閑話9 そのころの日本政府3 部隊編成1




 ユウリたちダンジョン協力者が、日常の様子を配信し始めた頃……。


 

 日本政府は、相変わらずのてんやわんや状態……ではなかった。


 

 エンジェルデスマーチに、一区切りがついたのである。


 

 何度も確認した法律たちは全て順調に公布され、世間からは僅かに残る陰謀論染みたコメントを除けば、たくさんの称賛の声が上がっていた。



 デスマーチを乗り越えたことについてではない。


 法律の内容についてである。


 すでに各国からもポツポツと公表されているダンジョンに関する法律だが、日本はその中でもかなり堅実な内容となっていた。


 

 まずはダンジョン探索に関して。


 いくらか例を挙げるなら、ダンジョンには一定の年齢にならないと入場できないことや、一定以下の年齢でも条件を満たせば入場できること、またダンジョン内で獲得したアイテムの取り扱いに関して、などなど。


 簡潔に言えば、安全と権利に最大限配慮したものとなっている。



 これには特に、子を持つ親からの賛同の声が大きかった。


 逆に子供たちの方からは不平等だなどの声が上がったが、入場できる方法が用意されているだけでもありがたいだろうという親たちの声によって、それらは下火になりつつある。


 ダンジョンとは危険な場所であり、未知に溢れているということをよく理解するべきだと。


 

 次に守護者について。


 こちらもいくらか例を挙げると、守護者の面倒は契約者が見ることや、守護者の起こした問題については基本的に自己責任だが、あらかじめ脅威度が高いことを申請しておけば、いくらか保障もされること、などなど。


 簡潔に言えば、責任と保障に最大限配慮したものになっている。



 今はまだ協力者たちに呼びかけ中だが、いずれは守護者たちの能力によって脅威度のランクを作成する予定だ。


 要はガチャのレアリティである。


 まだ上限も下限も分からない状態なので手探りで一歩ずつとなるだろうが、ダンジョンが一般開放される頃までには、ある程度形にしたい。



 おかげで少しばかり余裕の出来た日本政府とその担当天使たちは、ミスを起こさないようにしつつも、いくらかペースを下げて仕事に取り掛かることが出来ていた。

 


「いよいよ、アタイの部隊も形になるってわけね~。長いようで、あっという間だったわね~、文字通り」

「そうですね。大臣とそのご友人はまだ会議続きですが、おかげでこちらは一息つけています」


 サイカがやれやれといった様子で首を振ると、リンネも同意する。



 正式にダンジョン省の大臣となることが決定したシゲオミと、彼の頼みごとが原因で探索者協会の会長にされたという友人のことを思い出すと、いささか同情を禁じ得ない。


 後者は特に、ただの巻き込まれである。


 しかしそれでも、選ばれた以上は素質はあるのだろうし、なにより断れる類いのものではないので、頑張ってほしいとしか言えないのだった。

 


 そんなサイカとリンネの2人は、大勢の防衛省所属の戦闘員たちと共に、ある巨大な演習場に集められていた。


「ずいぶん、お待たせしてしまいましたね。まあ、実際は確かにあっという間だったわけですが」


 壇になっているこの場所で、横に並んでいるロキエルがそう言った。



「さて、時間になりましたので、開始いたしましょうか」



 ロキエルが感情を感じさせない表情で前に出る。


「最後に確認しておきます。ここに集まったものは皆、日本政府代表の『βテスター』として、ダンジョン職に就くことに同意した者で間違いありませんね?」


 一斉に首が縦に振られた。



「よろしいでしょう。では、まずは右の列から――」


 

 こうして、大天使ロキエル直々の、『βテスター』選出が始まった。



「西城ハルキ。防衛省陸上自衛隊第一師団所属。趣味はカラオケ。ストレス発散の方法は大声で叫ぶことで、何度か酒の勢いにより街中で叫んだことがある……はい、不合格」


「尾形マサオ。防衛省海上自衛隊護衛艦隊所属。趣味は酒。ストレス発散の方法は同僚と朝まで飲み明かすことで、呂律の回らない状態で何度か器物破損を行ったことがある……はい、不合格」


「赤間ユウナ。防衛省航空自衛隊第二十二警戒隊所属。趣味はカフェ巡り。ストレス発散の方法は甘いものを食べることで、偏った食生活による体調の変化が激しい……はい、不合格」



 ……それも、だいぶ大雑把な、個々人がそれぞれの趣味と黒歴史を暴露されていくという形で。



「……あれでいいんですか?」

「いいんじゃな~い? アタイが聞いた話だと、大きな力を得た時に、人に危害を加える可能性がないようにするためらしいわよ?」

「つまり、これまでの人生の中で、そういう傾向があった時点でダメと?」

「まあ、そういうことね~。実際、仮に力を持っていたとしたら、うっかり殺人まで犯してそうな子がいるもの。慎重になるのも分かるわ」


 2人の視線の先では、ロキエルによって不合格を言い渡され、悔しさと共に恥ずかしさのあまり顔を赤くする者たちが量産されている。


 

