第26話 フォレスト・ベル

 王都の中心街。と言ってもメインストリートから一本路地を曲がったところ。

 人通りもさほど多くなく、街路樹が立ち並ぶ、緑豊かな落ち着いた場所。

 そんな素敵なところに、念願の自分のお店を開くことになった。

 組石のレンガ造りで、三角屋根の可愛らしいお店だ。それほど大きくはないけれど、一人でやっていくには十分の広さがある。


 そしてこのお店にはとっておきの秘密がある。


 お店の奥にある、小さなドア。

 ドアを開けると――漏れ日が差し込みキラキラと輝く木々が揺れる穏やかな森。目の前には、もう馴染んでしまった今の私の家。

 そう、お店と森が繋がっているのだ。この扉はフォティアスさんがプレゼントしてくれた。

 こんなすごいものを個人的に頂いていいのかと思ったが、手作りだから気にするなと言う。

 手作りだなんてさらに驚いたけど、返されても困ると言われたので有難くいただいた。


 空間魔法を付与したドアらしいけれど、フォティアスさんてほんといろんな魔法が使えるよなぁ。


 そうして私は家とお店を魔法のドアで行き来しながら開店の準備をしている。


「レーナさん、頼まれていた鏡を持ってきました」

「わあ、すごい! ありがとうございます」


 荷台に積まれた大きな鏡と共にやってきたエアミルさん。


 あれから彼女とは仲の良い友人になり、お店を開きたいという私をいろいろと手助けしてくれている。

 先日、セット面で使う大きな鏡を探していると言ったら、貿易商をしてる実家が外国から買い付けていた鏡があるからと私に譲ってくれることになったのだ。


 アンティーク調で、大きい楕円形をしている。縁には金細工が施された高級そうな鏡。


「こんなに素敵な鏡、譲って頂いていいのですか?」

「もちろんです。改めてお礼をするって言いましたからね」

「でも、エアミルさんには爵位のことでご迷惑をおかけしましたし……」

「迷惑だなんてとんでもないです。書類上のことだけで何も変わりはありませんし、私も黒呪病の根絶に協力できて鼻が高いです。夫も良かったって言ってくれていますので」


 にこりと笑うエアミルさんの腕は、元の白くて綺麗な腕に戻っている。はじめからアザなんてなかったかのように美しく。


 彼女には、私が黒呪病の薬を作っていたことを打ち明けている。協力してもらう上で必要だと思ったから。黒い魔女の呪いのこと、ジェルバさんのこと、真剣に話をきいてくれて、無理なお願いを受け入れてくれたのだ。


「それにこの鏡、金細工は綺麗だけれど、大きすぎるってなかなか売れていなかったんです。売れ残りがお礼だなんて申し訳ないくらいですので気にしないでください」

「ありがとうございます。大事に使わせていただきます」


 頂いた鏡を壁の中央にかけた。

 鏡の前には私が家具屋で選んだ椅子を置く。これもアンティーク調で、落ち着いた雰囲気の座り心地の良い椅子だ。

 けっこう値は張ったけれど、良い買い物をしたと思う。自分の稼いだお金でいい買い物をするのってすごく嬉しいんだよね。

 そしてこのセット面がお店の顔になる。

 お客さん、来てくれるといいな。


「あとはシャンプー台が完成すれば!」

「シャンプー台? とはなんですか?」


 エアミルさんはワクワクしている私に不思議そうに尋ねる。


「シャンプー台とは、お客さんを洗髪するための椅子と水桶が一緒になったようなものですかね?」


 説明が難しい。完成したら一番にエアミルさんにシャンプーを体験してもらおう。


 シャンプーにはバックシャンプーとサイドシャンプーがある。それぞれメリットデメリットがあって、働いていたお店では両方のシャンプー台を設置してお客さんによって使い分けていた。

 でも、私一人でやっていくこのお店に二台も必要ない。それに、一から作らなければいけないので、両方の良さを兼ね備えたハイブリッドのシャンプー台を作ろうと思っている。

 作ろうと思っていると言っても、私一人では作れない。


 リクライニングのシャンプーチェアはマスターの知り合いの家具職人に作ってもらうことになった。シャンプーボールはマスターが私の要望を聞いて作ってくれている。ボールの首を置く所の角度、シャワーホースの位置など一つ一つ確認しながら作業を進めていっている。

 シャワーヘッドに水の魔石を入れたら、無限に水が出るという。火の魔石も一緒に入れるとちゃんとお湯も出る。

 あともう少しで完成するので楽しみだ。


「ところでレーナさん、お願いがあるのですけど……」

「はい、なんでしょう?」


 体の前で腕を組み、なぜか恥ずかしそうにするエアミルさん。

 なんだかすごく可愛い。

 

「あの、私とお友達になっていただけませんか!」


 深く頭を下げる姿に焦りながらもすぐに返事をする。


「もちろんですもちろんです。むしろ勝手に友人のように思っていましたすみません!」

「まあ嬉しい。ありがとうレーナ!」


 ぱあっと表情が明るくなり、口調も砕けたエアミルさん。


 まるで告白された時のやりとりみたいだ。でもこんなふうに直接的に友達なってくださって言われるのは新鮮だなと思った。


 この世界に来てたくさんの人と出会ったけれど、胸を張って友人だと言えるのはエアミルさんが初めてだな。

 これからもっとそういった関係になれる人が増えたらいいな。


 そこでふと、フォティアスさんの顔が浮かんだ。

 フォティアスさんは……友達なのかな?

 黒呪病のことで随分と打ち解けてきてはいるはずなんだけど。

 

 なんて考えていると、お店の扉が開き、フォティアスさんが入ってきた。


「フォティアスさん、いらっしゃい」

「レーナ、開業申請の書類を持ってきた。確認して必要なところに記入してくれ」

「はい。わかりました」


 無表情で書類を渡してくる。

 やっぱり友達とはちょっと違うか。


 私は書類を受け取り、内容に目を通す。


「あ、お店の名前……決めないと」


 書類にはお店の名前を記入するところがあった。

 開店準備で頭がいっぱいで何も考えてなかったな。


 レーナ美容室では安直過ぎるよなぁ。

 それにもっと、想いの詰まった名前にしたい――。


「……フォレスト、ベル」

「まあ! 麗しき人の森という意味ね」


 ずっと悪い噂のあったあの森を少しでも明るい印象にしていきたい。呪いではなく、美しくなる魔法がかかる森。

 私はこの美容室を始めるにあたって、自分があの森に住んでいると明かすつもりだ。

 今まで通り薬の依頼も受けていくつもりなので、その方がお客さんにとってもわかりやすいだろう。

 

「良い名前だな」

「ありがとうございます! お店の名前はフォレスト・ベルにします!」


 

 

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