第二話 最新型セルフレジに二の足を踏む

 見上げた空は吸い込まれてしまうのではないかと思うほどに綺麗な淡いブルー色をしていて、濁りも知らない真っ白な雲がまばらに浮かび、ゆっくりと流れていっていた。

 雲の形は一つ一つ違っていて、「あれはアヒルっぽい形しているな」とか、「あっちはカニのハサミっぽい形しているな」など考えながら眺めていると、一生眺めていられる気がする。


 空はいつも以上の美しさで広がっているのだが、明らかに通常ではないと誰もが思える状態になっていた。


 あれ、絶対月だよね?


 左下部分がやや欠けた、円形のものが2つ連なって浮かんでいる。瞬きしてみたり、目を擦ってみたりして何度も見直すが、2つある事実は変わらなかった。


 ビル群に目を落とすと二重になっているものなんて一つもない。僕の目に異常があるのではなく、間違いなく月っぽいのが2つ浮かんでいた。


 う〜ん?異世界転生ってやつ?


 視線を落とし自分の体を見てみる。

 そこには今年で45歳を迎えたお世辞にも引き締まっているとはいえない、だらしない体があった。


 どう見ても転生しているとは思えない。


 パラレルワールドに迷い込んだとかそういう感じなのだろうか?


 コンビニの前を通りかかるとガラス窓に映り込む自分の姿が見えたので、自分の現在の姿が変わっているかどうか確認するために近付いてみる。


 ガラス窓に映った姿は見慣れたいつも通りの姿だった。スタイリング剤は何もつけてないので髪はボサボサ、髭も剃ってないので口周りに黒い小さなポツポツがたくさん見られる。


「ふぅ〜」

 老けたなー、と思いながらほうれい線のあたりをさすっているとため息がこぼれてしまった。


「高いわね〜」


 え!

 いきなり後ろから声が聞こえてきたのでビックリして振り返ると、一人のご婦人が頬に手を添えながら僕と同じ窓を覗き込むようにしていた。


 窓に視線を戻すと、そこには……

『豪華客船で行く日本一周旅行相当が当たる!』


 コンビニでよくやっているキャンペーンくじを案内している広告が貼られていた。

 僕が窓に顔を近づけていたので広告を見ていると思ったのだろうか?


「高いわねー、普通に行こうと思ったらもするのね」

 僕の視線を感じたご婦人はわざわざ言い直してそう言ってきた。


 こんなおじさんに気軽に話しかけてくるなんて気さくな方だな。でも、か〜、確かにそう簡単に出せる金額じゃないよねー。


「あはは、そうですね。高いですね。でもこういうの一回は行ってみたいですよね?」

 適当に話を合わせようと思いそう言ってみた。


「旅行好きなんですか?」

「ええ、まあ」


「でもは高いですよね〜」


 苦笑いを浮かべながらそう言い残し、ご婦人は軽く会釈をしてその場を立ち去っていった。


 そうですね〜は確かにねーって、は高くないだろ!

 って言い間違ってましたよ〜って、どうでもいいか、もう会うこともないだろうし。


 !?

 え〜〜っ!!


 そこで広告を改めて見直してみると、記載されている金額を見て声を出してしまいそうになった。


 ひゃ、ひゃ、になってんじゃん!

 こんな正規の広告が盛大に誤植!!


 100円で行ける豪華客船の旅なんてありえねーわ!

 てか、100円で行ける程度ならわざわざクジ買って、当てて行こうなんて思わなねーし!


 ここのコンビニの店長さんは顔見知りだ。これは教えてあげないと思って入り口に向かおうと思ったのだが……。


 いや、いや、待て、待て、ここはいつものコンビニじゃないかもだぞ。


 急いで出入り口に向かおうと思ったのだが、急いでいた足を緩めゆっくりと周りの状況を伺いながら入店することに。


 中に入ると『チャララララララ〜♪』と聞き慣れた入店音が響き渡る。が、いつもならここで店長さんの「いらっしゃいませー、こんにちわ〜」って声が聞こえるのだが、それはなかった。


 え?

 あれ?

 レジが無い?


 レジ前に店長さんがいるかなと思ってそちらを見ながら入ったのだが、店長さんがいるどころかレジ自体もなかった。


 ??

 いつも利用しているコンビニなら入ってすぐ左側にレジが並んでいるのだが…ないよ?なぜ?


 バタンっ!


