第五話「軍事援助」

1981年。


メイホリアの戦争は、南北共に一進一退を続けていたが、北メイホリアが、やや優勢だった。


そこで南メイホリアは、逆転を狙い攻勢を掛ける事にした。


それは先ず、インスラール派民兵組織「メイホリア神の義勇軍(MGVA:Mayhoria God's Volunteer Army)」が北メイホリアに極秘に侵攻して、主に、民間人をターゲットにするという悍ましいものであった。


更にその後に南メイホリア軍が侵攻し、制圧するという作戦である。


作戦に先立ち、ヘイモン総大主教はMGVAの幹部らを集めた。


「我々がもし敗北する様な事があれば、それは神の教えの敗北を意味する。」


ヘイモンはその鋭い眼光で幹部達に睨みを効かせた。


「我が望みはただ一つ。この地をインスラールの帝国とする事だ。」


ヘイモンは、そのドス黒い心の内側で、自らに自らの野望を語って聞かせるのであった。


「攻撃は素早く迅速に。先手必勝であります。敵に反撃の隙を与えない事。これに尽きます。」


ガーン=ヤンは幹部会議でその様に発言した。


「この作戦が成功すれば、俺の評価は上がるだろう。組織のトップの座もあり得るだろうし、大統領の座も夢じゃない。」


ガーンのこの欲に塗れた堕落の精神の野望的叫びを知る者はいない。


その会議から一週間後の事である。


完全武装のMGVAの民兵部隊、総勢2,300人規模が、トラックに乗って、北メイホリアに侵攻した。


彼らは南北の境界線近くの村落から、順番に制圧していった。


その残虐さたるや否や、思わず目を閉じたくなる勢いだった。


無抵抗の真正宗の住民は、より北へ追放され、少しでも抵抗する素振りを見せれば、その場で処刑された。


中には「浄化」と称して真正宗の女性を強姦する民兵もいたという報告がある。


MGVAは村落から住民を消すと「汚れた真正宗の痕跡を消す。」という理由で、人が居なくなった家に火を放ち、村々を焼き払って廻り、更に、金品を略奪していった。


「全ての仏教徒を焼き払い消せ!」


とガーン=ヤンが指揮を執った部隊は、最も冷酷だったという。


このMGVAの侵略を南メイホリア軍が支援した。


野砲で北メイホリア領内を砲撃し、戦車で北を蹂躙した。


南メイホリアは依然として大統領不在であったがヘイモン総大主教が事実上の大統領としての権限を行使していたので、全責任は彼にあると言えよう。


こうした南メイホリアによる非人道的な侵略行為に対して、国際社会が次第に声を上げ始めた。


国連安全保障理事会の緊急会合において、南メイホリア非難決議が否決されてしまう。


ソ連と中国は非難決議に賛成を表明したのに対して、アメリカ、イギリス、フランスが拒否権を発動したのだ。


それらは主にキリスト教社会の国々である。


この頃、ヘイモン総大主教を隣国のフィリピンの政府高官が訪ねている。


「貴国が我々を支援して下さる事を神に感謝致します。」


ヘイモンは高官に謝意を表し、フィリピンの申し出を飲んだ。


ご存じの通り、メイホリアの隣国、フィリピン共和国はキリスト教徒が多い。


更に、フィリピンの南にはイスラム教国のインドネシアが控えている。


フィリピンとしては、南シナ海において、同じキリスト教徒の国家を創り、育成する事で、自国にとっての防波堤、或いは、緩衝地帯にしようという訳だ。


かくして、時のフィリピンのマルコス政権は、南メイホリアに対して、軍事援助を開始したのだった。


マルコス大統領曰く


「メイホリアを失う事は、我が国の敗北を意味する。」


これが核心であった。


その頃、弁護士のホウサム=ゲヤンは南メイホリアでも比較的、宗教の影響力が薄い、西部の小さな街に居を構え、そこに小さな事務所を開き、住民の法律相談にのっていた。


彼は暴行による後遺症で、片足が不自由になっていた。


「争いはいったいいつまで続くのが?これが私の求めていたものなのか?」


そう彼の精神の奥深くは揺れ動いていた。


法律の書類に目を通しながら


「もはや私の信じる神は存在しない。いや、そもそも神などいない。」


彼はそう言うと、自身の首に下げたロザリオを引き千切った。


そして、事務机の上に飾ってあった、聖母マリアの陶器製の置物を事務所の床に叩き衝けた。


置物は粉々に砕け散り、細かな破片へと姿を変えた。


それは、彼の中の信仰心が砕け散った瞬間でもあった。


北メイホリアは追い詰められていた。


次々と要所を奪われ、また、住民は北へ北へと、どんどん追い遣られていった。


北メイホリアの真正宗指導者パーンモン総大僧師の焦りは頂点に達しようとしていた。


「忌々しいインスラール派ども。御仏の御力で無限地獄に落としてくれる。」


自分以外、誰も居ない執務室でそう心のそこから呟くと、彼はある人物に電話した。


北メイホリア大統領のウッタラ=ジャナハである。


「大統領、今、この時も、仏教徒は迫害を受けておる。早急に然るべき手を打て。」


パーンモンの仏教界における権威は絶大であり、大統領はほとんど言いなりである。


「はい、承知しました、大師。」


そう告げるとウッタラ大統領は受話器を置いた。


「あの憎らしい生臭坊主め!」


大統領は毒付いた。


パーンモンの存在が邪魔だったのだ。


しかし、今逆らう訳にはいかない。


「いずれ、痛い目を見せてやる。あの生臭坊主めが。」


それが大統領の本音である。


そう呟きながらもウッタラは外国からの支援を取り付けるべく動き始めるのであった。

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