3.星に問う
20.発見
それは、『奇跡』と呼べるものなのかも知れない。
『ヒタ』たちのリングを使った有人転写実験の傍らで、
探査機を様々な距離、座標に送り、その域を探査する
『知的生命体探し』───
何十と送った中の一機が、
初めての『希望』に辿り着いたのは、
指定されたその座標が、
『奇跡』をもたらすものだったのか、
あるいは、単なる『偶然』か・・・
しかし、その『希望』は、やがて───
***********
繰り返される量子転写ゲートの有人実験───。
その確定切替え距離は、万、十万、百万光年を超えていった。そして、ことごとく成功し、船は無事に逆転写されて生還してくる。
あれを『事故』だとするなら、昔の航空機の何十万着陸に一回という『事故確率』のように、今後も起こり得るものなのだろうか・・・?
その不安だけが漠然と残る。
ブラック・ボックスはそんな不安をも取り込んで、ないもののようにしてしまう───。
その間に、量子フィールドは光子から他の量子に変更されていた。一番の理由は、白く発光する膜が視覚的に不快で、その上に目の前に迫ってくるのがどうにも乗員たちの評価が芳しくなかったことだ。何度も志望して搭乗しても、やはり慣れることはできないと言う。実際に光をくぐるのは何でもないとは言うものの、このままではこの航法は限られた『ヒタ』だけのものになってしまいかねない。
「せめて、フィールドの向こう側が見えるようにできないか・・・?」
乗員たちは科学者たちにそう訴えた。
実際、フィールドを構成する量子は光子である必要はないのだが・・・
科学者たちは予定通りに実験を進めながらも新たな課題を抱えることになってしまった。実験もそろそろ終盤を迎えようとしている。このまま終わってしまう前に、彼らの要望を叶えなければならない。それは、航法技術としての完成度を高める意味でも、あるいは、使える量子の種類を複数持っておくことで技術的な余裕を持つ意味でも避けては通れないことだった。
科学者たちは、まずは最も単純な原子として、水素に目を向けた。
原子核としての陽子1個とその周囲に確率的な雲として分布する1個の電子。そこから電子を取り去り、陽子だけを残す。そうすることで、量子レベルとなった陽子は自身の持つ電荷により水素イオン(H+)となる。もちろん光子とは異なり、可視光を発することがないので、無色透明なフィールドを構成することができ、フィールドの向こう側(転写先の空間)も見通すことができる。と言うより、連続で変わらずに船内が見えているだけだが。
有人実験もあと四度を残すところで、フィールドは光子から水素イオンへと切り替えられた。機械的な変更は何もない。素材が変わるだけだ。陽子が質量を持つ分、光子よりもフィールドの安定性は向上したように見える。電荷を持っていることが何か影響するのかどうかわからないが、波動関数や量子コードへの変換速度が、光子よりも微妙に低下するというのが差異としてあるようだ。回転磁場の動作に影響するほどではないが・・・。
乗員たちに聞く。
「どんな具合だ?」
「何もないから、いつくぐったのか、モニターを見ていないとわからないぐらいだ」
「前方に、変化は?」
「全く。・・・あるとすれば、フィールドのある位置にわずかに陽炎のような揺らぎが、ふとしたときに目につくかな。だけど、じっとそのあたりを注視でもしていないとわからないぐらいだ」
「体感は?」
「光子の時はゴーグルをしててもただやたらと眩しいだけで、体感的には何もなかったが、今回は・・・確かに、一瞬だが、何だか、空気にヌルッとしたものを感じたような気がする」
「ヌルッと?」
「そう・・・まさに、陽炎に触れたような」「ああ、確かにそんな感じだ」
集まっていた乗員たち全員が同意する。今回は、量子変更後の最初ということで、乗員は10名となっていた。
「何だか、本当に、焚き火の前を一瞬で通り過ぎたみたいな感じだ。もちろん、熱なんかないけど、その空気の流れだけを浴びたような」
「0.5ヴォルの間に、ね」
「部分部分のフィールドの通過時間と同じだ」
「まさしく転写の証拠だ。少なくとも、光子と違って『何か』を体感できた」
「質量のせいかな?」
「フィールドが実体を持ったと言うことか?」
「最初から水素でやってれば・・・?」
しばらくは雑談のように乗員たちだけの会話が続いた。科学者たちは黙って聞いていた。
確かに、開発側としてはフィールドは見えていた方が都合が良かった。しかし、こうして問題なく転写が実現できるのなら、むしろこの変更は歓迎すべきなのかも知れない。
「水素だったら、あんな事故は起こらなかった・・・?」
ぽつりと、乗員の一人が言った。
科学者たちはインタビューの最後に爆弾を投げ込まれたような気持ちになった。全く、量子に関しては答えのない問いばかりがやって来る。
とにかく、そこはわからないのだ。同じ『量子』なのだから、いつまた放棄されるかわからない。実験も、あと三回を残すのみ。光子は三回目に裏切った。
水素陽子は・・・?
