第37話  中身を見せて

布団の中で、ぼーっと考える。

寝返りを打つ。

わたしの中に、新しい風が吹く。


青龍が、そんなことを思ってたなんて知らなかったな。ずっと一緒にいたのに。

自分の鈍感さに嫌気がさす。

涼ちゃんは『無邪気』って言ってくれたけど、要するに子供っぽいんだ。


お兄ちゃんふたりに挟まれて、初めてわかった。


思うに、高輪くんも何を言っても『YES』しか言わないわたしを、つまんない女だと思ったのかもしれない。

自分の意見がなくて、風に吹かれたらそっちに飛んでいっちゃうような。

そんなわたしを、本当に馬鹿だな、と思う。


天井に向かって両手を上げて、手を大きく開く。弱い光が手のひらを通ることなく、輪郭だけぼやけて見える。

あー、ダメだ。

今日は疲れすぎた。慣れないことばっかりだったし。

これ以上、何か考えたら、明日は熱が出そう。

⋯⋯熱出したら大事だよなぁ。


とりあえず、寝よう。



何か聞き慣れない音がして、目を覚ますとまだ六時前だった。外からしたその音の正体はわかったような気がして、ビルケンを履いて外に出る。

やっぱり、涼ちゃんだった。


「おはよう、真帆」

運転席をゆっくり降りた涼ちゃんは、わたしに近付くと、キュッと抱きしめてきた。母屋から見えたらどうしよう、と気が気じゃない。

とりあえず乗って、と言われて、部屋着のままだったから戸惑ったけど、言われた通りにする。

涼ちゃんの車は白いセダンで、親の車だと言っていた。


「朝とは言え、まだ暑いからなぁ」とため息をつくように、涼ちゃんは言った。

ハンドルにもたれかかって、何も言わない。

こっちも見ない。

涼ちゃんらしくない⋯⋯。


「あの、昨日は夜遅くにごめんね」

「いいんだよ、そんなことは」

良くないよ、とごにょごにょ言っていると、片手が伸びてきて、手を握られる。


「涼ちゃんはさ、あんまり女の子を追いかけたことがないから、どうしたらいいのかよく分からないんだ、正直なところ」

「え?」

「女の子の喜びそうなこと、ずっと考えてんだけど、真帆はまだ捕まってくれそうにないし、涼ちゃんの何が足りない? 教えてよ、真帆」


「⋯⋯あのー、涼ちゃんはさ、ちょっとカッコよすぎる。女の子ならみんなクラクラしちゃうと思う。でもさ、真帆には涼ちゃんの中身を見せてほしいなって」

涼ちゃんがわたしを握る手に、痛いくらい力が入る。目線はまだ合わない。


「中身見せたら幻滅されるもん。真帆の前ではカッコいい涼ちゃんでいたいじゃん」

「じゃあわたしは涼ちゃんの外見しか知らなくて、何処をすきになったらいいの?」

涼ちゃんは頭を上げて、わたしを見た。じっと。

わたしはその視線に怯みそうになる。


「とりあえず、朝のドライブにでも行こうか?」

「え? わたし、こんな格好」

「大丈夫、コンビニなら降りなくていいし、ね」

涼ちゃんはエンジンをかけて、家の前の下り坂をゆっくり下りた。



涼ちゃんの運転中の横顔は相変わらず素敵で、ドキドキしてしまう。普段、チャラいから尚更だ。

わたしの邪な心を知ってか知らずか、コンビニにはすぐに着いてしまう。

「待ってて」と言うと彼は車を降りた。


やっぱりわたしって簡単な女だな、と思う。涼ちゃんにとって、自分は特別だって何処かで思ってる。そういう思い上がりが嫌だから、涼ちゃんに会うのも躊躇われたっていうか。

わたしには特別素敵なところなんて、何処にもないのに。


涼ちゃんはソフトクリームを持って帰ってきた。

またエンジンをつけて、エアコンを回してくれる。

カーステレオからは、またわたしの知らない洋楽がかかっていて、前に聴いた音楽と似通ったそのメロディーに、心が癒される。

一日聴いただけなのに、涼ちゃんのすきな音楽を、わたしの身体は覚えてしまったらしい。


「ご飯の前にアイスなんて、お腹が冷えるかな? ま、いいよね。難しいことは考えなくても」

「⋯⋯お腹、痛くなるかな?」

「美味しい?」

「うん。とっても」

「じゃあ、涼ちゃんにも一口」と言って、わたしのソフトクリームを舐めた。自分の手にも同じものがあるのに。


「そういうの、狡いと思うよ」と言うと「じゃあ、真帆も俺のを食べればいいじゃん」とソフトクリームを寄せてくる。

目の前まで寄せてきて、仕方なくそれを舐める。


「なんか嫌らしいなぁ」

「な、何?」

ハァーッと彼は長いため息をついて、ソフトクリームを食べた。

「あの小さな真帆が男を知ってるだなんて、驚きだよ」

「え!? そんな話、した?」

「⋯⋯してない。でも一年も付き合ってて、何もないなんて有り得ないでしょ」


わたしは窓の外を見て、話が変わるのを待った。

田んぼの中にはシラサギが立っていて、餌を探しているようだった。

「男の車にやたらに乗ったら危ないんだぞ」

「涼ちゃんが乗れって言ったじゃん」

「⋯⋯そうかもしれないけどさ」


ぺろっとソフトクリームを舐めた涼ちゃんの舌も、やけに赤かった。あの舌が、わたしの中に入ったかと思うと、やたらに男の人の車には乗らない方がいいような気がした。

涼ちゃんはキスがすきなんだよなぁと、ぼんやり考えてた。


「したいの?」

「な、何を?」

「キス。だって口元ばっかり見てたじゃん」

涼ちゃんはわたしの顔に自分の顔を寄せて、わたしの唇をぺろっと舐めた。きっと甘かったに違いない。わたしはそのやわらかい感触に頬を赤くした。


車はコンビニの駐車場の脇の方に停めてあったので、幸い誰かに見られることはなかったと思う。

それでもハラハラする気持ちが消えなくて、目を逸らせていると、唇を食べるようにキスされる。ダイレクトに涼ちゃんの唇の感触が伝わってくる。

涼ちゃんは、右手にソフトクリームを持って、左手でわたしのうなじに手をかけた。


「ん!」

赤い舌が滑らかに入ってきて⋯⋯涼ちゃんがいた日々を思い出す。

「ん⋯⋯」

頭の奥が痺れてくる。甘い、冷たいキス。


「失敗したな。ソフトクリーム持ってたら、すきなようにできないや」

「これ以上、何もできないでしょ!?」

「朝からホテルに行ってもいいんだよ。行ってみる?」

わたしは涼ちゃんの感覚が残る唇を噛んで、言い返した。

「涼ちゃんの中身を教えてくれたらね」


「中身? 真帆の全部を奪っちゃいたいって思ってる。真帆が俺のこと、まだ知らないって言っても、これから知ればいいことだし」

「わたしはよく知らない人とはできないよ」

「⋯⋯知ってるくせに」

不貞腐れた顔をしてアイスを食べると、つまらないな、と言って車を発進させた。

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