彼女の顔全体を包む血のベールとなり、カウンターに置かれた「にんじんミルクジュース」のグラスへと、採れたての血ストロベリーソースが残酷な彩りを添えるように降り注いだ。

 『収穫されたばかりの地獄の果実』の色に一瞬で染め上げ、生温かい血の香りが広がる。

 そんな耳をつんざき、店内全体を震わせるような音とともに、隣にいた男マルコの頭は原形を留めぬほど、木っ端微塵に吹き飛ばされた。

「うーんんんんんん、このにんじんミルクジュースおいしい、お・い・し・いーっ!」

 うさ耳フードの少女は、コップの底に沈む赤く甘いジュースを飲むことに夢中だ。

 辺り一面に広がる、血と肉片の鮮やかな模様には、まるで興味を示さない。

「なーんか疲れちゃったし、この辺にあるって言ってたモーテルにでも泊まって休もうーっと──ありがとねみんなー。ほらほら、お肉になっちゃったおじさんが、キャンディみたいにいっぱい散らばってるよー? 今から【掃除】始めなきゃっ、みんなもお肉になって、バラバラにばいばーいっ!」

 彼女は天使のような無邪気な笑顔を店の惨状に向けたまま、背中の圧縮空気砲をガチャリと構え直した。その瞳には、次にバラバラになる「おもちゃ」を探す、純粋な狩人の愉悦が宿っていた。

 

─────────────────────


「あんっ? なんだぁーこりゃあっ?」

 店に入ろうと扉の前まで来たところで、店先から流れ出たであろう謎の赤い液体を自身が踏んでいることに男は気付いた。

「──まーた朝っぱらから酒樽さかだるごと飲んだくれてやがるな、アイツら……まあ嫌いじゃあねぇがな」

 そう独り言を呟きながら男は店へと入る。

「マスター、いつものあれを頼むわ。あれがなきゃやってられな──うっ……なんだ、この臭いは……?!」

 左腕の裾で鼻を抑えながら、スイングドアを右手で押し開け、男は店内へとゆっくりと歩を進めると、その正体が明らかとなる。


「──なんてこったい、これは…………」


 行きつけの酒場が赤ワインのアルコールの臭いではなく、せ返るほどの血なまぐさい臭いで満ちていたのだ。

 酒場は血と肉片に塗れ、仲間たちの変わり果てた姿に、男は言葉を失った。

「……オリー……ベン……マスカル……」

 男は共に過ごしてきた仲間との日々を思い出しながら、名前をただただ羅列する。

「……ここでなっ……何があったんだ……?」


 

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