第16話 八つ当たり
帰ろうと駐車場に向かっていると「青龍!」と駆け寄ってくるひとがいた。
その人は腰につきそうな真っ直ぐなストレートの髪が印象的なひとだった。
「まさかここで会うと思ってなかった。唯がこの前ここで青龍に会ったって聞いてたけど、こういうとこ、あんまりすきじゃないと思ってたから」
「⋯⋯従兄弟、そこの。泊まりに来てるんだけど、足りない物があるって言うから」
「ああ、それで! 何にしても久しぶりに会えて良かった! 会えなかった間も元気にしてた?」
「元気だよ」
「それならいいの。また会おうね」
じゃあね、と言ってその人は消えていった。
「おお、地元美人」
「うん、すごく美人なひとだったね」
『会えなかった間』という言葉がチクンと胸に刺さる。『会えなかった』ということは、『会いたいけど会えなかった』ってことかなぁと考える。でも答えは出ない。
⋯⋯青龍は、よその誰から見てもきっと魅力的だろうなぁ。
きっと、あのひとから見ても。
「真帆? ぼーっとしてどうした? もう行くよ」
「ごめんなさい」
青龍は⋯⋯いつも通り、何を思ってるのか無表情だった。
わたしはそんな青龍が、遠くなった気がした。知らない青龍が、そこにいるような気がした。
◇
「なぁ、帰りにビール買っていこうぜ」
「お前さぁ、さっき買ってくれば良かったじゃん。スーパー入ってただろう?」
「いいじゃん、コンビニで。真帆もようやく飲めるようになったしな~」
「え!? なんで知ってるの? でもまだ飲んだことないよ」
「じゃあお兄ちゃんがお酒を教えてあげよう」
ひひ、と涼ちゃんは笑った。
「え? お前、いつハタチになったの?」
「ここに来るちょっと前に」
「言えよ、そういうこと」
「言わないよ、もう過ぎてるのに」
コンビニでいいんだな、と青龍は念を押して、ヘッドライトをつけた。
コンビニに着くとふたりは迷わずアルコールコーナーに行く。わたしを置いて、ふたりで買うお酒を選び始める。わたしにはちんぷんかんぷんだ。
「なんだよ、ビールの好みもお前とは合わないな」
「それはこっちのセリフ。目新しいものばっかりに目が行くなんて節操ないよな」
わたしは果物がパッケージに描かれた、色とりどりの缶を見ている。どれもどこがどう違うのかわからないので、さっぱりだ。
「真帆、真帆は初めてだから、度数0.5以下の酒な」
「え?」
「かわいい缶のにすればいいじゃん」
「美味しいの教えてやれよ」
「選ばせてあげるのもいいじゃん」
ふたりはまた揉め始める。これで本当は仲がいいんだから、タチが悪い。
「真帆子、これにしなよ。果汁が多くて飲みやすいし。それか、ほろよい。ほろよいは女の子にも人気があるし、度数も低くてジュースと変わらないから」
「そうなの?」
「そうなの」
手に取ってみると、確かにパッケージデザインがかわいい。わたしが白いのを選ぶと、涼ちゃんがそこにピンクのも加えた。
「美味しいよ」と言われ、頷く。
夜ご飯を食べて、みんなが寝静まる頃に居間で三人で飲む約束をした。
時間になるとふたりともやって来て、冷蔵庫からお酒と、それからおつまみとグラスも持ってきた。
「真帆子、誕生日おめでとう!」
ふたりの声が重なって、しーって、人差し指を立てる。たけちゃんを起こしてしまうかもしれない。
「真帆、今日あげたアレ、持ってきた?」
「うん」
「着けてみて」
丁寧に、ラッピングをほどく。
わたしの選んだのは四つ葉のデザインで、涼ちゃんが選んだのはピンクの石が入ったものだった。
いただいた手前、涼ちゃんが選んだ方を着けてみる。鏡がないので、上手く着けられない。
「俺が着けてあげるよ」と涼ちゃんが耳たぶに触れて、くすぐったい。ピアスは難なく着いて、そこで「おおー!」と涼ちゃんが歓声を上げた。