実験終了は宣言できるのだろうか・・・
いや、問題が何も起こらないまま計画をやり尽くしてしまえば、『量子転写ゲート』の『実用開始』を宣言せざるを得なくなるのは目に見えていること・・・。
そんな合間を縫って、様々な探査機が量子転写ゲートをくぐっていった。天文観測で得られた、可能性のある恒星系へ向けて。
転写ゲートそのものが各探査機を追跡しているので、いつでも送受信や帰還ができるように量子フィールドの白く丸い光の影が付かず離れず探査機の後についてまわることになる。
実際のフィールドは、転写確定した座標位置に静かに留まっているのだが、その残像のようなものが転写対象物に引き寄せられるように少しの間をあけてついてくるのだ。情報を保持するための量子の為せる技か・・・技術者たちがそうなるようにしたのではなく、結果としてそういう現象が現れたのだ。お陰で座標位置がわかっているとは言え、帰還時にフィールド本体を探す必要はなく、帰還信号さえ送れば影が本体へと牽引してくれるのだ。そして、再び対象物がフィールド本体に進入することで、影は本体と一体化する。
直径2ムル(約200m)ほどもの淡く白い光の円盤が、それと比べると目に見えるか見えないかの小さな物体を追いかけてまわるのだ。一機ずつ帰還してから次を送るわけではなく、その後はフィールドが同時に色々な場所に存在することになるので、『マルチ量子フィールド』と呼ばれていた。座標という縛りがあるので、何も問題が起きることはなかった。量子たちは順調だ。途中で量子フィールドが透明に変わったので、背後に影がついて来てくれているかどうか、探査機のカメラでもわずかな空間の揺らぎを捉えるしか見た目を確認することができなくなったが、生命体探索の研究者たちにとっては、どちらでもいいことだった。探査機とのやり取りさえ無事に果たさせてくれればいいのだから。
それら探査機は行き先の恒星系の一つ一つの惑星を『見て』いく。そして生命活動の兆候が見られないとわかると、その惑星はそこで『捨てる』のだ。別にその惑星についての詳しい情報が欲しいわけではない。要は『いるか、いないか』だけなのだ。同じように時計石でくるまれ、体内にフェラムのペア重力の空間を抱いた探査機は何に囚われることもなく光子帆とパラボラを広げて光速に近い速度で惑星間を通過していった。
そうして何十機と送り込まれた探査機の中のただ一機・・・。
それは、比較的近場の、3910光年の位置に、惑星を8個抱える恒星系を目指したものだった。恒星系外縁部から次々と軌道を辿って惑星に接近しては『捨てて』行き、やがて内側から3番目の惑星軌道にまで迫った時───
フェラムの『宇宙探査局・惑星生命体探査部』───。
『ヒタ』たちは飛び込んできた一機の探査機からの映像にざわついていた。
約10ミカル(約100万km)の距離から撮られた望遠静止映像。
フェラムよりも小型だが、全体的に青と緑と茶色と、大気の白が特徴的な、豊かな『水』と自然の営みに包まれた、今までに見た他のどの惑星よりも一際目立つ『美しさ』を放つ惑星───。
フェラムと比べるのではないが、
「これが・・・探し求めていた星・・・」
「まさに、小さなスーパー・フェラムとでも・・・」
科学者たちは息をのんだ。
これまでの天文調査から、もともとこの第3惑星には期待が持たれていた。しかし、具体的に現実的な距離から眺めてみると、『遭遇』自体が現実味を帯びてきて、返って不安が押し寄せてくる。
『外交官グループ』の準備はできているのだろうか・・・?
そして、恒星の光の当たらない、『夜』の部分の映像・・・
そこには、雲のベールを通して、確かに文明の営みと思えるかすかな明りが灯っているのだ。あちこちに、集まったり、散らばったり・・・
しかし、海洋とも認められないのに真っ暗な地帯の方が大部分だ・・・
どんな文明が・・・
『ヒタ』の科学者たちが騒然とする中、探査機はさらに接近しての、次なる情報を送ってきた。
その情報に、科学者たちは一気に落胆する。
───その惑星は、人工的な電磁波の類を一切、発生させていない───
「なんだ・・・?」誰かがつぶやく。
せっかく見つけた、文明の光を宿すこの惑星が、我々の探査機に『見られている』ということに気がつくこともできないというのか?
