第30話 心配
数日間休みなくお店を開けていたけれど、そろそろシャンプーや薬剤類のストックが切れそうなので、お休みさせてもらうことにした。
今日はこの世界に来て初めて王都を出て、隣町のハーブ農園へ行く予定だ。
メンソール系のシャンプーを作るために、いろいろな種類のハーブを買いに行く。
ミント系の植物は王都のお店にも売っているけれど、ゆくゆくは森で育てたいなと思っているので農園で話を聞くつもりでいる。
準備をして、まずはお店に行く。扉に二日間お休みしますというプレート下げる。
今日は材料を調達して、明日は作ることに専念する。
お店の鍵を閉め出発しようと振り返る。するとすぐ後ろにフォティアスさんが立っていた。
「あ、おはようございます。すみません、今日はお休みさせてもらうことにしたのですが、どうかされましたか?」
「いや……様子を見にきただけで」
様子を見に来ることが多いな。黒呪病は根絶されて観察対象ではなくなったはずなのに。
何かおかしなことをするとでも思われているのだろうか。
まあこの世界でここのような美容室は珍しいか。
「今から隣町のハーブ農園に行くんです」
「そんな所まで行くのか?!」
「はい、そうですけど……」
なぜか驚いているフォティアスさん。そんな所までって、王都を出て一時間ほどの隣町に行くだけなのに。
けれど、心配そうにしては真剣な表情で私を見る。
「王都を出ると危険なことが多い」
「そうなんですか? でも、隣町で危険だとかそのような噂は聞いたことがありませんし……」
「レーナ、君は美しい」
「な?! ななななんですか急に?!」
突然何を言い出すんだ。脈絡のない言葉に動揺してしまう。
それより、私が美しい? もちろん綺麗になれるように努力はしているけれど、この世界の人たちの華やかさに比べるとすごく地味だと思う。
「君は、この世界のものではない優美さを持っている」
優美?! 上品で美しいってこと? いやいやいや。
たしかにこの世界の人とは少し違うのかもしれないけど、そんなこと言われたことも思ったこともないや。
というか本当に――
「突然どうしたんですか?」
フォティアスさんは俯き、自身の右足を見る。義足の右足だ。
「この足は、ミゼリカという美の魔人に持っていかれた」
「持って、いかれた……?」
討伐現場などで怪我をしてなくなったのだと思っていたけど、魔人に持っていかれた?
「ミゼリカはこの世の美しいものを集めることを娯楽としている魔人なんだ」
数年前、宝石の採れる鉱山が突如山ごと消えた。大勢の鉱員たちと共に。
戦闘は好まないが、これまでも人間から様々なものを奪っている魔人ミゼリカ。
騎士団と魔術師団は鉱員の救出、魔人の討伐に向かった。けれど、現場に着くと鉱山と鉱員たちは元いた場所に戻って来ていた。鉱山の宝石を全て持っていかれたこと以外は被害はなかった。
魔人の居場所はわからず、一旦引き上げようとしたとき、フォティアスさんは濃い霧に包まれたそうだ。強い魔力を感じ、現れたのがミゼリカだった。
「どうして、フォティアスさんの足を持っていったのですか?」
「私のことを随分と気に入ったようだ。だが、コレクションにされる趣味はない」
けれど魔人だけのことはあり、右足を置いて逃げるのが精一杯だったそうだ。
「右足はまだ魔人が持っているのですか」
「おそらくな。返して欲しければ私の所へ来いと言われたが、あんな奴のところに行くくらいなら右足などくれてやる」
魔人に囲われるなら、足一本ない方がましなのかもしれない。でも、そのせいでフォティアスさんは討伐などの現場にはいけなくなった。仕事に大きな支障をきたしている。いくら義足で生活に不自由はしていないとはいえ、やっぱり自分の足がいいに決まっている。
それでも、取り返しにはいけないほど恐ろしい魔人なんだろうな。
私のことを美しいと言ったのは、魔人に攫われることを危惧して言ったんだ。美しいか美しくないかは別にして、珍しくはあるのかもしれない。
「心配してくれているんですね。ありがとうございます。でも、夕方までには帰ってきますし大丈夫ですよ」
「あまりレーナの行動を制限するのもよくないな。気を付けて行ってきてくれ」
「はい、行ってきます」
フォティアスさんに見送られ、王都を出発した。
魔人が恐ろしいことはわかったけど、私なんかを攫ったりはしないだろう。
数年前にフォティアスさんの足を奪ってからはもうずっと現れていないみたいだし、心配しすぎだよね。
賑やかな王都とは対照的に、自然豊かで穏やかな草原をゆっくり歩く。見たことのない草花や野鳥のような動物。時々荷馬車が通ったり、馬に乗って駆け抜ける人もいる。
元の世界と似ているようで全く違うこの場所が新鮮で歩いているだけで楽しい。
でも油断すると帰りが遅くなってしまいそうなのであまり寄り道はせず、真っ直ぐハーブ農園へ向かって歩く。
楽しくて疲れなど感じず、どんどん歩いていく。けれど、一向に街が見えてこない。
もう一時間は歩いているはずなんだけどな。私の足が遅いのかな。
少し歩調を早めひたすら歩くが、全然街は見えない。
さすがにおかしい。それに景色があまり変わっていない気がする。
だんだん雲行きも怪しくなってきた。王都を出たときはあんなに晴れていたのに。
すると、突然あたりが霧に包まれ前が見えなくなった。
「え……」
先ほどのフォティアスさんの話が頭をよぎる。
まさか、そんなわけないよね?
私は以前覚えた風の魔法で霧を払おうとしたが、払うどころかどんどん濃くなる。
そしてついに視界は真っ暗になり、次第に意識が遠くなっていくのを感じた――。
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