第5話 距離感
「茶でもするか」と青龍が言って、長い時間、付き合わせてしまったことに頭が下がる。どうにもわたしは決断力が低い。だから、高輪くんみたいに「似合うよ」って言ってくれる人が必要になる訳で⋯⋯その人は遠くに行ってしまった。
どうして高輪くんに囚われているのか? 忘れるために遠くに来たのに、どっちを向いてもチラホラその影が見えて、彼の影響力の強さを知る。
何だか自分が抜け殻になってしまったかのような脱力感に襲われる。
何か飲み物を、と歩いてる途中で青龍の足が止まった。
「青龍じゃーん! 久しぶり!」
黒地に花柄のワンピースを羽織って、背中で紐を結んだ女の子に声をかけられた。
「青龍、国立行ってるんでしょう? どうよ? 遠くない?」
「遠い、遠い。毎日通学だけで四時間だよ」
「四時間!? ウケる~! ネタじゃないの?」
「マジ話だよ。それより
「ウチは地元。電車で三十分よ」
「なんだよ、近くていいなぁ」
「青龍もうちの大学にすれば良かったのに。そしたら前みたいにみんなで遊べたじゃん」
「ああ、そうかもな」
話に入れず、青龍の影に入るようにそっと息をひそめる。
青龍にも女友達が当然いるんだよなぁと、不思議な気持ちでふたりを見ている。
わたしの前では無口な青龍が、饒舌だ。何だか彼女が贔屓されてる気分になる。
「ねぇ、それで彼女、いつ紹介してくれんの? こんにちは~、わたしは青龍の元⋯⋯」
「同級生。こっちは従兄妹の真帆子。大学二年。都内住みなんだけど、お盆までこっちにいるんだ」
「都内! 通りでこう醸し出す空気が違うと思ったぁ。うわぁ、田舎までご苦労様です」
いえ、と言いながら作り笑いする。冷やかされてるような気もしなくはない。
「青龍、変な気を起こすなよ」
「お前に言われたかねぇよ」
じゃあな、とお互いに手を振って、ふたりは別れた。
「ごめん、騒がしいヤツで」
「元同級生でしょ? 久しぶりだったんなら、わたしなんか気にしないで⋯⋯」
「あ、スタバでいいか?」
青龍がわたしの背中を押した。少し、強引に。
わたしはポーンと押されて、何にするか訊かれる。そして「買ってくるから席取ってて」と離された。
なんかわたしと青龍の距離感がいつもと違う気がして、戸惑ってしまう。青龍って実は女の子慣れしてるんじゃないのか疑惑が、わたしの中に浮かんでくる。
そういう目で今まで見たことがなかったから、考えたことがなかったけど、よく見ると外見も整っている。伯母ちゃんに似たキリッとした目元とスッと通った鼻筋。日焼けした肌。高校までやっていたサッカーで鍛えられた身体。
肩幅の広さが、頼もしく見える。真っ黒な髪と同じ色の瞳。嘘をつくようには見えない。
思わずレジ列に並ぶその背中を、じっと見てしまう。
は、だから、そういう訳じゃなくて。
たださっきの女の子も青龍に会えてうれしそうだったし、高校の時はモテたのかも、とか、そういうことじゃなくて。
「お待たせ」
ひとりで頭の中で混乱していると、目の前にその元凶がいた。
わたしは渡されたフラペチーノに涼を求めて、手を伸ばした。
「女って、ソレすきだよな? 冷たくないの?」
「? 美味しいよ。飲んだことないの?」
「キーンって来そうじゃん」
「まぁ、たまにね」
「たまになるんじゃないか」
話したかと思うと、急に無口になる。
青龍の持っているアイスカフェラテのカップから、結露した水滴がポタッと落ちる。たまたま下にあったペーパーにそれは吸い込まれて、ペーパーの色がトレイの色に近づく。
わたしはそれを見ている。正面を向くのは気まずいから。
「どうした?」
「ううん、なんも。ここ、広いなと思って」
「疲れたか?」
「あ、そういう意味じゃなくて。見てて飽きないな、と思って」
「都会にはもっと飽きないところがたくさんあるだろう」って、ブツリと切られる。わたしはただ、話が途切れなければいいなと思ってるだけなのに。
昔はもっと、フランクに何でも話したのに。
さっきの女の子みたいに、話してくれたらいいのになぁとぼんやり考えてると、ストローがズズッと音を立てた!
不味い!
女子としてはあってはならないこと。
あー、と言っても何の取り返しもつかない。いつもこんなことしないのに、今日に限ってなんでかやっちゃったんだろう?
「もう飲んじゃったの? もうひとつ買ってこようか?」
「いいの! いらないの! ほら、お腹冷えちゃうし」
「確かに。冷えると腹痛くなるしな」
ポン。頭に手が乗せられる。もっと余裕がなくなる。
「どうした?」と無自覚な行為が更にわたしを赤くさせる。何でもない、そうとしか返せなかった。
その後はぐるりと一周して、ユニクロで明日香ちゃんとお揃いの花柄のTシャツを二枚買う。小さい子がいると、確かにこういうところでゆっくり服を見たりは出来ないんだろうなぁと、よその子供を連れたお母さんを見て思う。
今日着ているワンピースがセールで千円下がっている。
何故か青龍にはそれを見られたくなくて、紳士服コーナーに彼を連れていく。
値下がっているUTを見て、青龍がそれを広げる。人気アニメのキャラクターがどーんと描かれていて、青龍はそれを雑に畳んだ。
「そろそろ帰るか。夕飯食べていってもいいけど、みんなお前のこと、待ってるだろうしな」
遠回しに断られた気がして、がっかりする。いや、わたしは別に、ふたりで夕食をたべたい訳じゃなくて。
だって、ふたりきりで向かい合って食事しても、また喋ることもなくて⋯⋯。
「うん、お腹空いたね」
無難な返事をかえした。
◇
夜道をヘッドライトが闇を切り裂くように走る。
大通りを外れると、車通りがほとんどない。
夜の中にぽーんと、ふたりきりで投げ出されたような、そんな気分になった。
カーステレオからはBluetooth経由のサマーソングが流れている。断然、海の曲が多くて、不公平に思う気持ちが積もる。
「どうして夏の歌っていうと、海一択なんだろうね?」
「さぁ。俺は海の曲、すきだけど」
「あ、なんか裏切り」
「山の方がすきなの?」
むーんと、口を噤んで考える。そうなのかな? 海も嫌いではないけど。
「ここがすきなの、多分」
多分か、ふふ、と青龍は笑った。そんなにおかしなことを言ったかなぁと思う。
「光栄」としっかりハンドルを握りしめた青龍が言ったので、少しホッとした。従兄妹だからと言って、簡単に気を許せない。
ひとつだけの年の差が、今になって大きく広がったのか、その可能性を考えて窓の外を見ると、稲穂を付け始めた田んぼが、暗い海のように揺らめいた。
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