3-11

「奇病の治療に手をつけたこととテロリストと、何か関係あると思ってるのか」

「……奇病は進化の道程って、与識先生の考えですよね」

「ああ。だが学会じゃ少数派の意見じゃない。だから最近は奇病という名前を改めさせることや、対症療法も間違っているんじゃないかという声もある。そうした進化を続ける人々がスムーズな生活を送れるようにすべきってのも分からなくもないからな」

「天明さんも、治療の研究に取りかかろうとはしていたんです。でも一歩が踏み込めないまま二年が過ぎました。あの人もずっと考えていたんです。奇病は治すべきものじゃないのかもしれないって」


 それでも、天明さんには越えなければならない壁があった。不妊治療の権威でもあったから、病院長としてのプライドもあっただろう。

でもそれはすべて、建前に過ぎない。天明さんには、どうしても叶えたい願いがあった。


「もし奇病患者たちをゼロからやり直させてやれたら、彼らは幸せかって尋ねられたことがあって」


 過激派奇病テロリストたちが大儀として掲げる、勝手な言い分と等しい。その言葉に、私はとんでもないと首を振って否定した。あのとき天明さんは冗談だよとごまかしてくれたけれど、答えに息詰まった研究者の苦悩が現れた証明だったのかも知れない。

 与識先生は腕を組んで、いすにもたれかかった。深くため息をついて、焦点を合わせた視線を私にぶつけてくる。


「つがるのやる蘇生術を手軽に行う方法でも模索していたか」

「詳細は、ちょっと。私は天明さんの研究関係にはまったく無関係だったので」

「もしそうだとするなら、そいつは奇病患者の命を奪った上で新たに合成人間として生まれ変わらせる方法も考えてたのかもな」


 まさしく黄泉よみがえり。つがるが行った、未散さんをよみがえらせた手順を、呪医の力を借りずに、かつ手軽に行えたらどんなにいいだろう。

 いや、良くない。一度死なせるなんて、それだけで許されざる事態だ。ごく一般的な人間に生まれ変わらせてあげるから、という約束があろうとも、信じられるわけもない。


「強制的にやらせるとしたらどうだ」


 与識先生は隣に座っている円花さんから角砂糖を奪い取り、自分のカップに何粒も入れていく。溶けきらない限界を超えて、じゃりじゃりの飲み物になって初めて口をつけた。


「胡蝶はその手先。水守のところの奇病患者を強制的に連れ去って、体細胞を取得してから培養、合成人間となる体の土台を作ってから本人の人格を移植する」

「……頼輝青年」


 実験台。彼ら人魚病患者たちは、そのために謎の失踪をさせられてしまったのか。


「問題はつがるの黄泉がえりをどう適用させるかだな。あのガキのケースを見る限り、大脳の活動は止まってる。人としての機能は残されながら、人格や記憶といったたぐいは根こそぎ奪われていた。どうやったんだろうな。ドデカい病院の連中がやることは分からん」

「すみません」

「お前はうちの人間だろ、何謝ってんだ。今すぐ心人を呼んでバイアグラ投与した状態でお前と二人閉じこめてやろうか」

「心人さんのことだから、根性で薬が抜けるの耐えると思います。かわいそうなのでやめてあげてください」

「信用されてんな、俺の息子ごときが」


 テーブルに乗っていた与識先生の携帯端末が震えた。画面に表示される「長男」という表示に舌打ちをかます。息子からの連絡にはひとまず舌打ちをしなければならないような気がしているようだ。


「なんだ、ちょうどよかった。今お前の話をしてたところだ。喜べ、愛理との初夜の舞台整えてやろうとしてたんだ」

「愛理の意に添わないことだけはよしてくれ」


 スピーカー状態にされた端末がテーブルに戻される。


「で、なんだ。用事があるならさっさと言え。息子との電話で通話料なんか払いたくない」

「開口一番に無駄口たたいたのはどっちだよ」

「切るぞ」

「分かった、分かりました。……ちなみに、そこに愛理は?」

「いる。俺の膝の上だ」

「冗談はいいから……。愛理、いる?」


 与識先生が端末を押して、私によこしてくれる。


「なあに。どうして私に直接電話くれないの?」

「愛理一人でこの話を聞いたら、ショックを受けるだろうと思って。せめて近くに円花なり珠貴なり、誰かいてくれた方が話しやすいから、親父にかけた」


 けっと先生は悪態をついた。まったく本当に、なんて性根の優しい人なんだろう。


「安堂未散を知ってるよね。意識不明の重体だった安堂未散は奇跡的な復活を遂げて、現在自宅療養中という建前で、つがるが生き返らせた。その場には君も立ち会った」

「そう」

「それは本当に安堂未散だった?」

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