 そんな中で、数名だが合格者も存在していた。

 

 

塩満えんまナガレ。防衛省情報本部所属。趣味はゲーム。ストレス発散の方法は、たくさん食べて早く寝ること……はい、いいですね。合格です」


「やった、嬉しい」


 ロキエルに匹敵するほど無表情な女性が、口角だけ上げて嬉しそうに声を上げる。



志賀しがオウマ。防衛省防衛政策局所属。趣味は仏閣巡り。ストレス発散の方法は、古い建物を無心で眺め続けること……はい、変わっていますね。でも合格です」


「あれ、今のってもしかして誉め言葉かな?」


 どこかチャラそうな青年が、大げさな所作で首を傾げる。



新井あらいウドウ。防衛省陸上自衛隊体育学校所属。趣味は筋トレ。ストレス発散の方法は、とにかく筋肉をいじめ続けること……はい、脳筋ですね。合格です」


「よっしゃあ! 俺の筋肉たちも喜んでるぜ!」


 いかにも体育会系な大男が、筋肉を魅せつけるようなポーズをとった。


 

「今回はこの3人で全部ですね。人数は少ないですが、対『暴食の魔人』部隊は少数精鋭が望ましいので、これで構わないでしょう」



 ロキエルがそう締めくくり、三人を連れて壇の上に戻ってくる。



 正直なところを言えば、その対『暴食の魔人』というのは未だにピンときていない。

 

 対象の脅威度がまだ不明瞭だからである。


 すでに海外では無数の被害を生み出している執行者の守護者、その中では最も大人しいとすら思えるのに、最も警戒されているという不思議な存在。


 それが、サイカとリンネの共通認識であった。



 そこまで考えてふと、何かを思いついたかのようにこちらを見るロキエルに気づく。



「――篠宮サイカ。防衛省人事教育局所属。趣味はぬいぐるみ集め。ストレス発散の方法は、とにかくモフモフに埋もれること……はい、可愛いですね。流石は初代隊長です」



「……いや、さらっと暴露しないで欲しいんだけど……?」


 省内ではミステリアス美女で通っているらしいサイカが、引きつったような笑みを浮かべた。


 認識のフィルターが、何枚か剥がれ落ちている。


「隊長、いい趣味してますね」

「……後輩ちゃ~ん、次はアナタの番じゃな~い?」

「え?」


 いやな予感がしたリンネ。


 そのまま視線を移し、こちらを見つめているロキエルと目が合った。



「綾瀬リンネ。防衛省人事教育局所属。趣味はアニメ鑑賞。ストレス発散の方法は、女の子しかいない日常系アニメを観まくること……はい、こちらもいいですね。ユウリを気に入る理由が分かる気がします」



「あ、ああ……」


 リンネは両手で顔を覆った。


 こちらは、省内ではクール系美少女で通っていたらしい。


 今の様子からは、とてもそうは思えないが。



「後輩ちゃんが沈んでしまったわ。というか大天使サマ、貴女は後輩ちゃんのお友達ちゃんを知ってるのかしら~?」

「もちろんです。常日頃から観察していて……コホン、よく報告を聞いておりますから。それで興味を持ったのです。特に今は、日常配信が開始されたようですね。私の……じゃなくて、担当天使のサポートを受けられない状態ですが、上手くやれているようです」

「……ふぅん?」


 何やら言い直したロキエルに、疑問を抱くサイカ。


 まずは、部下となる隊員たちへの挨拶を優先することにした。


「まあいいわ。さて、アンタたち三人に、アタイとここにいる後輩ちゃんの二人を加えた計五人が、今回設立予定のダンジョン省所属部隊の第一小隊になるわ。で、隊長はこのアタイ、篠宮サイカよ。よろしくね、隊員ちゃんたち?」


「うん、よろしくね。私はナガレ。塩満ナガレよ。さっきも言われた通り、ゲームが好きだわ」

「あ、僕は志賀オウマでーす。仏閣巡りが趣味だけど、別に古風な子が好きってわけじゃないから、そこんとこよろしくねー?」

「俺は新井ウドウだ! ウドウ教官と呼んでくれてもいいぜえ! そしてこいつらは俺の相棒、ハルクとバルクだあ!1」


 左右の大胸筋を動かし始めたウドウをまるっとスルーし、サイカはリンネを立たせた。


「で、この子が綾瀬リンネちゃんね。アタイもさっき知ったけどアニメが好きみたいだから、そこのゲーマーちゃんとは仲良くなれるかもしれないわ」

「うん、私に任せて。きっと、仲良くなってみせるから」

「ねぇ、僕も彼女のことが気になるなぁ。いい巡礼スポットがあるから、今度案内してあげたいかも」

「よっしゃ! 俺と相棒の筋肉を披露してやるぜ!」


「うーん、濃いわねぇ……でもまあ、これでもダンジョン配信者たちよりはマシなのかしら~?」


 蹲るリンネを取り囲む三人を見ながら、サイカはそう呟いた。


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