 その時、奥でドアの閉まる音が聞こえたので視線を送ると奥から人が歩いてくるのが見えた。

 スーツを綺麗に着こなした背の高い爽やかな印象を受ける青年だった。青年はペットボトルを手に持っていたので、きっとお客さんなのだろう。

 ペットボトルを手に持ちながら棚に並んでいる商品を取り上げるとこちらに向かってきた。


 え?こっちは出入り口ですけど?

 え?万引き?こんな堂々と?


 万引きかと思った僕は出入り口に立ち塞がって待ち構えようとしたのだが、その人は僕の直前まで来たところで方向を変え、出入り口付近に備えられていた機械の前へと進んでいった。

 そこでスマホを出して、かざす、そして手をかざすと『決算が完了しました。お買い上げいただきありがとうございます』との機械音声が聞こえてきた。


 え?そこで決算するシステムなの?


 僕が放心状態になっていると、「すみません」とその好青年は少し身を屈めながら言ってきた。出たいのに僕が邪魔になってしまっていたようだ。


「あ!すみません」

 そう言って慌てて道を開ける。


 A Iカメラで人の動きを認識してどの商品を手に取ったか確認していて、出入り口付近にあるこの精算機で精算するシステムとかそんな感じだろうか?


 やっぱりここは絶対別世界だ!

 こんなのが導入されているなんて全然聞いてない。

 

 となるともしかしたらここは完全に無人店舗なのだろうか?

 ここには誰もいないのだろうか?

 誤植のこと誰に言えばいいのだろうか?


 そんなことを考えながら店内をぶらついていると

 ある表示に僕の目は釘付けになってしまった。


『今ならおにぎり1個1銭!』


 今ならおにぎり1個1銭??


 1銭??

 銭??

 え?え?どゆこと?どゆこと?


 店内の値札を見て回ると円になっているものなど全く見当たらず、銭と表記されているものばかりだった。


 銭って『一銭にもならない』とかで使う、あの銭?

 円の下の単位って考えていいのだろうか?


「あ!山下さん、こんにちは!どうしたんですか?健康診断引っ掛かったから自炊頑張るんじゃなかったんですか?」


 えっ!

 は?何それ?


 僕に声をかけてきたのは間違いなく、いつもお世話になっているコンビニの店長の工藤さんだった。同じ40半ばということもあり仲良くさせていただいているのだが、言ってる意味が全く理解できなかった。


 健康診断?

 引っ掛かった?

 いや、引っ掛かるどころかここ数年、健康診断行ってないんですけど…?


ってなんでそういうことを言うんですかー。素晴らしいコンビニじゃないですかー!」

 健康診断のことは何言っているのかわからなかったので触れないようにして、自虐するようなことを言っていたのでそちらに対しての反応を返してみる。


「いや、いや、こんなとこですよ。こんなとこにいつも来て頂いてありがとうございます」


 工藤さんは謙遜した感じでそう言ってきた。

 ホッ、良かった。健康診断の件はうまく流れてくれた。


 僕はそそくさと商品を手に取り、逃げるようにして精算機の方へと向かう。

 向かったのだが……。


 えっと、これはどう操作すればいいのだろう…?

 ヤバい!ようやくセルフレジにも慣れてきてる程度のレベルだというのに、最新型と対峙だよ……。 


 失敗した〜、何も買わずに出れば良かった、、。

 と、思ったのだが、精算機の前に立った瞬間、『3銭です』と表示された。


 おー!凄い!これは便利だ!

 何もすることないんだ!


 でも…えっと…僕…精算できるのだろうか?


 取り敢えずさっきの人を見習ってスマホで決算できるアプリを表示して、かざしてみることに……。


『決算が完了しました。お買い上げいただきありがとうございます。お取り忘れのないように……』


 おー!凄い!凄い!ちゃんと出来た〜♪良かった〜♪

 ふぅ〜、緊張した〜。

 プレゼンより、嫁の実家に挨拶に行った時より緊張した〜〜。


 ??

 精算を終えたスマホ画面に目を落とすと理解し難いものが表示されていた。


 2999.97円


 え?点?

 点97円?


 小数点表示が出ているんですけど…?


 やっぱり銭は銭だったの?

 1銭は0.01円ってこと?


 あ!ってことはあれは誤植ではなかったのか??


 この世界は一体どうなっているんだろうか?

 そういえばその問題ぜんぜん解決してなかった。

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