せっかく、稀有な存在が見つかったのに、どうやって出会いを作ればいい?
あの光を灯す『生命体』は、宇宙からの訪問者を受け入れられるような状態にあるのだろうか・・・? 我々も経験したことのない訪問を。
科学者たちと限られた政府高官との議論が始まった。やはり、文明同士のタイミングが合わなかったのだろうか・・・?
「とにかく、向こうに気づかれる心配がないなら、もっと間近に接近してじっくり調べることが肝要でしょう」
「そうだ。相手のレベルが我々と同等でないからと言って、まだ捨てると判断するのは早すぎる」
「捨てたとしても、他に見つかる可能性は、今のところ皆無ですからな。これだけ転写ゲートや宇宙船を開発しておきながら、いつまでも『まだ見つかってません』では、世間の辛抱も続かんだろう」
「何か起きるとでも?」以前のような不穏な空気を懸念する声が上がる。
「いや・・・ただ、ムダな開発だと思われてしまったら、せっかく積み上げた技術や知識がまた停滞することになってしまう」
「そうだ、ヘタをすると転写ゲートそのものが宇宙のゴミにされてしまいかねん」
「となると、『発見』を知らせるにはちょうどいい頃合いかもしれませんね」
「偶然か、そういう確率だったのか・・・『有望』と睨んだこの星系は見事に『当たり』だったわけだな」
「『当たり』というのもどうかと。問題は意思疎通ができるかどうかですからね」
「そう。どういう結果になろうが、あの惑星に望みを託してみるしかあるまい。こんな、四千光年に迫る彼方で思い悩んでいるより、現場で惑星を眼下に見ながら考えた方がいい案も浮かぶだろう」
その後、探査機にさらなる詳細を調べさせたところ・・・
確かに、知的生命体は存在し、文明を築いてはいるが、まだ電気すら使いこなしてはいない。石炭や木材で火を起こしている・・・
そして、その生体は・・・姿形は我々と大差ないようだが、黒や白や、金色や・・・様々な色合いがあるようだ。重力がフェラムの77%ほどしかないので、我々より少し『ひょろ長い』体型に見える。
とにかく、我々が大気圏外で観察していてもそれに気づくことはないと思われる。まさに、探査機には大気圏スレスレにまで接近させたのだ。それでも何の反応も見えないのだから、ゆっくり観察し、会うかやめるか・・・実際に現場に行って、検討すればいい。
どっちに転ぶとしても、『その惑星まで行った』という実績にはなるわけだ。
そして、その決断の場面は、一般人に開放してもいいのではないか。歴史の現場を目撃するのは、多い方がいいだろう・・・。
科学者たちは皆がそう考え始めていた。
「ちょうど、量子フィールドも無色透明化されました。船内にいる分には何の変化もないということ。安心して一般客に参加してもらえます。そして、搭乗した全員で考えようではありませんか、『会うか、やめるか』」
まだ若さの残る研究員は、政府高官も交えた知的生命体発見の部内会議の場で、熱っぽく訴えた。『メンテナンス局』から移ってきた女性研究員だった。ヒウダとすれ違いで辞めてしまった『第8区』の元メンバー四人のうちの一人。
『惑星生命体探査部』は『外』に向かって動き出す準備に取りかかった。
量子転写ゲートの実験計画は全て終了した。何の不具合も出なかった。最後の実験では、50人規模の宇宙船を、2機連続で転写した。同じ座標空間に向かって。データ設定で、ゲートは2機を転写し終わるまで止まらない。何機飛ばそうと、全ては自動で行われるのだ。
行き先空間には、当然ながら、ゲートをくぐるのと同じ順序、距離で確定される。そして、帰りは『量子もつれの情報保存則』によってどちらが先に帰還しても元空間に正しく逆転写されるのだ。理論としても狂いはなかった。背後についてまわっている量子フィールドの影に従って、フィールド本体の中心点に進入するだけでいい。透明になってからは目視が効かないので、計器頼みにはなるが。
だが、そこにあるのは『水素イオン』に対する『信頼性』のみに支えられている、という『心許ない』事実だけだった。それは光子の時と変わらない。
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