第37話 中身を見せて
布団の中で、ぼーっと考える。
寝返りを打つ。
わたしの中に、新しい風が吹く。
青龍が、そんなことを思ってたなんて知らなかったな。ずっと一緒にいたのに。
自分の鈍感さに嫌気がさす。
涼ちゃんは『無邪気』って言ってくれたけど、要するに子供っぽいんだ。
お兄ちゃんふたりに挟まれて、初めてわかった。
思うに、高輪くんも何を言っても『YES』しか言わないわたしを、つまんない女だと思ったのかもしれない。
自分の意見がなくて、風に吹かれたらそっちに飛んでいっちゃうような。
そんなわたしを、本当に馬鹿だな、と思う。
天井に向かって両手を上げて、手を大きく開く。弱い光が手のひらを通ることなく、輪郭だけぼやけて見える。
あー、ダメだ。
今日は疲れすぎた。慣れないことばっかりだったし。
これ以上、何か考えたら、明日は熱が出そう。
⋯⋯熱出したら大事だよなぁ。
とりあえず、寝よう。
◇
何か聞き慣れない音がして、目を覚ますとまだ六時前だった。外からしたその音の正体はわかったような気がして、ビルケンを履いて外に出る。
やっぱり、涼ちゃんだった。
「おはよう、真帆」
運転席をゆっくり降りた涼ちゃんは、わたしに近付くと、キュッと抱きしめてきた。母屋から見えたらどうしよう、と気が気じゃない。
とりあえず乗って、と言われて、部屋着のままだったから戸惑ったけど、言われた通りにする。
涼ちゃんの車は白いセダンで、親の車だと言っていた。
「朝とは言え、まだ暑いからなぁ」とため息をつくように、涼ちゃんは言った。
ハンドルにもたれかかって、何も言わない。
こっちも見ない。
涼ちゃんらしくない⋯⋯。
「あの、昨日は夜遅くにごめんね」
「いいんだよ、そんなことは」
良くないよ、とごにょごにょ言っていると、片手が伸びてきて、手を握られる。
「涼ちゃんはさ、あんまり女の子を追いかけたことがないから、どうしたらいいのかよく分からないんだ、正直なところ」
「え?」
「女の子の喜びそうなこと、ずっと考えてんだけど、真帆はまだ捕まってくれそうにないし、涼ちゃんの何が足りない? 教えてよ、真帆」
「⋯⋯あのー、涼ちゃんはさ、ちょっとカッコよすぎる。女の子ならみんなクラクラしちゃうと思う。でもさ、真帆には涼ちゃんの中身を見せてほしいなって」
涼ちゃんがわたしを握る手に、痛いくらい力が入る。目線はまだ合わない。
「中身見せたら幻滅されるもん。真帆の前ではカッコいい涼ちゃんでいたいじゃん」
「じゃあわたしは涼ちゃんの外見しか知らなくて、何処をすきになったらいいの?」
涼ちゃんは頭を上げて、わたしを見た。じっと。
わたしはその視線に怯みそうになる。
「とりあえず、朝のドライブにでも行こうか?」
「え? わたし、こんな格好」
「大丈夫、コンビニなら降りなくていいし、ね」
涼ちゃんはエンジンをかけて、家の前の下り坂をゆっくり下りた。
◇
涼ちゃんの運転中の横顔は相変わらず素敵で、ドキドキしてしまう。普段、チャラいから尚更だ。
わたしの邪な心を知ってか知らずか、コンビニにはすぐに着いてしまう。
「待ってて」と言うと彼は車を降りた。
やっぱりわたしって簡単な女だな、と思う。涼ちゃんにとって、自分は特別だって何処かで思ってる。そういう思い上がりが嫌だから、涼ちゃんに会うのも躊躇われたっていうか。
わたしには特別素敵なところなんて、何処にもないのに。
涼ちゃんはソフトクリームを持って帰ってきた。
またエンジンをつけて、エアコンを回してくれる。
カーステレオからは、またわたしの知らない洋楽がかかっていて、前に聴いた音楽と似通ったそのメロディーに、心が癒される。
一日聴いただけなのに、涼ちゃんのすきな音楽を、わたしの身体は覚えてしまったらしい。
「ご飯の前にアイスなんて、お腹が冷えるかな? ま、いいよね。難しいことは考えなくても」
「⋯⋯お腹、痛くなるかな?」
「美味しい?」
「うん。とっても」
「じゃあ、涼ちゃんにも一口」と言って、わたしのソフトクリームを舐めた。自分の手にも同じものがあるのに。
「そういうの、狡いと思うよ」と言うと「じゃあ、真帆も俺のを食べればいいじゃん」とソフトクリームを寄せてくる。
目の前まで寄せてきて、仕方なくそれを舐める。
「なんか嫌らしいなぁ」
「な、何?」
ハァーッと彼は長いため息をついて、ソフトクリームを食べた。
「あの小さな真帆が男を知ってるだなんて、驚きだよ」
「え!? そんな話、した?」
「⋯⋯してない。でも一年も付き合ってて、何もないなんて有り得ないでしょ」
わたしは窓の外を見て、話が変わるのを待った。
田んぼの中にはシラサギが立っていて、餌を探しているようだった。
「男の車にやたらに乗ったら危ないんだぞ」
「涼ちゃんが乗れって言ったじゃん」
「⋯⋯そうかもしれないけどさ」
ぺろっとソフトクリームを舐めた涼ちゃんの舌も、やけに赤かった。あの舌が、わたしの中に入ったかと思うと、やたらに男の人の車には乗らない方がいいような気がした。
涼ちゃんはキスがすきなんだよなぁと、ぼんやり考えてた。
「したいの?」
「な、何を?」
「キス。だって口元ばっかり見てたじゃん」
涼ちゃんはわたしの顔に自分の顔を寄せて、わたしの唇をぺろっと舐めた。きっと甘かったに違いない。わたしはそのやわらかい感触に頬を赤くした。
車はコンビニの駐車場の脇の方に停めてあったので、幸い誰かに見られることはなかったと思う。
それでもハラハラする気持ちが消えなくて、目を逸らせていると、唇を食べるようにキスされる。ダイレクトに涼ちゃんの唇の感触が伝わってくる。
涼ちゃんは、右手にソフトクリームを持って、左手でわたしのうなじに手をかけた。
「ん!」
赤い舌が滑らかに入ってきて⋯⋯涼ちゃんがいた日々を思い出す。
「ん⋯⋯」
頭の奥が痺れてくる。甘い、冷たいキス。
「失敗したな。ソフトクリーム持ってたら、すきなようにできないや」
「これ以上、何もできないでしょ!?」
「朝からホテルに行ってもいいんだよ。行ってみる?」
わたしは涼ちゃんの感覚が残る唇を噛んで、言い返した。
「涼ちゃんの中身を教えてくれたらね」
「中身? 真帆の全部を奪っちゃいたいって思ってる。真帆が俺のこと、まだ知らないって言っても、これから知ればいいことだし」
「わたしはよく知らない人とはできないよ」
「⋯⋯知ってるくせに」
不貞腐れた顔をしてアイスを食べると、つまらないな、と言って車を発進させた。
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