「似合ってる! なぁ、青龍」
「うん、いいんじゃない」
鏡で見てこいと言われて、洗面台に見に行く。鏡の中の自分が、少し大人になった気がした。
「涼ちゃん、ありがとう!」
「似合ってたでしょ? 真帆は保守的だからなぁ。メイクももうちょい濃くしても似合うと思うよ。目元なんかパッチリ二重なんだし、勿体ないよ。ナチュラルメイクも彼の趣味?」
「うーん、他のお化粧濃い子を見て『ああいうのはすきじゃないな』って。だから、控え目にしてた」
「要は派手になりすぎなきゃいいんだし。今度、お店で見てもらうのもいいかもね」
「俺はそうは思わない。真帆子は真帆子のままでいいし、メイクもすきにしたらいいと思う。保守的でいけないことはないよ」
「お前もお堅いからなぁ。あーあ、つまんねぇの」
「つまらない? ごめんなさい!」
「いや、そういう訳じゃなくて」
涼ちゃんは少し困った顔をした。
「いつか真帆をお嫁さんにしたいって、子供の頃から思ってるんだけど、引く?」
「お前、もう酔ってるんじゃないのか?」
「まだ一口しか飲んでねぇよ」
「お嫁さん、とか、いきなりおかしいだろ? 真帆子も困ってる」
青龍の言葉通り、わたしは涼ちゃんの言葉に身を小さくした。
「あの、おふざけだと思ってるんだけど。わたし、まだ男の人が怖いって言うか」
「おい、もうそういうのはいいから、真帆子、お前も飲め」
初めて飲むお酒は、まるでカルピスソーダのように白くて、小さな泡がグラスの中で弾けていた。
そのグラスを覚悟を決めて一気に口元に持っていった。
「⋯⋯甘い」
「ジュースと変わらないだろ?」
「うん」
ふたりがビールの味比べをしている間に、白い缶は空になった。
「真帆、飲める口?」
「知らない。初めてだもん」
「お、なんかかわいいぞ」
からかわれてムッとする。
「涼ちゃんはさ、何かあるとすぐ『かわいい』って言葉で誤魔化すじゃん。他の女の子にもそうやって言うんでしょう?」
「おーい、真帆ちゃん。酔ってるでしょう?」
「飲ませる方が悪い」
ぬか漬けをポリポリ齧る。
「それで、青龍はさ、何でも『自分は無口です』って顔して、大事な時に何も言わないし。まったくふたりともどうなってんの?」
涼ちゃんが肘で青龍をぐいぐい押す。
青龍はグラスをテーブルに置いて、ぽかんとした。
「高輪くんはさ、わたしのこと『すきだよ』とか『大切にするよ』とか、散々言ったくせにわたしのこと捨ててさ。さっさと他の女に乗り換えておいて、あの人と付き合いたいから別れてくれとかさぁ⋯⋯。一生懸命、高輪くんに、似合う女になりたいって頑張ってきたわたし、バカみたいじゃない? 全否定よ、全否定。それで、フラれたからって折角、気をつかって伸ばしてた髪をショートにしちゃうわたしってさぁ⋯⋯もうみんな嫌いッ」
うわーん、と初めて大きな声で泣いた。
こんなの八つ当たりだってわかってるけど、思いっ切り泣いた。
「真帆ちゃん、落ち着いて⋯⋯」と涼ちゃんがわたしを抱き寄せる。そんなことで癒せる傷じゃなくて、わたしは泣き止んだりしない。
ぽろぽろと涙がこぼれて、涼ちゃんのシャツが濡れるのも構わず泣く。
「真帆子⋯⋯、短い髪も似合ってる」
青龍の言葉に、涼ちゃんもうん、うんと頷く。
「大事な時に大事なことを言わないのは⋯⋯悪い癖だ。でも、いつでもタイミングが掴めない。思ったことが涼平の十分の一でも口から滑り出てくれたらいいんだけど、真帆子には⋯⋯真帆子? おい?」
「残念、寝ちゃってる⋯⋯」
ふたりの何か言う声が遠くに聞こえて、ふわっと抱き上げられたのはきっと青龍だなと思う。三回目ともなると、その感覚も覚えてしまって。
わたしは心地よく、布団に入れられた。
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